
トヨタ自動車は「ENEOS スーパー耐久シリーズ 2025 Empowered by BRIDGESTONE 第6戦」(10月25~26日に岡山国際サーキットで開催)に、革新的な開発車両「GRヤリス M コンセプト(#32 TGRR GR Yaris M concept)」を初出走させた。このコンセプトモデルは、今年年初の東京オートサロン2025でワールドプレミア世界初公開され、その大胆なコンセプトで話題を集めたことが記憶に新しい。
●文:月刊自家用車編集部
フロントエンジン車の課題克服
この「Mコンセプト」が生まれた背景には、ベースとなったGRヤリスをはじめとするフロントエンジン車が抱える、サーキット走行における構造的な課題がある。
GRヤリスのような車両前側にエンジンを搭載する車両は、「止まる(ブレーキング)・曲がる(コーナリング)・走る(加速)」という走る車両のすべての動きの負荷がフロントタイヤに集中しやすい傾向がある。
とくにスーパー耐久シリーズのような過酷なレース環境下では、フロントタイヤへの過度な負荷集中がタイヤの早期摩耗を引き起こしやすい。タイヤのグリップ力が低下すると、コーナリングの限界付近で外側にはらんでしまうアンダーステアが発生しやすくなり、ラップタイムの低下に加えてドライバーにとって大きなストレスとなってしまう。
この根本的な挙動を改善し、ドライバーがより自由に、そして安心して限界まで攻められるクルマを作りたい……。その強い想いから、スーパー耐久のレース現場で、マスタードライバーのモリゾウ氏(豊田章男会長)と開発メンバーが、車両の構造と重量配分を根本から見直すという、前代未聞のチャレンジングな取り組みを始めた。
エンジンの搭載位置を車両後部に変更。大胆すぎるアイデアだ。
「ミッドシップ4WD」レイアウトの採用
その決断の答えが、今回初出走を果たした「ミッドシップ4WD」モデルだ。
「GRヤリス M コンセプト」では、従来フロントに搭載されていたエンジンとトランスミッションを、ドライバーズシートの後方、すなわち車両のより中心に近い位置に移設している。これにより、車両の前後重量バランスが劇的に改善されたという。
このレイアウト変更の狙いは、フロントタイヤの負担を大幅に軽減し、アンダーステア傾向を解消することにある。同時に、重量物が車両の中心に集まる(マスの集中化)ことで、コーナリング時の回頭性が向上し、よりシャープなハンドリングが期待できる。またリヤタイヤへの荷重が増えることで、4WDシステムと相まって、加速時のトラクション性能も向上ている。
車両の名称にある「M」は、この「ミッドシップ(Midship)」レイアウトと、開発の旗振り役である「モリゾウ(Morizo)」氏、二つの「M」の頭文字から取られている。
このミッドシップ化に伴い、シャシーも最適化されており、ホイールベースやトレッドまでも変更されているという。
ミッドシップ化に伴い、後輪のトラクションが向上するのは明らか。今回はまだデビュー戦。今後の熟成に大いに期待したい。
新開発エンジンと開発の苦悩
搭載されるパワーユニットにも要注目だ。このマシンには、昨年5月の「マルチパスウェイワークショップ」で発表された、小型・高出力な新型エンジン「G20E型エンジン」が搭載される。トヨタはカーボンニュートラル実現に向けて、BEVだけでなく、水素エンジンや合成燃料など、内燃機関の可能性も追求し続ける「マルチパスウェイ」戦略を推進しており、この新型エンジンをモータースポーツという極限の場で鍛え上げることは、まさしくその取り組みの一環だ。
しかし、フロントエンジン車をミッドシップ車に改造するという前例のない開発は、想像を絶する困難を伴った。開発チームは、「止まる、曲がる、走る」といったクルマの根幹となる動作において、ミッドシップレイアウト特有の難しさに直面した。重心位置が根本的に変わることでサスペンションのセッティングや車両の安定性確保など、あらゆる面で新たな課題が噴出したという。
そのため開発には想定以上の時間がかかってしまい、その結果としてチームは初出走を予定していた前戦のオートポリス大会出走欠場という苦渋の決断をせざるをえなかったのだ。
S耐初出走を果たしたGRヤリス M コンセプト
岡山での初陣:「もっといいクルマづくり」の実践
前戦欠場から約3か月間、チームは諦めることなくテスト走行を繰り返した。ドライバー、エンジニア、メカニックが一体となって知恵を出し合い、エンジン、ボディ、シャシーといった車両の様々な面での改善に精力的に取り組んできた。
そして今回、ついに「GRヤリス M コンセプト」は実戦デビューの時を迎えたのだ。
トヨタは、この参戦を「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を推進するためと位置づけている。レースという過酷な現場で実際に「走り、壊し、たくさんのフィードバックを得る」ことで、将来の魅力的な市販車開発に繋がると考えているわけだ。クルマ好きのファンとしては全力で応援したい!
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