大衆に受け入れられた初代カローラだが、その成功の要因が4速フロアシフトやセパレートシートの採用など、ライバルに先んじたスポーティ志向にあったことはよく知られている。2代目でもサイズアップと装備充実を図りながら、新たなホットモデルを投入。ツインキャブエンジンを積む1400SLとSR、そして極めつきがセリカの2T-Gツインカムエンジンが移植されたレビン( 英語で「雷光」「稲妻」の意味)だった。そしてこのホットモデルはトヨタ車には珍しく、ラリーなど競技を強く意識したかなり硬派な仕様とされていた。
●文:横田晃
日本人のマイカー観をスポーティにスイッチした、カローラDNAの象徴
カローラを開発した長谷川龍雄主査が、「80点プラスα主義」を標榜したことはよく知られている。すべてが100点満点のクルマを作ることはできない。だから、すべての面で合格点である80点以上を取り、さらにどこかに他とは違う突出した魅力を与えることで差別化を図るという考え方だ。
初代カローラのプラスαのポイントは、「スポーティ」だった。庶民にはマイカーがまだ半分夢だった当時、人々が憧れた自動車の手本は大型のアメリカ車だ。堂々たる3BOXのセダンで、乗り込めばフカフカのソファのようなベンチシートが理想。メーターは、高級オーディオのチューナーのような横長デザインが定番だ。
変速レバーはハンドル横にのびたコラムシフトが上級の証し。今では常識の、床からレバーが生えたフロアシフトは、当時の人々にはトラックを連想させた。ところが、カローラは要所をメッキで飾った3BOXのセダンフォルムこそイメージ通りだったが、乗り込むと庶民の常識を裏切った。
シートはセパレートタイプで、メーターは円形の2眼式。しかも、シフトレバーは床から生え、ギヤ段数はそれまでの常識だった3速より多い、4速もあったのだ。あえて採用したそれらこそ、カローラはオーナー自身が運転を楽しむためのスポーティなクルマであるという、プラスαの主張だった。
1968年にはクーペのカローラスプリンターが登場して、より鮮明になったそのメッセージは人々に受け入れられた。そうして、カローラは日本人のマイカー像を、運転を楽しむためのスポーティなクルマへと定着させたのだ。
かくして大成功したカローラは、1970年に登場した2代目になるとさらにその路線を押し進めた。ボディタイプは最初からセダンに加えてクーペを用意。初代ではクーペの車名だったスプリンターは兄弟車として独立し、そちらにもセダンとクーペが用意された。
一方、同年末に日本初のスペシャリティカーとなるセリカが登場。スポーティなクルマへの希求はさらに高まった。時代は毎年、面白いように給料が上がる高度経済成長期ローンも普及して若者にもマイカーがいよいよ現実的になる。
そんな時代を背景に、トヨタは1972年にカローラとスプリンターにさらなる飛び道具を投入する。それぞれ1.4Lが上限だったクーペボディに、セリカでデビューした1.6LのDOHCエンジン、2T-G型を積んだのだ。TE27型カローラレビン、スプリンタートレノの誕生だ。
ヤマハとのコラボが生んだ、当時世界でも稀だった量産型DOHCエンジン
今ではエコカーにも効率を求めてDOHCエンジンが当たり前に積まれているが、1970年代初頭のそれは、世界を見回しても特別なスポーツカーのメカニズムと言えた。そんな中で、大衆向けコンパクトカーのカローラにDOHCを積むという商品企画は、トヨタにしかできない荒技だった。
それを実現させたのは、1967年に登場したトヨタ2000GT以来の、ヤマハとのコラボレーションだ。
クラウン用の6気筒OHCを2000GTのためにDOHC化したヤマハは、その後もトヨタ1600GTやマークⅡGSSなどで、トヨタの実用エンジンをDOHC化する関係を確立した。セリカに搭載された1.6ℓの2T-G型DOHCも、カローラにも積まれたOHVのT型1.4ℓをベースに、ヤマハが手際よくDOHC化したもの。トヨタとヤマハのコンビは、その時点でDOHCエンジンを量産する、世界でも希有な存在になった。
