
1980年代半ばに再燃した軽自動車の馬力競争は、64psという自主規制に落ち着いた。世界的なライトウェイトスポーツの人気の高まりもあって、1990年代の日本では世界に類を見ないマイクロスポーツカーが相次いで誕生した。それぞれに個性を持った「ABC」と呼ばれた伝説の軽スポーツの歴史を振り返ってみたい。
●文:月刊自家用車編集部
軽自動車でも豪華で個性的なクルマが求められた時代。それを象徴するモデルとして誕生
1980年代の軽自動車市場は、1979年デビューのスズキ アルトなどの経済的な商用車がリードした。しかし、1989年に消費税が導入されたことで、物品税が免除される商用車規格のメリットは消滅。折からの好景気と相まって、市場では軽自動車でも豪華で個性的なクルマが求められるようになる。
その頂点とも言えるのが、2人乗りのスポーツカーだ。
まず最初にデビューしたのが、1991年春に発売された「ホンダ ビート」。8500回転まで回るNAエンジンをミッドに搭載。前年に誕生して話題となったNSXの弟分ともいえる存在であった。
次にデビューしたのが、1991年秋に発売された「スズキ カプチーノ」。エンジンはフロントに置くFR駆動のモデルだが、軽自動車初となる4輪ダブルウィッシュボーンサスペンションを備えた専用シャーシとツインカムターボエンジンが奢られた。オープンモデルながらも、走りの質を高める本格的な機構が組み込まれたスポーツカーだった。
そしてABCとしてはもっともデビューが遅かったのが、1992年秋に登場した「マツダ オートザムAZ-1」。OEM供給されるスズキ キャラとしても有名だ。エンジンはスズキから供給されるツインカムターボをミッド搭載。さらにユニークなことにスーパースポーツの代名詞ともいえるガルウイングドアまで採用されていた。
当時、マツダ ロードスターの成功もあって、世界中のメーカーがこぞってライトウェイトスポーツの開発を進めたことは有名だが、この「ABC」の3モデルは、日本独自の軽規格で開発が進められた。つまり、どれほど優れたモデルに仕上がっても世界市場での量販は望めないし、そもそもいくら好景気の時代でもスポーツカーは飛ぶように売れる車型ではない。にもかかわらず、贅沢な専用メカニズムを惜しげもなく盛り込まれ、4輪ディスクブレーキを当たり前に装備する本格的な内容で、彼らは登場したのだ。
その完成度の高さは世界を驚嘆させ、″ジャパニーズカー”の存在を広く発信
その出来栄えは世界をも唸らせた。カプチーノは、英国やドイツのディーラーからの引き合いで、小ロットながら海を渡ったし、ビートは、デザインもふくめてよく似たコンセプトのローバーMGFというフォロワーを出現させた。イタリアンスーパーカーのパロディのようなAZ-1の出で立ちも含めて、”ジャパニーズカー“の存在は、このクルマたちを代表格として世界に発信されたのだ。
ヤンチャにもほどがある3台のマイクロスポーツカーは、豊かで自由なカーライフのひとつの可能性を提示して人々の記憶に残る、日本人にしか作れない独創的な金字塔だったのである。
各モデルの販売台数
マツダ オートザムAZ-1(1992〜1995) | 約4400台 |
ホンダ ビート(1991〜1996) | 約3万4000台 |
スズキ カプチーノ(1991〜1998) | 約2万6000台 |
マツダ オートザムAZ-1[1992-1995]:アルトワークス譲りの強力エンジンの搭載で、確かな実力も兼ね備えたマイクロスーパースポーツ
バブル期に商品の多様化と販売チャンネルの拡大を狙ったマツダの象徴的モデル。外板に依存しないスケルトンモノコックと呼ばれるボディ構造やガルウイングドア、グラスキャノピーなど、ABCの中でももっとも個性的なモデルだった。スズキ製のDOHCターボエンジンをミッドシップマウントし、超クイックなステアリングや極めて低いドライビングポジションなど、その運転感覚はさながらレーシングカートのようと評された。なおスズキが販売した「キャラ」は、AZ-1のOEMモデルだ。
