「ベレG」から「117クーペ」へ ~いすゞが駆け抜けたGTの栄光と葛藤の軌跡~│月刊自家用車WEB - 厳選クルマ情報

「ベレG」から「117クーペ」へ ~いすゞが駆け抜けたGTの栄光と葛藤の軌跡~

「ベレG」から「117クーペ」へ ~いすゞが駆け抜けたGTの栄光と葛藤の軌跡~

1960年代、日本のモータリゼーションは「高性能こそ正義」という時代を迎え、その象徴が「GT(グランツーリスモ)」であった。いすゞ自動車は、日本初のGTを冠した「ベレットGT」を投入。先進的なシャシー性能とスポーティな造形で若者の心を掴み、「ベレG」の愛称でスカイラインGTと人気を二分した。しかし、その後のいすゞは、熟練工の手作業を要する優美な「117クーペ」で欧州志向の高級路線を歩むも、モデルチェンジの遅れや商品企画の迷走により、若者向けに特化したセリカ等のライバルに苦戦を強いられる。重厚長大なものづくりを得意とした名門メーカーが、変化の激しい大衆消費社会の荒波に揉まれた、栄光と試行錯誤の軌跡を紐解く。

●文:横田 晃

日本で初めて「GT」を名乗ったのは、スカイラインではなかった

〝スカG〟はスカイラインGTの愛称となりましたが、そもそもGTは人気ゲームソフトのタイトルにもなっているイタリア語の〝グランツーリスモ〟の略。自動車が貴族の乗り物だった時代の欧州で、自身で運転する大陸横断のようなロングドライブのことをグランドツーリングと呼び、その伴侶にふさわしいスポーツカーをグランツーリスモや英語呼びのグランドツアラー、すなわちGTと呼びました。そこから、レースのカテゴリーでもGTカークラスは市販車に近い形のクルマで主に長時間・長距離の速さを競い、F1のようなタイヤがむき出しの専用レースカーを使うクラスはフォーミュラ(様式)カーと呼んで、瞬発力や敏捷性を競うスタイルのレースなのが一般的です。

そのGTを日本で初めて名乗ったのは、スカイラインGTよりわずかに早い1964年4月に登場したいすゞのベレットGTでした。ユーザーの目が肥えて、見栄や憧れではなく、自身の使い方や好みに合ったクルマを選ぶようになった最近では、スポーツグレードを設定しないクルマも増えましたが、1960年代初頭の日本では、クルマは高性能でスポーティであることが正義です。その象徴がGTというかっこいいグレードでした。

若者から”ベレG”の愛称で人気となったベレットGT

大型車や商用車の専門メーカーとなってしまった今では想像しにくいですが、ヒルマンのノックダウン生産で乗用車事業に参入したいすゞは、高性能を成長の武器にしていました。初のオリジナル乗用車となった1962年のベレルはクラウンの対抗馬となるフォーマルセダンで、タクシーや企業の役員車のような法人を意識した、比較的保守的なモデルでしたが、翌1963年に発売した弟分のベレットは個人ユーザーを狙い、先進的でスポーティなキャラクターに仕立てたのです。

切れ味のいいラック&ピニオン式と呼ばれる当時最先端のステアリングシステムや4輪独立のサスペンションを備えたシャシー性能も優秀で、サーキットでも通用するクルマとして当時のクルマ好きから高く評価されました。それを受けて加わったベレットGTは、セダンより車高を下げたクーペボディに、日本車初となる前輪ディスクブレーキを備え、インテリアもスポーティな仕立てで、若者たちから〝ベレG〟の愛称で呼ばれて人気になりました。

ベレGは、1963年の第10回全日本自動車ショーで、2ドアクーペ「ベレット1500GT」(プロトタイプ)として初公開される。1600GTのデビューは1964年4月。

高度経済成長の中、性能を武器にしたベレGとスカGは若者たちの憧れのクルマとなった

1956年の経済白書で「もはや〝戦後〟ではない」と宣言され、1960年に池田勇人内閣が掲げた所得倍増計画の下で、高度経済成長がいよいよ軌道に乗り始めた当時は、若者の動向が世の中の動きを大きく左右しました。新製品は「若者に人気」とマスコミに書かれることが成功の証しであり、あらゆるイベントは若者をターゲットに新しさを競って集客したのです。

第二回日本グランプリでスカG伝説が生まれる直前の、1964年4月に創刊された男性週刊誌「平凡パンチ」や、それを追って1966年に創刊された「週刊プレイボーイ」も、ファッションや音楽とともに競ってクルマの情報を載せ、それをむさぼるように読んだ若者たちの評価が、売れ行きを左右するようになりました。高性能を武器にしたベレGとスカGは、まさにそういう若者たちの憧れのクルマとして脚光を浴びたのです。

