
6年ぶりにニュルブルクリンク24時間レースへ参戦することを発表したTOYOTA GAZOO RACING。「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」をテーマにしたトークショーでは、ニュル24時間レースに向けた開発状況や、そこから生まれてきた話題のコンセプトカー「GRヤリス Mコンセプト」の開発秘話、そしてスーパー耐久への参戦という驚くべき発表まで飛び出したのだ。
●文/写真:松永和浩(月刊自家用車編集部)
「壊すために走る」 モータースポーツを活用する理由とは?
1月11日、『東京オートサロン2025』のTOYOTA GAZOO RACINGブースにて、「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」をテーマにしたトークショーが行われた。
「モータースポーツ起点のもっといいクルマづくり」トークショー。
その前日の1月10日には、「2025年はTOYOTA GAZOO RACINGとして6年ぶりにニュルブルクリンク24時間レースに挑戦」が発表され話題を集めたが、それを受けて開催された格好の11日のトークショーでは、「ニュルブルクリンク24時間レースでのクルマの開発とはどういうものなのか?」という話題から始まった。
オートサロンで披露された、ニュルブルクリンク24時間レース参戦車両。
まずトークショーの冒頭では、モリゾウ選手こと豊田章男会長からのメッセージを発信。ニュルブルクリンク24時間レース参戦車両に掲げられた「TG-RR」という文字列の意味が伝えられた。
それによると「TGRにRがひとつ増えたのは、TGR(TOYOTA GAZOO RACING)と、RR(ROOKIE RACING)が完全にタッグを組んだことを意味する」という狙いがあるそうで、
具体的には、「クルマづくりや人材育成のメインはTGRが担当して、プライベーターチームのROOKIE Racingは、モータースポーツ参戦活動の一部を担う」という関係性を目指すという。
厳密に言ってしまうと別組織であることは変わらないが、今後は「レースにおける走行データを共通言語として、現地現物でクルマや人と向き合う開発パートナー」となり、モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくりや人材育成を一体となって高い次元で進めていく「TOYOTA GAZOO ROOKIE Racing(TGRR)」として、ニュル24時間耐久レースやスーパー耐久シリーズに参戦する、ことになる。
ROOKIE Racing ニュルブルクリンク ゼネラルマネージャー 関谷利之氏。
来場者の大半が気にしていたニュルブルクリンク24時間レースに向けての開発については、ROOKIE Racingニュルブルクリンクゼネラルマネージャー・関谷利之氏がコメント。
「ニュルブルクリンクのコースは、上下の入力も含めてすごく振動が多く、常に大丈夫かなとあらゆるところに気をつけています。とくにワイヤーやハーネス系などに気を使っています。そういった部分は市販車にも活きてくるところかと思います」
日本のサーキットで走っていてはわからない振動系のトラブルが、ニュルブルクリンク24時間レースのコースではとても多く発生するそうで、具体的には、振動によって電気系統のハーネスが抜けたり、千切れることも多く発生するとのこと。
さらに関谷ゼネラルマネージャーは、
「ドライバーは内装や乗っている空間がやはり気になるもので、いかに安心させられるかが重要。なにかのパーツをコクピットに取り付けるにしても、ドライバーがこれ大丈夫かな? と思わないように気を使ってクルマを作る必要があります」とコメント。
1周が約25kmと長く、コース内の高低差が300mもあるニュルブルクリンク北コースを走るためには、メンタル面での作り込みも重要になるそうだ。
レーシングドライバーの石浦宏明氏。
レーシングドライバーを務める石浦宏明氏のトークの中で印象的だったのが、TGRRとの関係性について。
「プロメカニックの方ではなく、トヨタ自動車の方が手がけたクルマでニュルを走るということで、ちょっと大丈夫かなと思う部分もありました。でも平田さん(現トヨタ自動車凄腕技能養成部・平田泰男氏)がしっかりとコントロールしていれば大丈夫だな、という安心も感じていました。
現場では常に『もっとどうしてほしい?』ということを聞いてくれますし、ドライバーの意見もしっかりと聞いてクルマを作ってくれる。それがニュルでの一番の安心に繋がっていくと思います」
レーシングドライバー大嶋和也氏。
合わせてレーシングドライバーの大嶋和也氏は、
「レース中に完璧に直るまで走らせてくれないんです。ちょっと凹んでるぐらいいいじゃんと…、僕もまだ若かったので、少しでも速くコースに復帰して上位を狙いたいのですが、きっちり直すまでコースに出してくれなかった。でもそのぶん完璧に直してくれるんだ、という安心感がありました」とコメント。
トヨタ自動車凄腕技能養成部・平田泰男氏。
