
2024年度通期および第4四半期決算の発表が新社長としてのスタートとなったイヴァン・エスピノーサ氏。同時に発表された経営再建計画「Re:Nissan」では触れられていなかった商品戦略や日産への想いなどを5月17日〜18日に開催された「フォーミュラE」東京大会のパドックで自動車専門メディアに対し語ってくれた。その気になる中身をモータージャーナリストの島下泰久氏が解説する。
●文:島下泰久(モータージャーナリスト) ●写真:日産自動車株式会社
日産をあるべき原点に戻し、ハートビートモデルを生み出してユーザーの心にもう一度火を付けたい!
日産にとっては地元開催となる「フォーミュラE」東京大会のパドックで、応援に訪れていた日産のイヴァン・エスピノーサ新社長に話をうかがうことができた。財務状況、工場閉鎖、トランプ関税……と聞きたいことは山ほどあるが、まず聞いたのはこれまでの会見などであまり触れられてこなかった商品目線の話。ズバリ、今後の日産をどのようなブランドにしていきたいのかということだ。
5月17日、18日に開催されたフォーミュラE「Tokyo E-PRIX」の第8戦、第9戦。日産フォーミュラEチーム所属のドライバーズランキングで首位に立つオリバー ローランド(23号車)は、雨の第8戦では2位、第9戦では予選でシーズン3度目のポールポジションを獲得。決勝では優勝輝いた。第9戦の表彰台には優勝を喜ぶイヴァン・エスピノーサ新社長の姿も。
イヴァン・エスピノーサ新社長:「考えているのは、日産を元々の原点に戻すということです。日産には、数多くの“日産ならでは”のクルマがあります。クルマは違っても、共通する味がある。なぜならお客さまを理解して、繋がりをもってクルマづくりをしているから。ハートビートモデルって呼んでいるんですが、それはスポーツカーだけじゃなく、どのクルマもそれぞれに存在意義があり、情緒に訴える存在なんです。そうした部分に、あらためて火をつけたいと思っています。」
言うまでもなく、日産には数多くのファンが居る。フェアレディZやGT-Rのようなスポーツモデルだけでなく、セレナやノートにエクストレイルなどなど、それぞれのモデルに、そうした「他のクルマじゃダメなんだ」というユーザーが居るのだ。まず必要なのは、そうした日産らしい魅力を、より強く訴えかける商品を生み出していくことというわけである。
2025年5月13日に、2024年度通期および第4四半期決算を発表するイヴァン・エスピノーサ新社長。同時に経営再建計画「Re:Nissan」を発表した。
イヴァン・エスピノーサ新社長:「例えば、近いうちに投入する新しいリーフ。初代リーフは、自動車業界に大きな爪痕を残しました。日産にはこれだけの技術がある、こんな素晴らしいクルマができると、他社には出来ないことを証明したわけです。新型は、あらためてこうした商品にしなければいけません。開発力の高さと、申し上げたような日産の精神、要するに“ならではの味”をもってお客さまの心に近づける。これがゴールです。」
新型日産リーフ(3代目)。2025年半ばに発表予定。
一方、世界的に見るとバッテリーEV(BEV)については現状ではやや退潮気味。北米などはハイブリッドに目が向いている部分が大きい。そして、よく知られる通り日産は北米でe-POWERを展開していない。この辺りはどのように対応していくのか。
イヴァン・エスピノーサ新社長:「北米では(プラグイン)ハイブリッドをまず展開します。日本についてはe-POWERでまずまず市場をカバー出来ていると思いますが、こちらも北米で早く出していきたいですね。北米は政策が変わりましたから、今は走ってキャッチアップしようとしているところです。」
昨年10月の発表では、日産の国内販売におけるe-POWER比率はすでに4割を超えている。そして報じられている通り、e-POWERは第3世代と呼ばれる進化型が控えているところだ。
イヴァン・エスピノーサ新社長:「第3世代e-POWERは、すごくいい技術ですよ。もちろん、そう言うのは当たり前ですけど、私は社長ですから(笑)。それは半分冗談ですが、実際に燃費が大幅に改善しています。これまでe-POWERで不満とされていたのは高速道路の燃費が良くないということでしたよね。ですが、すでにテストしている車両ではトップレベルの燃費を出せています。しかもコストも低減できるんです。」
