
現代のクルマに比べると、1960年代のクルマは驚くほど小さい。例えば1967年誕生の初代カローラの全長×全幅は3.84m×1.48m。現在の軽自動車に近い数値である。そんな時代、全長5mを超える桁違いのサイズ、桁違いの高品質で登場し、当時の首相の公用車となったのが日産プレジデント。そしてトヨタも豊かになっていく日本を象徴するように、クラウンエイトに変わる新たなプレステージサルーンを開発する。アメ車的な高級感のライバルと違い、トヨタがこだわったのは雅な日本の伝統美。それは初代センチュリー誕生から60年近く経った現行モデルにも、しっかり継承されている。
●文:横田晃(月刊自家用車編集部)
初代センチュリー(VG20)
VG20(初期型)の登場は1967年。今から60年近い昔のこのクルマに、EL計器照明や自動ビーム切り替えなど、現代と同等のテクノロジーが既に導入されていた。ボディカラーは写真のカムイ・エターナルブラックなど全6色。
主要諸元 センチュリーD仕様(1967年式)
●全長×全幅×全高:4980 ㎜ ×1890 ㎜ ×1450㎜ ●ホイールベース:2860㎜ ●車両重量:1800㎏●乗車定員:6名●エンジン(3V型):水冷V型8気筒OHV2981㏄ ●最高出力:150P S/5200rpm●最大トルク:24.0㎏ -m/3600rpm●最高速度:160㎞ /h●最小回転半径:5.7m●燃料タンク容量:90L●トランスミッション:3段オートマチック●サスペンション(前/後):トレーリングアーム・オレオ型独立懸架・空気バネ/半浮動式トレーリングアーム・コイルバネ●タイヤ:7.35-14-6PR ◎新車当時価格(東京地区):268万円
政財界のVIPにより認知度を上げていった国産ショーファーカー
ショーファードリブン。後席に乗る主役のために運転手つきで運用される大型セダンは、専属の御者が操る貴族の自家用馬車に起源を持つ、特別な乗り物だ。贅を尽くしたそれを国産化できるかどうかは、国の工業力を推し量る、ひとつの目安にさえなる。
戦後、ようやく乗用車の国産化が始まった日本で、最初にショーファーカーとして使われたのは1955年に誕生した初代クラウンだ。今日のカローラより小さなボディに1.5Lの4気筒エンジンを積んだ小型車が、当時は日本を代表する”高級車“だった。
そのオーナー第一号となった時の外相、重光葵は、折しも開幕した国会にクラウンで乗り付け、後部座席から降り立つと、記者団から感想を問われて「大変けっこうな国産車です」とコメントした。
しかし、今見ると質素な小型車が高級車を名乗っていられる時間は、長くはなかった。高度経済成長期を迎えた日本は日に日に豊かになり、1960年には小型車規格が2Lに拡大。ボディサイズも現在の小型車規格いっぱいとなった2代目以降のクラウンやセドリック、グロリアなどの上級セダンが、政財界のVIP御用達のショーファーカーとして定着する。
さらに、1965年の外国製完成車の輸入自由化が、国産上級セダンをさらに大型化させるきっかけとなった。輸入自由化で、国産にはまだ存在しなかった本格的な大型セダンが大量に上陸すれば、国産車の市場はなくなってしまう。
その頃には乗用車の開発生産技術を蓄積していた日本メーカーは、そんな危機感から大型乗用車の開発を加速させた。1963年2月に日産が直6、2.8Lエンジンのセドリックスペシャルを投入。トヨタはクラウンのボディを拡大し、国産車初のV8、2.6Lエンジンを積むクラウンエイトを1964年4月に誕生させる。直後の5月には、プリンスも直6、2.5Lのグランドグロリアを発売した。
中でもクラウンエイトは、メーカーも驚くほどの販売実績を挙げ、わずか4カ月で先行したセドリックスペシャルを抜いた。それに対抗して、日産は1965年秋に、セドリックより本格的な大型セダン、プレジデントを登場させる。
小型車カテゴリーでのBC(ブルーバードvsコロナ)戦争を彷彿させる、トヨタと日産の大型セダン開発競争。そこから1967年末に生まれたのが、トヨタの創立者、豊田佐吉の生誕100周年を記念した名を持つセンチュリーだ。それは量産車のクラウンとはまったく異なる、名実ともに国産最高級セダンにふさわしい一台だった。
2代目センチュリー(GZG50)
