
旧車にちょっと詳しいよという人なら、「ホンダが初めて発売した4輪“乗用車”は?」との問いに、「知ってるよ、S500でしょ」と答えるかもしれません。しかし、「ホンダが初めて発売した4輪車は?」と聞かれたのなら、その答えは違ってきます。実は、ホンダが発売した初めての4輪自動車は、意外なことに、軽トラックの「T360」なんです。ここではその、ホンダの4輪進出のマイルストーンと言ってもいい存在である「T360」について、ちょっと掘り下げてみたいと思います。
●文:往機人(月刊自家用車編集部)
ホンダの黎明期はオートバイメーカー、高い技術力を世界に猛アピール
ホンダ初の4輪車は、エポックメイキングどころか、異端児だった!?
…と、YouTubeのアオリ動画のタイトルみたいに始めてしまいましたが、実際にホンダ初の4輪車となった「T360」は、いわゆる軽トラックのイメージにはとても収まらない、ある意味トンデモなクルマでした。
1948年にオートバイメーカーとして誕生した「本田技研工業株式会社」は、続々と精力的に新モデルをリリースし続けました。
そして創業からたった5年後には、世界的に有名な2輪のレース「マン島TT」に出場し、ホンダの技術力をアピールしました。
1958年にはアメリカに進出すると共に、今でもホンダの代名詞的存在で、戦後の高度成長期の商業を下支えした「スーパーカブ」を発売。
そして1961年には念願だった「マン島TT」で2クラス制覇を果たし、メーカーとしてもノリにノっていたときでした。
1961年の「マン島TT」のレースシーン。
1961年のレースでは、250ccクラスに参戦したRC162が、コースレコードを塗り替えながら1位から5位までを独占。【画像は高橋国光選手・RC162】
4輪市場からの締め出しを避けるために、軽トラック「T360」を急遽開発
もうひとつの夢であるF1への参戦を発表した本田宗一郎氏(以下・宗一郎氏)は、その勢いのまま4輪の市場へ進出するという野望を温めていました。
しかしその計画がおジャンになりかねない事態が訪れます。経済成長の波に乗って乱立する中小メーカー同士の喰い合いを危惧した通産省が、4輪のメーカーの総数を絞る方針を盛り込んだ「特振法」を急遽打ち立て、通達したのです。
このままでは4輪メーカーとしての申請もままならないと焦った宗一郎氏は、法の施行前にとにかく販売の実績を作らねばと急ピッチで開発を進め、1963年8月に滑り込みでなんとか販売に漕ぎ着けたのがこの「T360」でした。
当初の計画ではスポーツカーを発表して華々しく4輪の市場に撃って出るつもりでした。
しかし、360ccサイズのスポーツカーはそのときの市場に合わないこと、新規参入なら需要の大きい商用車がいいこと、そして販売網の開拓がまだできていないので、既存の2輪販売店で売れるようにすることをふまえた結果、軽トラックへと舵を切り直したそうです。
ホンダ・T360。
ホンダ・T360の運転席。
顔つきは可愛らしくても、エンジンはスポーツカー譲り
「T360」は、丸目のヘッドライトの中央に、大きくホンダの「H」マークが記されている愛嬌のある顔つきから、ぱっと見は可愛らしい印象を受けます。しかし、搭載されたエンジンはまったく可愛らしくありません。
当時の軽トラックでは、シンプルな構造でパワフルな空冷2気筒の2サイクルエンジンが主流でしたが、この「T360」のエンジンは、水冷・直列4気筒のDOHC「AK250型」エンジンが搭載されていました。
その当時は「マツダ・キャロル」など他にも直列4気筒エンジンが搭載されている例はありましたが、複雑な構造のDOHCはこの「T360」だけでした。
「AK250型」エンジンは、シート直下のフロア下に配置。最高出力は30ps/8500rpm、最大トルクは2.7kg-m/6500rpm。
単純に1気筒あたり90ccという大きめの原付のような小排気量で、さらに各気筒で独立したスロットルのキャブレターを持ち、排気管も各気筒独立したうえで集合するという複雑な構造のつくりは、まさにオートバイのそれでした。
なぜそんな精密機械のようなエンジンが、商用車のヒエラルキーの最下層に位置する軽トラックに搭載されたのかというと、それは先述の販売に至る事情があったからです。
いきなりトラックを作るということになり慌てて進めざるを得なかったため、専用のエンジンの開発をしている余裕は無かったようです。
そのため、すでにある程度カタチになっていた乗用スポーツの「S360」のエンジンと設計を共用してトラック用に仕立てたのでした。
商用トラックなのに、8500回転まで回ってしまう高回転エンジンを搭載
トラック用ということで高回転よりもトルク重視にセッティングされていることもあり、さすがにオートバイそのものというわけではありませんが、アクセルをグッと踏み込むと、360ccの軽トラックとは思えないふけ上がりと、勇ましい排気音を奏でます。
実際に走り出すと、多気筒エンジンの宿命で低速トルクは頼りなく、踏み込んでもさすがに速さは感じられませんが、最高で8500回転まで回る特性で、気分はレーシングカートに乗っているかのような印象も受けます。
一説には、この複雑で高価な素材をふんだんに使ったエンジンは、売れば売るほど赤字になると言われるほどコストを度外視して作られていたという話も聞こえていました。
この「T360」は1963年から1967年までの4年の間に合計で10万台以上販売されたとのこと。
印象としてはけっこう売れたように感じますが、実際のところこの時期の軽トラック市場のシェアでは1割にもまるで届かない成績だったようで、開発に賭けられた情熱や労力に見合った結果とは言えないでしょう。
T360の当時のカタログ。
T360の当時のカタログ。
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