「走る宝石」と賞賛されたシャープでエッジの効いた直線的なラインと継ぎ目の少ない面構成。まさにハンドメイドの「工芸品」だった!│月刊自家用車WEB - 厳選クルマ情報

「走る宝石」と賞賛されたシャープでエッジの効いた直線的なラインと継ぎ目の少ない面構成。まさにハンドメイドの「工芸品」だった!

「走る宝石」と賞賛されたシャープでエッジの効いた直線的なラインと継ぎ目の少ない面構成。まさにハンドメイドの「工芸品」だった!

日産「シルビア」といえば、つるんとした滑らかな面で構成された空力時代の申し子のようなデザインの「S13型」を思い浮かべる人が多いと思いますが、それは「シルビア」としては5代目にあたるモデルで、“初代”が登場したのはそれから20年以上遡ります。ここでは、「走る宝石」とも言われた美しいボディを持つ初代「シルビア」にスポットを当てて、すこし掘り下げていきたいと思います。

●文:往機人(月刊自家用車編集部)

エッジの利いたシャープなデザインの中に流麗な曲面を多用することで、エレガントな雰囲気を醸し出す初代シルビア。

製造ラインのプレスでは到底出すことのできない優美さは、ハンドメイドならではの力感がある。

ヘッドライトは4灯式を採用。トランクルームの開口面積も十分に取られた実用的なクーペだった。

ボディ周囲に継ぎ目が見当たらないことからもわかるように、その造りはまさに芸術品。

「ダットサン・フェアレディ1600」がベースのスペシャリティクーペ

初代の「シルビア(CSP311型)」が誕生したのは、いまから60年も前の1965年です。型式名が表すように、ダットサン「フェアレディ1600(SP311)」をベースにして外装を架装されたカタチのクルマで、エンジンや足まわりの構成はそのまま引き継いでいます。

エンジンは1595cc 直列4気筒OHVの「R型」で、最高出力は90psと、当時の同クラスでは最高レベルの動力性能でした。それに見合うよう、ブレーキは「フェアレディ」に先駆けて前輪にディスクブレーキを装備するなど、GTカーとしても充分なレベルに仕上げられています。

G型エンジンのボアを広げてショートストローク化するとともに吸排気マニホールドの形状変更、9.0の高圧縮比とSUツインキャブ、さらにはF770コンロッドメタルの採用などにより高性能化が図られた1.6LのR型エンジン。

「宝石のように美しい」と賞賛された一方で…

この初代「シルビア」は、なんといってもその印象的な外装デザインが特徴で、最大の魅力と言えます。そのデザインは、ドイツのデザイナー「アルブレヒト・フォン・ゲルツ」氏が手掛けたものという記述が主流で最も多く目にする印象ですが、それとは異なる記述もいくつか見付けられるため、その真偽はすこし揺らぎがあるようです。

得られた情報をできるかぎり矛盾の無いようにまとめてみると、まず企画の発端は、日産の設計部造形課の課長「四本氏」が1962年の「トリノショー」に出品された「日野・コンテッサ900スプリント(VWの「カルマンギア」に似たデザインのコンセプトカー)」を見て感銘を受けたことでした。「日産でもオリジナルのスペシャリティクーペを作りたい」と思い立ち、造形課の雄志たち数人のプロジェクトチームを立ち上げ進行していたようです。

1963年の春頃には「木村氏」による外観のデザイン草案ができあがっていて、それを元に、当時デザインのコンサルタントをしていた「ゲルツ」氏に意見を聞きながら仕上げていったようです。やや遡って、プロジェクトの進行にあたって「ヤマハ発動機」の知見を頼って試作車の製作を依頼します。これが“日産2000GT”と呼ばれる「A550X」という開発コードの車輌となります。詳しい人なら、この試作車が紆余曲折あって後に「トヨタ・2000GT」のプロジェクトににもつながりを持つ(直接の関係は無いようです)ことを知っているのではないでしょうか。

この段階の「A550X」は、2代目「シボレー・コルベット(C2型)」に似たリトラクタブルヘッドライトを備えた欧州風のファストバックスタイルのボディを持ったクーペでした。過渡のデザインでは「フェアレディZ(S30型)」に近いシルエットのものもあり、いくつかのパターンで“GT”の案を模索していたフシが感じられます。

1963年秋の「東京モーターショー」に出展予定で進めていましたたが、ショー直前の内見会で出展の要件を満たしていないことが発覚し、出展は取り消しとなります。しかし、社内の評判は上々だったことから、プロジェクトの続行が認められたようです。

