
「マツダ・キャロル」は現在も継続して販売されているモデルのため、若い世代の人はこちらを思い浮かべるかもしれません。
しかし、1989年に発売された2代目から現行の7代目まではすべて、「スズキ・アルト」のOEMまたはプラットフォームやエンジンなどを流用した、実質スズキ車がベースのモデルです。
それに対して1962年に発売された初代の「キャロル(KPDA型)」は、当時の「東洋工業(マツダの前身)」が軽自動車の乗用モデルのジャンルに打って出るための意欲的なアイデアとメカニズムが詰まったエポックメイキングな、歴史に名を刻むにふさわしいモデルでした。
ここではその初代「キャロル」を少し掘り下げてみたいと思います。
●文:往機人(月刊自家用車編集部)
「キャロル」はマツダ・イズムの塊だった
初代の「キャロル(KPDA型)」の発売は1962年です。
広島の地でコルク製品の製造業から始まった「東洋工業」は、戦時中に軍の下請けで3輪オートバイの製造を始めたことをきっかけに、自動車の製造業に舵を切ります。
3輪オートバイから発展した「マツダのオート3輪」はその使い勝手やデザインの良さからヒットしました。
その後、日本の工業の発展に合わせて4輪のトラックを開発。
経済の成長に合わせて、いよいよ4輪乗用車のジャンルに打って出ます。その先鋒として開発されたのが2人乗り+αの軽自動車「R360クーペ」です。
1960年に発売されたこの「R360クーペ」は、先に軽市場でヒットしていた「スバル360」と戦うべく、マグネシウムを多用したエンジンや、アクリルウインドウなどによる軽量化や、本格モノコック構造、オート3輪から受け継いだ独自のデザインなど、多くのアイデアが盛り込まれた意欲作でした。
そしてその2年後に、この「R360クーペ」のセダン版として発売されたのが「キャロル360」です。
1960年に発売されたR360クーペは、マツダ初の4輪乗用車。2プラス2というクーペスタイルを採用することで、当時「国民車」として圧倒的な支持を得ていたスバル360より安価を実現。当時の価格はスバル360よりも10万円ほど安い30万円〜であった。
発売当初は順調なセールスを記録。ただ、栄光は長くは続かなかった
先にミニマムで安価な2by2の「R360クーペ」を投入して軽4輪乗用車の市場に「マツダ」ブランドを売り込んだ後で、満を持して本命のファミリーセダン「キャロル360」が発売されます。
キャロル360は、軽規格を維持しつつも家族4人がしっかりと使える本物の4座セダンとして開発された。
一般的には同じ車格のクーペとセダンなら、プラットフォームやエンジンを共用してコストを抑えるのが常套手段ですが、意欲に燃える「マツダ」はひと味違いました。
オート3輪から受け継ぐ、丸みを帯びて突き出したノーズに愛嬌のあるライトが埋め込まれる基本的な意匠は共通ですが、セダンとしての空間効率を突き詰めた設計はクーペとは出発点から違います。
「クリフカット」と呼ばれるリヤウインドウが垂直に立った造形はデザイン的に重要なポイントになっていますが、軽自動車のサイズで大人4人ができるだけゆったり過ごせることと、リヤに搭載されたエンジンの整備や脱着がしやすいようにトランクリッドの開口部を広げる、という点を両立させるための至って合理的なものです。
キャロル360(前期型)の2ドアセダン。
キャロル360(前期型)の2ドアセダン。
エンジンも当時としては異例なくらい力を注がれて作られたものでした。
「R360クーペ」ではシンプルな空冷V型2気筒エンジンでしたが、この「キャロル360」には新開発の水冷直列4気筒「DA型」エンジンが搭載されます。
この当時の軽自動車用エンジンでは4気筒モデルは極めて珍しく、オートバイ由来の精密なつくりの「ホンダ・T360」の他は、この「キャロル360」のみでした。
軽自動車初となる水冷4サイクル4気筒(OHV)を搭載。排気量は358ccで最高出力は18ps、最大トルクは2.1kg-mを発揮。当時の自家用車のユーザーインタビューでは「エンジンがかかりやすい」「都内中心でも15km/Lは走る」という報告例も確認できる。
この直列4気筒エンジンは、当時高級車のエンジンにも採用例がないアルミ製のシリンダーブロックやヘッド、ミッションケースや、5ベアリングのクランクシャフトなどを採用。
さらには小型自動車へ最大800ccまで排気量を拡大して搭載する計画を盛り込んだため、軽用のエンジンとしてはかなり大柄なサイズで、エンジンルーム内の存在感もクラスを超えていました。
実際にこのすぐ後に発売された「キャロル600」には、そのまま568ccまで排気量を拡大して搭載されています。
撮影車はマツダ車生産累計100万台を記念して造られたゴールドのキャロル600。ホイールベースは360と変わらないが、全長と全幅はわずかに拡大。586ccのエンジンは28ps/4.2kg-mを発揮。
各所に宿る先進機能の数々。決してデザインだけのクルマではなかった
足まわりも他の車種では採用例がほぼ無い、前後トレーリングアーム式のサスペンションと、ゴム製の「トーションラバースプリング」を採用するという先進性を見せていました。
これらの先進性が満載の機構に加えて、安全性の高い合わせガラスや巻き上げ式のサイドウインドウを採用したりと、明らかにクラスを超えたぜいたくな装備などによって、「小さな高級車」と評価され、追加された4ドア版の後押しなどによって販売台数は一時的にトップの「スバル360」を超えるなど、ヒットを記録しました。
ステアリング奥のメーターは、120km/hスケールのスピードメーターを中心に、左に燃料計、右に水冷計をレイアウト。
フロントシートはリクライニング式を採用。乗り心地の良さを報告するユーザーも多かった。
この時代にすでに芽生えていたデザインへのこだわりとメカニズムの追求の精神は、この後もしっかり「マツダ」のDNAとして受け継がれていきます。
多くの先進機構の採用や可愛らしい特徴的なデザイン、クラスを超える豪華装備などが評価されて順調に販売台数を伸ばした「キャロル360」ですが、この時代は軽のパイオニアの「スバル」の他にも、「三菱」や「スズキ」、「ダイハツ」などが参戦して群雄割拠な様相となっていました。
「キャロル」は健闘していましたが、車重の重さによる加速の鈍さや、荷物の積載量がほぼ無いことなどがマイナス要因となり、徐々に売れ行きは低迷していきます。
そしてその問題を打破することができないまま、1970年に生産を終了。オリジナルの「キャロル」はこの代で幕を閉じてしまいました。
1966年10月にマイナーチェンジを実施し、後期型に移行している。
旧車を楽しむ目線で見た「キャロル」の魅力とは?
「キャロル360」を今の時代に楽しむという観点で見た場合、最大の魅力はなんと言ってもその愛嬌のあるデザインとサイズ感でしょう。
実物を前にすると、今の軽と並べるとまるでミニカーと感じるくらいにコンパクトなサイズ感で、グリルの存在感の薄い丸目の愛嬌のある顔つきに、馬車を思わせるキャビン形状、そしてリヤエンジンならではのスリットを意匠に活かしたテールのデザインなどが相まって、女子だけでなく男子も思わず「カワイイ!」と発してしまうくらいの存在感です。
しかし、維持するという点ではオススメはできません。特殊な機構を満載したエンジンや足まわり、1代限りで流用が効かない点など、修理のハードルがかなり高い車種です。
比較的台数が多いのが救いでしょうか。
それでもその存在感は多くの旧車を含めても唯一無二です。もし気に入ったら、相場が高くない今が入手のしどきかもしれません。
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