【マツダ オートザムAZ-1(1992年型)】主要諸元●全長×全幅×全高:3295×1395×1150mm ●ホイールベース:2235mm ●車両重量:720kg ●駆動方式:ミッドシップエンジン/リヤドライブ ●乗車定員:2名 ●エンジン(F6A型):直列3気筒DOHC657cc12バルブ+インタークーラー付きターボ ●最高出力:64ps/6500rpm ●最大トルク:8.7kg-m/4000rpm ●最小回転半径:4.4m ●10-15モード燃費:18.4km/L ●燃料タンク容量:30L ●変速機:前進5段後進1段 ●サスペンション(前/後):マクファーソンストラット式独立懸架/マクファーソンストラット式独立懸架 ●タイヤ(前/後):155/65R13 73H ◎新車当時価格(東京地区):149万8000円
ホワイトの丸型4連メーターを採用。エアコンユニットはシフト前に縦に収納された。
着座ポジションの低さはさながらレーシングカート。乗り降りにも足腰の強さが求められた。
ガルウイングはルーフ部分にヒンジを設定して真上に跳ね上がるタイプを採用。車高の低さもあいまって、ドアの開閉は一般的なタワーパーキングでも使用できた。ドア後方に設置されたエアインテークのスリットはまさにフェラーリのようだ。
1993年にはOEMモデルとしてスズキから「CARA(キャラ)」というネーミングでも発売された。
ホンダ ビート[1991-1996]:130万円台+αで入手することができた、ミッドシップスポーツの傑作
NSX発売の翌年、1991年に突如発売された2シーターミッドシップ。オープン専用ボディは徹底的に剛性が追求され、エンジンは3連スロットルや凝った燃料噴射制御で、NAながら64psの高出力とスポーツバイクのような高感度のレスポンスを実現していた。
【ホンダ ビート(1991年型)】主要諸元●全長×全幅×全高:329×1395×1175 ●ホイールベース:2280mm ●車両重量:760kg ●駆動方式:ミッドシップエンジン/リヤドライブ ●乗車定員:2名 ●エンジン(E07A型):直列3気筒SOHC656cc 12バルブ ●最高出力:64ps/8100rpm ●最大トルク:6.1kg-m/7000rpm ●最小回転半径:4.6m ●10モード燃費:17.2km/L ●燃料タンク容量:24L ●変速機:前進5段後進1段 ●サスペンション(前/後):マクファーソンストラット式独立懸架/マクファーソンストラット式独立懸架 ●タイヤ(前/後):155/65R13 73H/165/60R14 74H ◎新車当時価格(東京地区):138万8000円
高性能バイクのそれをイメージしてデザインされ、パネルから独立してレイアウトされた3連メーター。中央のタコメーターは8500回転からがレッドゾーン。ミッドシップのスポーツカーといえばタイトなコックピットを思い描くが、ビートのそれはむしろ開放的とも言える。
サバンナを駆けるシマウマをイメージしたというシート。ドライバーズシートは180mmのスライドの他、前5度/後ろ10度のリクライニングもできる。なおセンターコンソールは2cm左に寄せられ、運転席は助手席よりわずかに広くされた。
吸気効率を大幅に向上する3連スロットルをはじめ、ホンダのF1テクノロジーが注入されたMTREC(エムトレック)と呼ばれた3気筒12バルブSOHCエンジンは、とにかくシャープに吹け上がった。
前ヒンジのボンネット下にはスペアタイヤや冷却水タンクなどがあり、荷室としては使えなかった。
スズキ カプチーノ[1991-1998]:ロングノーズの伝統的FRオープンスポーツ
1989年の『東京モーターショー』に参考出品されて大反響を呼び、ビートに続き1991年秋に発売を開始した。フロントミッドシップに縦置きされるDOHCターボエンジンにより、前後重量配分は51:49を達成。ショーモデルのカーボンシャーシこそ採用されなかったが、低重心化と軽量化のためボディの一部にアルミ素材を採用している。メタルルーフは3ピースで構成され、Tバー風/タルガ風/フルオープン/クローズドの4タイプが楽しめた。