当時のフラッグシップサルーン以上の高級クーペらしく、外観にたがわず上品でスタイリッシュなインテリア。スピードメーターは180km/hまで刻まれ、タコメーターとの間にはアナログ時計が配されている。

高級クーペとして演出するため、シート表皮は本革が採用されている。

2人乗りのクーペなのでリヤに設置されたベンチシート風に見えるスペースは乗員用ではなく物置きに利用する。

決して広いとは言えないが、当時のスポーツクーペとしては、必要最低限の荷物を積むことができる容量を確保したトランクルーム。

「クリスプカット」と呼ばれた鋭角なエッジが立ったデザインは大きな反響を呼んだ

1964年に入ると、何らかの理由で試作の業務委託が「殿内製作所(現・トノックス)」に移行されます。そしてその秋の「東京モーターショー」に「Datsun Coupe1500」の名で、生産要件がある程度満たされたプロトタイプを出展。その翌年の3月に「シルビア1600クーペ」の名で発売が開始されました。

この「シルビア・クーペ」のデザインは当時の日本車とは一線を画す斬新なもので、全体のまとまりの良さや、「クリスプカット」と呼ばれた鋭角なエッジが立ったダイヤモンドのカットを思わせる造形などが話題となり、大きな反響を呼びました。

その当時の国内ではおおよそ好意的な評価が目立っていた印象ですが、後に海外の一部のメディアで「ランチア・フルビア・クーペ」との類似性を挙げて“パクリだ”と非難するような記述も散見されました。確かに長円型のフロントマスク部に丸目の4灯ヘッドライトと細かい横格子がが収まるところや、ナナメにカットされたシャープなおでこの面など、パッと見て「似ているな」と思わせる点はあります。

しかし当の「ランチア・フルビア・クーペ」がショーで発表されたのは1965年の3月と、「シルビア」とほぼ同じスケジュールで開発されていたと見られます。つまり、デザインの初期段階で「木村氏」や造形課のスタッフが、社外秘のはずの「フルビア・クーペ」のデザインスケッチを見たのでない限り、同時期の発表の説明が付きません。

ちなみに「シボレー・コルヴェア (2代目)」との類似性を指摘する声もあります。こうなると、この時代のデザインの流行の先駆けをつかんでいたと考える方が腑に落ちないでしょうか。

「クリスプカット」と呼ばれ、「宝石のカット」のように直線的でメリハリのあるボディ造形は当時話題を呼んだ。

高い評価の一方でごく少数の生産台数に留まったワケ

この初代「シルビア」は、デザイン面では当時の国産車を無渡しても群を抜いて高い評価を得ていて、「ダットサン・フェアレディ」ゆずりの高性能なエンジンとシャーシを持つ、まさにスペシャリティクーペとして世界に誇れる内容のクルマでした。

しかしその高い評価の一方で、販売台数はたったの554台というごく少ない数字に留まっています。この少なさの理由としては、まず第一に価格の高さが挙げられるでしょう。初任給が2万円という時代にその60倍の120万円という価格で販売されました。いまの初任給平均で単純換算すると1200万円超となります。ちなみにベースとなった「ダットサン・フェアレディ1600」は93万円でした。

この価格の理由はそのデザインにあると言っていいでしょう。世界に胸を張って売り出せるデザインを求めた結果、空力特性の高い美しいデザインをカタチにするためには通常の機械プレス方式では製造が困難だったため、職人の手で仕上げる方法が採られました。

現在では、その国産車では稀に見る外観デザインと、「フェアレディ」ゆずりの高い性能を備えた魅力の高さが再認識されて人気が高まっているように感じます。そこに554台という生産量の少なさによる希少性が加わり、中古車の相場は高騰してしまっています。もともと旧車イベントでもめったに見掛けないレアな車種なので、もし見掛けたら幸運が舞い込むかもしれません。

主要諸元 (1965年型)
●全長×全幅×全高:3,985×1,510×1,275(mm) ● ホイールベース:2,280mm ●トレッド(前/ 後):1,270/1198mm ●車両重量:980kg ●エンジン:R型(直4OHV SUツインキャブ)1,595cc ●最高出力:66kW(90ps)/6,000rpm ●最大トルク:132Nm(13.5kgm)/4,000rpm ●サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン/半浮動リーフリジッド ●ブレーキ(前/後):ディスク/ドラム ●タイヤ(前/後):5.60-14-4PR(前後とも)

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