ベースとなったT型エンジンの素性の良さも忘れてはいけない。機構的には旧式のOHVだが、カムシャフトが可能な限りエンジン上方に置かれ、サイレントチェーンで駆動されるOHCに近い構造で、バルブを押すプッシュロッドを短くする工夫がされていた。吸気と排気をエンジンの左右に分けて配置した、クロスフローと呼ばれるレイアウトで、燃焼室形状もスポーツエンジンのような半球形を実現。プラグも燃焼室の中央に配置されるという、DOHCに近いデザインだったのだ。
おかげで、カローラクーペに搭載されたツインキャブのT型エンジンは、同クラスでは群を抜く95馬力を発生。足回りも固め、大衆車クラスでは初となる5速MTを組み合わせた1400SRは、登場当初ラリーにそのまま出場できるクルマとして話題になった。
レビン/トレノはその心臓を、115馬力の2T-G型DOHCに換装。タイヤも1400SRの155SR13から、認可されたばかりの偏平タイヤ175/70SR13とし、迫力あるオーバーフェンダーも備えて登場したのだ。
グロスで115馬力のパワーも、175/70、しかも13インチというタイヤサイズも、現代の基準で見れば実用車レベル。しかし、当時のそれは驚天動地の高性能車であり、オプションでリミテッドスリップデフまで用意されるという本格的なスポーツ仕立ては、クルマ好きの度肝を抜いた。
81 万3000円の価格は同クラスとしては高価だったが、その内容を思えば、世界で一番安いDOHCスポーツに違いなかった。
憧れの存在から身近な一台へ、稲妻はたしかに進化しながら、人々の記憶だけに残った
そうして華々しくデビューしたカローラレビン/スプリンタートレノは、当然のようにモータースポーツで活躍する。とくに、コンパクトなボディと機敏なハンドリングは、ラリーでは無敵。1975年にはトヨタのWRCでの初優勝も飾り、その名を世界に轟かせる役割も果たした。その後もレビンは、カローラシリーズのイメージリーダーとして、歴代に設定されることになった。
1974年に登場した2代目のレビンは、翌年施行された排ガス規制をクリアできず、わずか1年でカタログ落ちするものの、1977年になると電子制御燃料噴射と触媒の組み合わせで復活している。ちなみに登場当時、レビンは2ドアハードトップ、トレノはクーペという異なるボディだったが、復活の際に当初のトレノと同じクーペボディとなり、マスクで差別化された。
初期の電子制御による2T-GE型エンジンはソレックスツインキャブ時代の鋭さを削がれたものの、排ガス対策技術の進化でもっとも厳しい53年規制をクリアした1978年以後は、ふたたびパワフルな走りを取り戻し、クリーンなエンジンでもスポーツカーは作れることを世界に印象づけた。
1979年に登場した4代目カローラの時代には、旧式のリーフリジッドのリヤサスがリンク式に改められ、よりシャープなハンドリングを手に入れた。クーペのレビン/トレノだけでなく、セダンやハードトップ、2ドアハッチバックに2T-G型エンジンが搭載され、そちらはGTを名乗って、高性能カローラは一気に普及する。
そのシャシーを受け継いで1983年に登場したレビン/トレノの真打ちが、今なお伝説的な人気を誇るAE86型だ。このクルマでデビューした新世代DOHCの4A-G型エンジンは、例によってヤマハの手で4バルブのヘッドが与えられ、高回転までカーンと回る、新たな魅力が与えられた。もっとも、このモデルからクーペ系のボディがすべてレビン/トレノを名乗るようになり、特別なクルマとしての存在感が薄れていったのも事実だ。
1987年デビューの6代目レビン/トレノからは駆動方式はFF。スーパーチャージャーで165馬力を絞り出すまでになったが、かつての熱狂は取り戻せなかった。走りは実用グレードでもTE27の時代よりはるかに進化したにもかかわらず、コンパクトなボディに高性能を秘めたレビン/トレノは、身近な存在になったがゆえに、本来の立ち位置を見失ってしまったのかもしれない。
歴代レビン/トレノ変遷
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