2025年4月22日に日本国内でデザインの一部が公開された新型エルグランド。2026年度に発売予定で、新開発となる発電専用1.5Lエンジンと、モーターやインバーターなど5つの部品をモジュール化することにより軽量化された「5-in-1」を採用することで、大幅な静粛性と燃費の向上を実現するという第3世代e-POWERの搭載がアナウンスされている。
日本市場のラインナップについてはどう考えているのだろうか。新型エルグランドの登場は予告され、今回の決算発表では次期型スカイラインという話もあったが、グローバルで見れば「これを入れてくれればいいのに」というモデルが、すでにいくつも存在している。市場が伸びているコンパクトSUV市場には、インド生産の「マグナイト」が投入されてもいいし、北米や中東で売られている大型SUVのパトロールは、持ってこようと思えば至極容易な日産車体九州工場製なのだ。
2024年9月に登場した日産パトロール(7代目)。往年のサファリのDNAを受け継ぐプレミアムSUV。425馬力を発生する新開発3.5LV6ターボエンジンを搭載する。
インドで生産される日産のグローバルコンパクトSUV「マグナイト」。
イヴァン・エスピノーサ新社長:「会見でも話しましたが、日本市場におけるラインナップのカバレッジを拡充したいと思っています。ディーラーさんに行くと毎回言われるんです。『パトロールをどうして入れないんですか!』って(笑)。それはひとつの例ですが、他にもグローバルラインナップにある興味深いモデルを国内に持ってこられる余地はあると思います。今、何かと決められる話ではありませんが、いずれにしても国内市場を強化しなければいけないと思っているんです。」
ところでエスピノーサ社長については、内田前社長による紹介の際に、日産きってのカーガイだという話があった。直近までグローバルの商品企画を担っていたとは言え、そのパーソナリティはあまり知られていない。例えば、エスピノーサ社長にとってのハートビートモデルは何なのだろうか。
イヴァン・エスピノーサ新社長のハートビートモデルであるZ32型「Z(フェアレディZ)」
イヴァン・エスピノーサ新社長:「それはやはりZ(フェアレディZ)ですね。Zは私の心にとても近いクルマです。15〜16歳の頃、私はメキシコに居たんですが、そこでZ32を見ました。日産のブランドって手頃な価格、信頼性というイメージで、あんな素晴らしい技術を持っているなんて知らなかったんです。Z32を見て、まずデザインがクリーンでピュアで力強い。よく見るとディテールが凝っている。ヘッドランプはプロジェクターで、今まで見たことがない。そしてドアを開けたらウワァーッ!って(笑)。これが本当の日産なんだって、見方が変わりました。ですから私は日産を選んだんですよ。」
しかもストーリーは続く。商品企画を担当されていた時には、もちろん最新のZにも携わっていたのだ。
現行型フェアレディZ(2025年モデル)。
イヴァン・エスピノーサ新社長:「最新のZに関しては、田村さん(開発責任者の田村宏志氏)、アルフォンソさん(アルフォンソ・アルバイサ グローバルデザイン統括)と一緒に色々と取り組みました。若い頃から見ていたZについての夢が、20年後に完結したんです。だって実際に作ったんですよ! そんなことが出来るなんて想像できませんでした。ですから、すごく思い入れがあるんです。」
こうしたZだったり、あるいはGT-Rのようなモデルは今後、日産に存在し得るのかというのは、きっと気がかりな人も多いだろう。実際、今はこうしたスポーツモデルはZしかないわけで…。
イヴァン・エスピノーサ新社長:「日産ならではアイコニックなモデルは、守っていかなければいけないと思っています。もちろん赤字が大き過ぎては困りますが、一方でこれらのクルマがもたらす価値は販売台数や採算性を超えたところにあります。どれだけ多くの人達の心に火をつけるのか、従業員の誇りになっているのか。また、会社のアイデンティティとして評価されるという面もあります。それらは数値化が難しいですが、こうしたクルマに存在意義があることは確かです。ある意味、自分自身へのチャレンジですね。こうしたクルマを何らかのかたちで存続させていくというのは。」
先に記した通りエルグランドは遂に新型の登場が秒読みとなり、次期型スカイラインが開発進行中であることも明らかにされた。他にも欲しいクルマ、それこそハートビートモデルはユーザーやファンそれぞれにあるだろう。新生日産が、そうしたファンの存在を、しっかり意識していることは理解できたように思う。