初代誕生から30年。2代目となったセンチュリーの最大の目玉がV型12気筒エンジン。安全装備の充実など中身は大幅にバージョンアップされたが、外観を大きく変えないのがセンチュリーらしさ。
主要諸元 センチュリーフロアシフト仕様(1997年式)
●全長×全幅×全高:5270㎜ ×1890㎜ ×1475㎜●ホイールベース:3025㎜●車両重量:1990kg●乗車定員:5名●エンジン(1GZ-FE型):水冷V 型12気筒DOHC4996 ㏄ ●最高出力:280PS/5200rpm●最大トルク:49.0㎏-m/4000rpm●10・15モード燃費:7.2㎞ /L●最小回転半径:5.7m●燃料タンク容量:95L●トランスミッション:電子制御4段オートマチック●サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン式独立懸架・空気バネ/ダブルウィッシュボーン式独立懸架・空気バネ●タイヤ:225/60R16 98H◎新車当時価格(東京地区):925万円
インパネ中央はエレクトロマルチビジョン。6インチのフルカラー液晶ディスプレイはGPSナビやマルチCDにも対応。全車ECT-iの4ATだが、写真のフロアシフトのほかコラムシフトも選べた。
デュアルEMVパッケージ車はリヤ用のエレクトロマルチビジョン( 7インチワイド)が備わる。また自動車電話用のアンテナなども標準装備(電話器はオプション)。後席はランバーサポートなど4ウェイパワーシート。
採算が取れずとも造り続ける、センチュリーの進化と伝統
軽自動車でも高級車でも、一台のクルマの開発にかかるコストは、じつは何倍もの違いはない。鋼板を始めとする材料や部品の原価も同様。それでは、両車の価格差はどこで決まるのかと言えば、もっとも大きいのは生産台数だ。
世界の市場で月に数万、数十万台を売る大衆車なら、数十億円の開発コストも一台当たりで割れば、手ごろな価格が実現できる。そのためには、均一な品質で効率よく量産できる生産技術や、無駄のない工程管理が重要だ。日本の自動車産業は、カイゼンやカンバン方式に代表されるそれを最大の強みとして、今日の地位を築いた。
しかし、大型高級車の市場は、世界的にも限られる。まして1960年代当時の日本車は、安さが一番の売り物。高級車の輸出は、まだ夢物語だ。トヨタの発表文によれば、1967年11月の初代センチュリー発売当初の生産台数は月産150台。前年に誕生した初代カローラの月産2万台と比べると、コスト効率の悪さは明らかだ。
だが、そんな少量生産だからこそ、追求できる価値もある。小さな部品ひとつに至るまで熟練した匠の手で仕上げる、芸術的なまでのクオリティの高さだ。量産車なら、ドブ漬けの下塗りとロボットによるせいぜい2〜3回のスプレーで済ませる塗装も、センチュリーではすべて手仕上げ。塗る度に目の細かな研磨紙による水研ぎを何回も繰り返して実現させた、量産ラインでは望めない深みのある色と艶は、日本の伝統工芸品である漆器を思わせる。色味や杢目を厳選した本物のウッドパネルや、伝統的な図柄を織り込んだ、精緻な織物のシート表皮も同様に、効率重視の量産車には求められない本物の価値。ちなみに、真の高級車のシートは服を傷めない織物が本来の姿だ。革シートは馬車の時代には、雨ざらしの御者席用の素材だった。
エアサスや自動ライト、クルーズコントロールなど、当時の最先端メカニズムを満載した初代センチュリーの最上級車の価格は、268万円。当時のカローラ(スタンダード=43万2000円)のざっと6台分だ。それでも、専用のV8エンジンを積み、一台一台手作業で組み立てられる工程と生産台数を思えば、バーゲン価格に違いない。
それは1997年に登場したV12、5Lエンジンを積む2代目の987万円や、レクサス譲りのハイブリッド車となった現行型の1996万余円も同じ。匠の技を後世に伝える器の役割も担う現行センチュリーは、本来、世界のこのクラスの高級車の相場である4000〜5000万円級の内容と品格を備えた一台なのである。
3代目センチュリー(UWG60)
2018年に誕生した3代目センチュリーは、地球環境の時代にふさわしく、ついにハイブリッド車へ。車体はさらに大きくなり、全長は5.3mを超えた。センチュリーの凄さは、旧モデルを古く感じさせないように新型をデザインするところ。最新の安全テクノロジーを採用しながら、初代からのクラシカルなシルエットを踏襲する。