このドライバー2名のコメントについて平田泰男氏は、
「自分も成瀬さん(マスターテストドライバー成瀬弘氏)に育てていただいたので、その教えといいますか、そういったきっちりしたところは継承して、若いメカニックにも伝えていかなければと思っています」と語り、開発に対するきっちりとした姿勢の大切さについて熱弁。
その成瀬さんはどんな方だったのか?と問われると、
「成瀬さんは、ものすごい情熱的で、クルマを触りだすと時間を忘れてしまう方でした。クルマ作りは官能がすべてで、感じたこと思ったことに仮説を立ててそれを検証している。最終的にそれを検証してダメなところを直すという、データではなく、感じたことを重視してクルマづくりをしていました」
「さらに成瀬さんは、経験から導かれた仮説を立てて、なぜ? なぜ? なぜ? をずっと続けていました。つまり終わりが見えないんです。これでいいかな? と言っても、翌日にはまた改良が始まる。本当に寝ているときにもクルマのことを考えているのでは? と感じてしまう方でしたね」
MORIZO選手が初めてニュル24Hを走った際の写真。
トヨタ自動車 GRヤリス チーフエンジニア 齋藤尚彦氏。
エンジニアの視点でコメントしてくれたのが、トヨタ自動車GRヤリスチーフエンジニア・齋藤尚彦氏だ。
「データと仮説から外れたインプレッションがあったときには、データ上問題ありません!と答えてしまっていたこともありましたが、GRヤリスの開発をすることでレーシングドライバーのみなさんとは踏み込んだコミュニケーションを図っていきました。
GRヤリスが発売後もスーパー耐久に参戦や全日本ラリーで鍛え直していく中で、エンジニアの意識もどんどん変わっていきましたし、クルマも鍛えられていきました。スーパー耐久でさんざん壊して直して改善して、そこからニュルを想定したテストしていますが、今も壊れまくっています。スポーツランドSUGOでロングランのテスト中にも、左フロントタイヤのハブボルトが折れるトラブルがありました。あってはならない不具合でした」
石浦ドライバーも「ニュルの方が入力もはるかに大きいですし、ニュルだったらもっと早く折れていたかもしれません。今これが起きたことで対策することができる。こういったことをひとつひとつ直していくことがすごく大切なことですよね」
SUGOテスト走行でトラブルが出たGRヤリスニュル24H参戦車。
これに応えるカタチで斎藤チーフエンジニアが披露したのが、粉々になってしまったピストンのエピソード。
「この粉々になったピストンは、ニュルで石浦さんがドライブ中に壊れたものです。2番のピストンだけ壊れてしまいました。スーパー耐久/全日本ラリーでも鍛えていたんですけど、ニュルではこうなってしまいました。ニュル特有の振動の影響で、部品が壊れてオイルが燃焼室に入り、異常燃焼からこうなってしまいました。グラフでも確認してもらえますが、ニュルは富士スピードウェイとは比べ物にならないほどの圧倒的な上下Gが発生しています。こんな想定外のトラブルがニュルでは起きてしまうんです」
神に祈る時間を削るために、できることを模索
トークショーの終盤からは、1月10日に東京オートサロン2025で発表されたミッドシップのGRヤリスMコンセプトについての話題へ。
GRヤリス Mコンセプト。
まず斎藤チーフエンジニアが、「GRヤリス発売後に、スーパー耐久/全日本ラリー/雪上などでさらに鍛えていく中で、モリゾウさんが『神に祈る時間がある。どうしてもクルマが言うことを聞かない時間があるのだ』と咄嗟に言ったんですね」と話し出した。
レーシングドライバー佐々木雅弘氏。
その話を補足するかのように、レーシングドライバー佐々木雅弘氏は、
「ハンドルを切っても、タイヤがグリップするまでだったり、クルマが曲がり出すまでに時間がかかることがあります。とくにセッティングが決まっていないクルマだったりすると、曲がってくれ! と思いながら待つ時間があるわけです。
石浦選手や大嶋選手の乗っていたスーパーフォーミュラだったり、やっぱり後ろにエンジンがあってバランスが良くて運動性能が高いんですね。そうすると神に祈る時間も少なくなってくるわけです」とコメント。
斎藤エンジニアが引いたミッドシップGRヤリスの図面。
そのコメントを受けて斎藤チーフエンジニアは、
「そこでスーパー耐久のときにモリゾウさんと話をしまして、エンジンを逆にしようと。ミッドシップにしちゃおうという話になりました。すぐ図面を引いて、重量配分などを計算しました。そんな相談をスーパー耐久のピット裏のテントでやっていました」
GRヤリスMコンセプト。S耐久レースの参戦も発表済み。
そんな課題解決から生まれたGRヤリスMコンセプトについて、佐々木ドライバーは、
「ミッドシップは、運転がシャープになりすぎる部分もあります。神に祈る時間がなくなるということは、クルマが思った以上に動いちゃう。なので、GR86やGRヤリスで運転を鍛えた人に乗ってもらいたい。そういったネガな部分もクルマの楽しさにつながると思っています。クルマの動きをしっかりと覚えた人が乗ると究極に楽しいクルマにできると思います。フィンランドでこのMコンセプトの1号車に乗ったとき、やはりバランスがよくて雪の上でもハンドルを切った瞬間に向きが変わって、アクセルオンではトラクション性能に優れて前に進んでいく。その良さはすごく感じました。モリゾウさんもずっと走っていました」