【スズキ カプチーノ(1991年型)】主要諸元●全長×全幅×全高:3295×1395×1185mm ●ホイールベース:2060mm ●車両重量:700kg ●駆動方式:フロントエンジン/リヤドライブ ●乗車定員:2名 ●エンジン(F6A型):直列3気筒DOHC657cc 12バルブ+インタークーラー付きターボ ●最高出力:64ps/6500rpm ●最大トルク:8.7kg-m/4000rpm ●最小回転半径:4.4m ●10モード燃費:18.0km/L ●燃料タンク容量:30L ●変速機:前進5段後進1段 ●サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン式独立懸架/ダブルウィッシュボーン式独立懸架 ●タイヤ(前/後):165/65R14 78H ●価格(東京地区):145万8000円
エンジン回転計を中心にレイアウトされたメーター類。操作スイッチはセンタークラスターに集約される。
大きめのセンターコンソールで囲まれ感を強調。オーソドックスなスポーツカー風インテリアを採用する。
アルトワークス用に開発されたF6A型エンジンを搭載。1995年のマイナーチェンジでエンジンはオールアルミ製(K6A型)となり、ECUの変更を受けてトルクがアップされた(8.7kg-m→10.6kg-m)。
リヤウインドウとCピラーはシート後方に格納する。メタルルーフは3分割して脱着が可能。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事(旧車FAN | マツダ)
マツダ ロードスター[NC1] 概要 2005年8月、マツダ ロードスターは”3代目”となるNC1型にフルモデルチェンジした。なお初代モデルにあたるNA型から継承する「人馬一体」の開発コンセプトは、3[…]
独自技術を持たなければ生存競争に生き残れない…、そんな時代が呼び寄せた挑戦 戦後の荒廃からよちよち歩きを始めた日本の多くの産業は、政府の指導と庇護の下で礎を築いた。ところが実力が付くにつれて、その庇護[…]
フルラインナップ化を図る、東洋工業(現マツダ)のロータリーエンジン車 数々の課題を独自の技術で乗り越え、東洋工業(現マツダ)が1967年に発売にこぎ着けたコスモスポーツは、世界初の2ローター量産ロータ[…]
1:トヨタ ハリアー[30系/2代目] デビュー:2003年2月 都市型SUVというジャンルを切り拓いた「ハリアー(初代)」の後継モデルとしてデビュー。 初代モデルが掲げた「高級サルーンの基本性能を備[…]
自動車での物流に先駆け、安価なオート三輪を開発 マツダの自動車製造の第一歩 1920 年(大正9年)、中国地方の山間部で自生していたブナ科の落葉樹「アベマキ」を使用したコルクを製造するメーカーとして、[…]
最新の関連記事(旧車FAN | スズキ)
“万能軽四駆”という企画は、一発逆転を目指した弱小メーカーから生まれた クルマの開発には大金がかかる。たった1枚のドアを開発するだけで、そのコストは億単位になるという。いかに自動車メーカーが大企業でも[…]
軽自動車は「いつか欲しい」憧れの存在だった 多くの商品の進化の過程は、経済発展にともなう庶民の欲望の変遷にシンクロしている。「いつか欲しい」と憧れる貧しい時代に始まり、やがて手が届くようになると「もっ[…]
バイクの世界に見るスズキの”武闘派”ぶり スズキといえば、軽自動車や小型車などの実用車メーカー…と思っている人が多いでしょう。かゆいところに手が届く、使い勝手のいい経済的なクルマを手ごろな価格で提供す[…]
SJ20型(ジムニー8)海外販売が増え、オイルの供給を必要としない4サイクルエンジンの要望が高まり、輸出仕様として開発。このスズキ初の4サイクルエンジンをSJ10のボディに搭載し国内販売したモデル。 […]
