若手ラリードライバー育成の現場からTGR WRCチャレンジプログラムが描く「文化」と「人づくり」│月刊自家用車WEB - 厳選クルマ情報

若手ラリードライバー育成の現場からTGR WRCチャレンジプログラムが描く「文化」と「人づくり」

若手ラリードライバー育成の現場からTGR WRCチャレンジプログラムが描く「文化」と「人づくり」
右からTOYOTA GAZOO Racing Company プレジデントの高橋智也氏、TGR WRCチャレンジプログラム所属ドライバーの松下拓未氏、柳杭田貫太氏。

11月6日(木)から9日(日)にかけて愛知県および岐阜県で開催される、2025年FIA世界ラリー選手権(WRC)第13戦「ラリージャパン」の中で行われたラウンドテーブルに、TOYOTA GAZOO Racing Company プレジデントの高橋智也氏と、TGR WRCチャレンジプログラム所属ドライバーの松下拓未氏、柳杭田貫太氏が登場。話を聞くことができた。表向きのテーマは「若手育成」だが、話を聞いていくと、その裏に「ラリーを文化として根付かせること」と「クルマづくりにつながる人材を育てること」という、もう一段深い狙いが透けて見える。

●文:月刊自家用車編集部 ●写真: TOYOTA GAZOO Racing/月刊自家用車WEB編集部

「ラリーを文化に!」を続けるための仕組みづくり

WRCの最高峰カテゴリーWRC1を走る2025 GR YARIS Rally1。

高橋氏はまず、WRCマニュファクチャラーズタイトル獲得の報告に触れた上で、「ここからが重要」と切り出した。

豊田市駅前でのウェルカムイベントには多くの観客が集まり、初開催時とは明らかに空気が違っていたという。

「年々、“特別なイベント”から“毎年楽しみにするお祭り”のような雰囲気に変わってきている。豊田(章男)会長が言う『ラリーを文化に』という姿に、少しずつ近づいていると感じます」

ただし、雰囲気づくりだけでは継続できない。そこで位置づけられているのが、TGR WRCチャレンジプログラムだ。

「いきなりトップカテゴリーに乗れるドライバーは現れません。段階的に育成する仕組みをつくり、ラリーを長く続けていくことが狙いです」

現在の対象は日本国籍保持者だが、「ラリーに国境はない」とし、将来的な拡大の可能性にも言及した。

フィンランドに拠点を置く「本気の育成」

(右)松下拓未氏::1999年12月23日生まれ、兵庫県出身。大学の自動車部でモータースポーツを始め、2021年に JMRC近畿 ダートトライアル部門 ジュニアシリーズ J2クラス 優勝4回とシリーズチャンピオンを獲得。2024年からWRCチャレンジプログラムに参加。2025年からRally3にステップアップした。(左)柳杭田 貫太氏:2000年1月26日生まれ、青森県階上町出身。幼少期からモータースポーツに触れ、12歳からドリフトを始める。2023年にFORMULA DRIFT JAPAN チャンピオン。2023年にはJAFカップオールジャパンダートトライアルPN3クラス優勝。2024年から全日本ラリーMORIZO Challenge Cup参戦。2025年からWRCチャレンジプログラムに参加している。

登壇したのは、Rally3で欧州各地を戦う3期生の松下拓未氏と、Rally4でフィンランド国内選手権を中心に参戦する4期生の柳杭田貫太氏。2人ともフィンランド在住だ。

トレーニング内容は大きく三つ。フィジカル、ドライビング、ペースノートだ。

柳杭田氏は、まず身体づくりの必然性を挙げる。

「長時間の走行やクラッシュリスクを考えると、Gに耐え、自分の身を守れる体が必要です。そこを土台にしないと話にならない」

実戦に近いドライビングトレーニングは、国内各地のグラベルやターマックで行い、講師が同乗し細かく指摘を入れる。空き時間には、コ・ドライバーと一般道を走りながらペースノートの書き方・精度を徹底的に詰める。

「ラリーでは、一発目の走行から“このノートなら全開で行ける”と思えるかどうかが勝負。その精度を上げるのが、一番の課題です」(柳杭田氏)

松下氏は、自身の強みを「メカニカルへの理解」と話す。

「ロードセクションでトラブルが出た時、自分たちで原因を探って応急処置ができる。そういう“現場で生き残る力”は武器だと思っています。一方で、ドライビングやペースノートを思い切って変える局面で、踏み切りが遅くなるクセは直したいですね」

高橋氏は2人について、「速さだけでなく、自分が乗るクルマをどう変えれば良くなるかを考えられる存在になってほしい」と語る。将来の開発ドライバー像も視野に入れた評価軸だ。

フィンランドと日本。環境の差と、そして日本のポテンシャル

松下拓未氏が駆るルノー・クリオ・Rally3。

ラリー文化や地域経済への影響について問われると、松下氏はフィンランドの日常感を紹介する。

「普通の家のガレージにラリーカーがあって、週末に走りに行く人がいる。ラリーを見る/やることが生活の延長にある印象です」

テストのための道路占有も、日本よりスムーズに進むケースが多いという。

一方で高橋氏は、日本の現状を否定しない。

「日本は警察や行政との調整が必要で、簡単にはいきません。ただ、地域の理解が進めば、状況は変わっていくはず。まだ伸びしろがあると考えています」

日本の山岳路特有の側溝、多彩な路面、四季による路面変化は、ドライバーとクルマを鍛える“教材”にもなっていると付け加えた。

メカニックも「主役」の一員

TGR-WRT(TOYOTA GAZOO Racingワールドラリーチーム) のメカニックは、トヨタ本社からエンジニアが派遣され、ラリーという過酷なステージでメカニックとしての経験を積む。そして本社に戻り、次の新車の開発に得た知見をフィードバックして「もっといいクルマづくり」に繋げていくという。

終盤、高橋氏はあらためて、メカニックの存在を強調した。

サービスパークでは、限られた時間で車両状態を見極め、トラブルに即応する力が問われる。TGR-WRT(TOYOTA GAZOO Racingワールドラリーチーム) CEO 春名雄一郎氏は、その評価軸について「コミュニケーション力」を挙げる。

ドライバーとエンジニアの情報を踏まえつつ、現場で状況が違えば判断を修正する。その際、一人で突っ走るのではなく、チームとして意思決定できるかどうか。
「自主性」と「連携」を両立できる人材を、メカニックにも求めているという。

高橋氏は、「販売店のメカニックが“お客様のクルマを守るプロ”なら、WRTのメカニックは“不確定要素の中で戦うプロ”」と表現し、サービスパークそのものを観戦の見どころとして挙げた。

TGR WRCチャレンジプログラムは、「速い若手を海外に送るプロジェクト」と言い切れるほど単純ではない。ラリーを文化として根付かせること。現場で鍛えた人材を、将来のクルマづくりへ循環させること。松下拓未氏、柳杭田貫太氏という若い世代の挑戦は、その仕組みが実際に機能し始めていることを示している。今後、その背中を追うラリードライバーを目指す若い世代が、どれだけ増えていくかが次の焦点になりそうだ。

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