そのフィンランドでは、モリゾウさんが走った後にロアアームが折れたことが発覚。斎藤チーフエンジニアは、
「ミッドシップ4WDのデータがないので、モリゾウさんを含めたセンサーのスゴい方にずっと乗っていただいて、前後のトルク配分などはどのぐらいが良いのかをテストしています。そのときにじつはロアアームが折れてしまっていました。モリゾウさんが帰ってからわかったのですが、こういうことも起きるわけです」
GRヤリスMコンセプトに搭載されるG20型エンジン。
そして佐々木ドライバーは、
「僕がフィンランドや下山のテストコースで乗ったのは、現行のGRヤリスと同じ1.6リッター3気筒ターボエンジンでしたが、発表されたMコンセプトには2リッター4気筒ターボエンジンが載っています。これは早く乗りたいですね」
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事(モータースポーツ | トヨタ)
オートサロン2025で披露された注目バージョンが市販化 2020年に発売が始まったGRヤリスは、走りに直結するさまざまな改良を頻繁に行うことでも有名なモデル。それだけメーカーのこだわりが強いことをユー[…]
32号車GRヤリス ニュル24時間レースで鍛えたGRヤリスDATを国内の厳しい環境で検証 GRヤリスDATは、WRCやラリーイベントなどさまざまな道で鍛えられ、市販車にフィードバックするためスーパー耐[…]
改めて原点に立ち返って、新たな仲間とともに再スタート TGRRは、「TOYOTA GAZOO Racing(TGR)」と「ROOKIE Racing(RR)」という2つの活動を、「モリゾウ」という共通[…]
トヨタの水素技術とインフラの継続的な開発を担う、重要なキーモデル トヨタは「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」とカーボンニュートラル社会の実現を目指し、これまで日本のスーパー耐久シリ[…]
幼少期の記憶から始まるモータースポーツの入口 子どもの頃に遊園地やテーマパークで気軽に乗れたゴーカートの楽しい思い出は、大人になっても色褪せないものである。でも今までは、それが単なる楽しい思い出で終わ[…]
人気記事ランキング(全体)
全方位型のツインタイプの小型ファン 先日、ヘッドレストに装着するタイプの扇風機を愛車に導入したのだが、ファンとしてはオーソドックスな丸型タイプの扇風機も使う機会があったので、便利そうな2種を紹介してい[…]
前席は快適でも、後席は意外と暑くて不快な場合も… まだまだ強い日差しが照りつけるこの季節、車内の冷房の稼働は必須と言える。クルマに乗り込んで、涼しい風に当たって「はぁ〜涼しい…」と、ひと息ついていると[…]
2人旅に特化したゆとりある空間 TR540S Joinの魅力は、まず「2人旅に特化」と割り切った設計にある。就寝人数を2名(乗車人数は5名)に絞ったことで、車内レイアウトに余裕を生み出し、広々としたダ[…]
普段はコンパクトに収納、車に常備しておくのもアリ! 乗り物に関するグッズを多数展開するブランド「CAMSOP(キャムショップ)」が、人気のジムニーをモチーフにした便利なアイテムをリリースしたので紹介し[…]
乗用ミニバンの優れた居住性と走行性に車中泊のための快適機能をプラス メティオのラクネルシリーズはバンコンから軽キャンパーまで様々なタイプの人気モデルがそろうが、今回紹介するラクネル ステイ•スイートは[…]
最新の投稿記事(全体)
剛性の積み重ねが生む一体感 2024年に実施されたゲームチェンジャーとまで言われた20式から24式への進化。その革新的な変化と比べると、24式から25式への進化は「ブラッシュアップ」と表現するのが妥当[…]
コンパクトに収まるベース仕様 RS1+のベースとなるのは、スズキ・エブリイワゴン。標準設定としてベッドマット、カロッツェリアの楽ナビ、そして諸費用を含む構成になっている。軽キャンピングカーを求める人に[…]
プロポーショニングバルブの開発で、ブレーキ液圧を適正に制御 クルマは様々な要因で荷重変化が起こり、それによってタイヤの接地性が変化し、制動力が左右される。これを防ぐために開発されたのが前後のブレーキ液[…]
日本車が手本とした、美を優先する伊デザイン。その代表が117クーペ 日本において、商品のデザインが売れ行きを大きく左右することに最初に気づいたのは、松下電器器具製作所(後の松下電器産業、現パナソニック[…]
多目的次世代アリーナを10月3日に開業 開業記念式典には、小池百合子東京都知事やBリーグの島田慎二代表理事CEOなど多数の来賓が出席。トヨタ自動車の豊田章男会長は、アリーナへの思いを語るとともに、室伏[…]
- 1
- 2