LJ20型 反対を押し切って始まったジムニー開発計画 オーストリアの軍用車ハフリンガーを研究するなど、新ジャンルの4×4軽自動車開発を模索していたスズキ。ホープスターONの製造権を買い取り、その開発は[…]
最新の関連記事(旧車FAN | スズキ)
“万能軽四駆”という企画は、一発逆転を目指した弱小メーカーから生まれた クルマの開発には大金がかかる。たった1枚のドアを開発するだけで、そのコストは億単位になるという。いかに自動車メーカーが大企業でも[…]
軽自動車は「いつか欲しい」憧れの存在だった 多くの商品の進化の過程は、経済発展にともなう庶民の欲望の変遷にシンクロしている。「いつか欲しい」と憧れる貧しい時代に始まり、やがて手が届くようになると「もっ[…]
バイクの世界に見るスズキの”武闘派”ぶり スズキといえば、軽自動車や小型車などの実用車メーカー…と思っている人が多いでしょう。かゆいところに手が届く、使い勝手のいい経済的なクルマを手ごろな価格で提供す[…]
SJ20型(ジムニー8)海外販売が増え、オイルの供給を必要としない4サイクルエンジンの要望が高まり、輸出仕様として開発。このスズキ初の4サイクルエンジンをSJ10のボディに搭載し国内販売したモデル。 […]
LJ20型 反対を押し切って始まったジムニー開発計画 オーストリアの軍用車ハフリンガーを研究するなど、新ジャンルの4×4軽自動車開発を模索していたスズキ。ホープスターONの製造権を買い取り、その開発は[…]
人気記事ランキング(全体)
「サクラチェッカー」Amazonのサクラ度を見抜くWebサービス 忙しさのあまり買い物に行けないユーザー御用達のAmazonは、凄まじい数の商品が並ぶ通販サイトだ。しかし、そこに潜む闇は浅いものではな[…]
ショックレスリングとは? 一般の金属とは異なる原子の規則相と不規則相が存在する“特殊制振合金”を採用した金属製のリングで、シート取付ボルトやサスペンションアッパーマウントのボルトに挟み込むだけで、効果[…]
就寝定員を1人に設定。広々デスクを装備! 遊びに行ってもリモートワークができる! 給電ベースは、オートワンの軽キャンパー給電くん同様、蓄電できる軽自動車がコンセプト。大型のバッテリーと最大2000Wの[…]
心地よく眠れるキャンピングカーのrem BVをペットオーナーのために改良 今回紹介するキャンピングカーは、キャンパー鹿児島が販売するrem WonderBV。心地よく眠れるベッドスペースを[…]
軽自動車でも『車中泊』は『快適』にできます。ベース車両はスズキのエブリイ。 エブリイの最大の強みは、その広い荷室空間にある。軽自動車でありながら広い荷室空間は、後部座席を畳めば大人が横になれるほどのス[…]
最新の投稿記事(全体)
2024年のチャンピオンシップ制覇を記念したモデル「MCL38 セレブレーション・エディション」 マクラーレンF1チームは、2024年シーズンの最終戦アブダビGPで勝利し、コンストラクターズ・チャンピ[…]
「サクラチェッカー」Amazonのサクラ度を見抜くWebサービス 忙しさのあまり買い物に行けないユーザー御用達のAmazonは、凄まじい数の商品が並ぶ通販サイトだ。しかし、そこに潜む闇は浅いものではな[…]
アルシオーネ4WD 1.8VRターボ(1985年) 輸出自主規制のなか、Zやセリカに続いたスバルの対米戦略車 妥協なく理想を追求した商品を標榜するのはたやすい。しかしその実現は難しい。なにしろ理想の追[…]
英国Wayve社のAI技術とのジョイントで、より高度な運転支援機能を実現 今回発表された次世代の運転支援技術「ProPILOT」は、英国Wayve社のWayve AI Driverと、かねてから日産が[…]
出展テーマは「MAZDA DESIGN STORY “心を揺さぶる、モノづくりへの追求”」 今年で10回目を迎えるAUTOMOBILE COUNCILは、2016年から開催されている「日本に自動車文化[…]
- 1
- 2