地元開催のフォーミュラEは、会社を一致団結させるための、とても重要な日なんだと話していたエスピノーサ社長。日産を原点回帰させるための旅路が始まったばかりである。話していて印象的だったのは、非常に誠実で、技術面にも造形にも深く、何よりパッションにあふれ、クルマと、日産車が大好きな方だなということ。そのエネルギーで日産を今度こその再生に導いてくれることを期待したい。きっとやってくれるはずだ。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事(日産)
初代レパードは、日本国内向けの高級GTとして誕生 1986年に発売された「F31系」のレパードは、「レパード」としては2代目のモデルになります。 初代の「レパード」は、北米市場向けモデルの「マキシマ」[…]
豊かな時代の波に乗って人々の心を掴んだ高級車 1980年代頃までの日本において、3ナンバーの普通自動車は贅沢品の象徴だった。自動車税ひとつを取っても、税額が4万円以内に抑えられた排気量2L未満の小型車[…]
濡れ物・汚れ物も気にしない。唯一無二の「防水マルチルーム」 イゾラ最大の特徴とも言えるのが、車両後部に備えられた「防水マルチルーム」だ。これはレクビィ独自の装備であり、実用新案登録もされている。アウト[…]
まずは、旧車で一番人気の「ハコスカ」の燃費はどのぐらい? まずは旧車界のトップアイドル、「ハコスカ」の燃費から見ていきましょう。 ちなみに、ハコスカから後に発売された中上級クラスの日産車のエンジンは、[…]
救急車ベースという新発想──バンコンの常識を超える室内高 「ヤアズ」のベース車両は、日産NV350キャラバンのスーパーハイルーフ・スーパーロング・ワイドボディ仕様。もともとは救急車として使用される特別[…]
人気記事ランキング(全体)
一年中快適。冷暖房完備の“住める”軽キャンパー これまでの軽キャンパーに対する常識は、スペースや装備の制限を前提とした“妥協の産物”という印象が拭えなかった。しかしこの「TAIZA PRO」は、そんな[…]
サイドソファとスライドベッドがもたらす“ゆとりの居住空間” 「BASE CAMP Cross」のインテリアでまず印象的なのは、左側に設けられたL字型のサイドソファと、そのソファと組み合わせるように設計[…]
ベッド展開不要の快適な生活空間 全長5380mm、全幅1880mm、全高2380mmという大型バンコンでありながら、その中身は大人二人、あるいは二人+ペットでの旅にフォーカスされている。7名乗車・大人[…]
アウトドアに最適化された外観 まず目を引くのは、アウトドアギアのような無骨さと機能美を感じさせるエクステリアだ。純正の商用車然とした表情は完全に姿を消し、精悍なライトカスタムやリフトアップ、アンダーガ[…]
温もりと強さを両立したリアルウッドの家具 2010年に登場したファーストモデルから数えて十数年。ユーザーの声を反映しながら細部を改良し続け、今やシリーズの中でもひときわ特別な存在となっているのが、この[…]
最新の投稿記事(全体)
大人2人がゆったり眠れる圧巻のベッドスペース 最大の魅力は、クラス最大級のフルフラットベッドだ。幅1,250mm(前部)から1,000mm(後部)にわたる床面は、全長2,100mmを確保し、大柄な大人[…]
電子制御サスペンションは、3つの制御方式に大きく分類される サスペンションに電子制御を持ち込み、走行状態、路面の状況に合わせた最適な乗り心地やアジリティ、スタビリティが得られるものも一部のクルマに採用[…]
フェイスリフトでイメージ一新。都会に映えるスタイリングへ 今回のマイナーチェンジで、フェイスリフトが実施されたカローラクロス。ボディ同色かつバンパー一体成形のハニカム状グリルが与えられたフロントマスク[…]
3年ぶりの総合優勝を目指し、3台体制で参戦 今年で30回目を迎えるAXCRは、例年の約2000kmから約2500kmへと総走行距離が延長され、競技期間も8日間に延びるなど、例年以上に過酷な設定で競われ[…]
鉄粉やドロ、油などの汚れが蓄積されがちなホイール 普段の洗車で、ある程度洗えていると思っていても、実は、汚れを見落としがちなのがホイールだ。最近は、複雑な形状のものも多く、なかなか細部まで洗浄しにくい[…]
- 1
- 2