T字型のインパネは、木目がしっかりと使われるなどコストをかけた上質素材が使われるが、普通のラグジュアリーモデルとは異なり、華美な演出は控えめ。
動く応接室とも言える快適なリアキャビン。本革や本革パネルを惜しみなく使われた寛ぎの空間は、センチュリーの格を雄弁に物語る。
パワートレーンは、5L V8エンジン+THSⅡハイブリッドシステムを採用。電子制御式エアサスペンションは制御系に加え、ゴム素材の見通しも図られ、より静粛な走りを実現。
2023年に登場した、上下2段のランプグラフィックが特徴的でかつ先進的なアプローチとなった新センチュリー。グリルのデザインは、日本建築の伝統技法「組子細工」をモチーフとしている。
御料車は日本の技術を世界にアピールするショーケースでもある
2019年秋に催された今上天皇陛下の即位を記念するパレード、祝賀御列の儀。天皇・皇后両陛下を乗せたオープンカーは、この日のために作られた、現行型センチュリーベースの改造車だった。
オープンカーでの行幸はしばらくないかもしれないが、公務で両陛下がお出ましになる際に乗車される御料車もまた、センチュリーがベースのリムジン、「センチュリーロイヤル」だ。
2006年に先代ベースの一号車が納入されて以来、ワゴン型(寝台車)1台をふくむ4台が製作され、2019年秋には現行型ベースの5台目も加わっている。
オープンカーでは8000万円という価格も話題になったが、先代ベースの一号車でも5250万円、国賓を接遇するために防弾性能などを高めた2台は、9450万円で納入されている。それでも、開発コストと生産台数を考えれば、トヨタの利益はなかったろう。
日本の皇室にそれまでの馬車に代わって御料車が導入されたのは、大正天皇が即位した1912年のこと。当時同盟を組んでいた英国の王、ジョージ五世の公用車と同じ仕様のデイムラーだったという。
以後、ロールスロイスやメルセデスベンツ、戦後のキャデラックと外国車が続くが、日本の自動車産業が実力をつけた1960年代になると国産化が検討される。栄誉あるそのメーカーとして選ばれたのは、プリンス自動車。初の国産御料車の開発中にプリンスは日産と合併したが、車名は日産プリンスロイヤルとされた。
1967年から、ほとんど手造りで7台が納入され、うち一台はワゴン型に改造されて、昭和天皇の大喪の礼では霊柩車として使われた。現役当時のプリンスロイヤルのメンテナンスは、開発・生産した東京・多摩の村山工場に常駐する日産の実験部隊が担当していた。搬入されたプリンスロイヤルに、実験部員たちはおろしたての作業着と白手袋を着用して、一礼の後に乗り込み、テストドライブをしては、異音を防ぐためにリーフスプリングの間に挿入された革帯の交換作業などに当たったという。
今日のセンチュリーロイヤルは、日本のステイタスや実力を世界に示すショーケースでもある。夜間にセンチュリーロイヤルで移動する天皇皇后両陛下の映像や写真を見かけたら、その室内照明にも気をつけてみよう。車内の両陛下のお顔のどこにも影ができず、美しく健康的に映えるよう、明るさや色、配置が緻密に作り込まれていることが分かるはずだ。熟練の人の手から生まれた、世界に誇るべき日本のモノ作りの姿勢が、そこには凝縮されている。
センチュリーロイヤル
2006年から2008年にかけて宮内庁に納入された2代目センチュリーベースのセンチュリーロイヤルは合計4台。「皇1」「皇2」「皇3」「皇5」のナンバーのうち「皇1」が天皇・皇后両陛下が乗られる標準車(公表車両価格5250万円)、「皇3」「皇5」は国賓向けなどに防弾機能を強化した特別車両(公表車両価格9450万円)※写真は現行型ベースのセンチュリーロイヤル
センチュリーオープンカー
天皇陛下即位に伴う「祝賀御列の儀」で使用された現行型センチュリーベースのオープンカー。ナンバーは「皇10」。価格は約8000万円といわれている。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
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