ただし、ベレットは登場当初こそ注目を浴び、レースでも活躍したのですが、いすゞの悪い癖で、後継車が出ませんでした。1969年には上級の117クーペ用のDOHCエンジンを積んだGTRを加えるなどの手直しはあったものの、1973年まで11年もモデルチェンジなしでは、次々と登場するライバルには対抗できません。

117クーペが追い求めた、スペシャリティカーという商品企画

少し時代は先になりますが、その117クーペも、実にいすゞらしいモデルでした。ベレルの後継車として1967年に登場したフォーマルセダンのフローリアンのシャシーをベースに、イタリアのデザイン工房であるカロッツェリア・ギア社に在籍していた世界的デザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロに造形を依頼したのが117クーペです。しかし、美しい曲面で構成されたデザインは、当時のいすゞの設備では量産ができず、板金職人が半ば手作りで生産するという非効率な工程で市販に漕ぎつけました。

世界からはよくぞこれをモノにしたと喝采を浴びたものの、その生産方法ではコストがかさみ、若者が売れ行きを左右した時代にもかかわらず、117クーペは当時の最高級セダンのクラウンより高い値付けになりました。内装もそれに見合った、ウッドパネルなどを使った豪奢なものでしたが、当時の日本では大人のスポーツカーという価値観はまだ理解されません。

そもそも欧州におけるスポーツカーは、馬車の時代から発展した貴族のための高価なオモチャ。今でもスポーツカーは大人の乗り物です。対して自動車が早くから大衆化していたアメリカでは、若者にも手の届く価格を実現させるために、大衆車のメカニズムをベースに、専用のスタイリッシュなクーペボディをまとわせる、スペシャリティカーという商品企画が生まれました。

1964年に誕生したフォードマスタングが、その第一号です。これが大ヒットしたことで、GMもシボレーカマロで後を追い、日本でも1970年のセリカが同様のコンセプトで成功して、以降の日本のスポーツカーのお手本になります。

日本歴代クーペの中で最もエレガントと評される一台。ジウジアーロによる繊細なシルエットは手作業でしか再現できず、初期モデルはハンドメイドと通称される。

若者に支持され続けるために、つねに新しい刺激を提供するという、フットワークの軽さが根付かなったいすゞ

ところが、せっかく既存のセダンをベースにしたクーペというスペシャリティカーと同じ成り立ちを持ちながら、117クーペは欧州的な高級スポーツカー路線に行ってしまったのです。そんな〝迷走〟もあってその後いすゞは経営に行き詰まり、資本が自由化されて国内企業への外資の出資が可能になった1971年にGMと提携するのですが、それで得た資金で117クーペを量産化できる設備を整えて、後発の成功車、セリカの後を追ってしまいました。

最初から若者向けに企画されたセリカと、元は欧州的な大人向けの個性が特徴だった高価な117クーペでは、そもそも土俵が違います。しかも、117クーペは発売開始から1981年まで、じつに13年もフルモデルチェンジなしで作り続けられたのです。

若者に支持され続けるために、つねに新しい刺激を提供するという人気商売は、長年、国や軍が相手の重厚長大なものづくりをしてきたいすゞには、性に合わなかったのでしょう。ターゲットをしっかりと絞り込んで、フレッシュな魅力を安価に実現させる商品を考える。今ではあらゆる量産商品が当たり前のようにしているそんな商品企画のプロセスが、1960年代の日本ではまだ根付いていなかったのでした。

(横田 晃著「教養としてのニッポン自動車産業史」 内外出版社刊)より

「教養としてのニッポン自動車産業史」 横田 晃(著)内外出版社刊

教養としてのニッポン自動車産業史 
内外出版社刊
総ページ:288ページ 1,760円(税込)

自動車社会は100年に1度の大変革期にあると言われています。報道では、日本の自動車産業が変革に乗り遅れたと、危機を煽る論調の報道も少なくありません。しかし、戦後わずか80年で世界一の自動車大国に上り詰めた日本の本領発揮は、まだまだこれから、というのが本書の趣旨です。
80年前まで、日本の自動車産業はほとんど「存在しない」に等しい状態でした。そこから世界をリードする産業へ発展するまでには、数え切れないほどの挑戦と試行錯誤のドラマがあります。世界一のメーカーとなったトヨタですら倒産の危機に直面したし、夢破れて舞台を去った起業家や技術者も数多くいます。今ではどの自動車メーカーも大企業ですが、最初から順風満帆だった会社などひとつもありません。
本書では、自動車雑誌の編集に40年以上関わってきた著者が、自動車ゼロの戦前~販売台数過去最高を記録した1990年代までの歩みを解説。主には自動車産業に起った出来事、自動車メーカーの成長と育まれていく個性、活躍した人物、時代を象徴する名車について紹介します。

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