空冷ビートル方向指示器の進化 ~セマフォーからウィンカーへ~

空冷ビートルの歴史のなかで大きく変化していったパーツのひとつがウィンカーです。では、このボディの横から飛び出す棒の正体とは?

●文/まとめ:ストリートVWs編集部

“セマフォー” ウインカーがなかった時代の腕木式方向指示器

交差点で曲がるときや、車線変更のとき、他車に曲がる方向を伝えるためのウィンカー。ウィンカーを出さないクルマに遭遇するとイラッとしたりヒヤッとしたり、安全運転には不可欠だ。

しかし実は1950年代前半までの空冷ビートルにはウィンカーがないから、出会ったら気をつけてほしい。点滅するウィンカーが世界的に一般化したのは1960年代のことなのである。

ではそれまでどうしていたのかというと、腕木式方向指示器というものを使っていた。自転車で使う手信号を機械に置き換えたものだ。これは英語やドイツ語で「セマフォー」と呼ばれ、日本の空冷VWファンの間でもそう呼ばれている。また、当時の日本では国内最大手メーカーの名から「アポロ」ウィンカーと呼ばれていた。

1938~1952年 リブド・セマフォー

1938~1952年 リブド・セマフォー カバーにリブ状のプレスがある。 [写真タップで拡大]

セマフォーは前後から見えるドアの後ろのBピラーに埋め込まれていた。なかでもスプリット・ウィンドーの時代までは、カバー部分にリブ状のプレスがあったため、リブド・セマフォーと呼ばれている。

右左折の際には、ダッシュボード中央にあるスイッチを曲がりたい方向に回すと、セマフォーが飛び出す。飛び出したレンズ内には電球があり、作動中は点灯するが、ウィンカーのような点滅はしない。

1938~1952年 スプリット時代のセマフォーのスイッチはダッシュボード中央にあった。 [写真タップで拡大]

1952~1960年式 スムース・セマフォー

1952~1960年式 スムース・セマフォー カバーがスムースになり格納すると目立たなくなった。 [写真タップで拡大]

スプリット・ウィンドーの最終型から、スモールスクウェア・ウィンドーの前期までにかけて装着されていたセマフォー。カバーがスムースでボディとツライチになったためスムース・セマフォーと呼ばれている。

また、スイッチが一般的なウィンカーのようにステアリングコラムから伸びるレバー式になり、操作性が向上した。

1952年~2003年式 スプリット・ウィンドーの最終型からスイッチは一般的なコラムレバー式に。写真は1957年式。 [写真タップで拡大]

1955年から北米仕様はウィンカーを先行装備

ビートルの変遷を知るうえで少しややこしいのが、同じ年式でも仕向地によって異なる仕様が存在することだ。しかしこれはVWに限ったことではなく、現在でも国による仕様違いはどんなクルマにも存在する。ビートルの場合、方向指示器が仕様違いの代表例である。

ベースとなるヨーロッパ仕様では1960年式までセマフォーだったが、北米仕様はオーバル・ウィンドー後期にあたる1955年からセマフォーを廃止してウィンカーを装備した。アメリカでは点滅式ウィンカーの普及が早く、1950年代にはウィンカーの義務化が進んでいたのだ。

1955~1957年式 ブレット・ウィンカー

1955~1957年式 ブレット・ウィンカー [写真タップで拡大]

ビートルの歴史上で最初となるウィンカーは1955年に登場した。フロントフェンダーに砲弾型のレンズが備わり、その形から砲弾を意味する「ブレット」ウィンカーと呼ばれている。

リアはテールランプ内のブレーキ灯がウィンカーを兼ねるようになっており、ブレーキとウィンカーを同時に作動させたときには、ウィンカーを出した方が点滅し、出していないほうがじっと点灯する。

1958~1963年式 涙滴型ウィンカー(クリア)

1958~1963年式 涙滴型ウィンカー [写真タップで拡大]

スモールスクウェア・ウィンドーになると同時にウィンカーがフェンダーの上に移動し、涙滴型のウィンカーが備わるようになった。

これは1961年式からヨーロッパ仕様にも採用されるスタイルだが、北米仕様はレンズがクリアなのが特徴だ。なお、日本仕様もウィンカーが採用されたのは1961年式だが、灯火類は北米仕様に準拠するようになり、ウィンカーレンズはクリアであった。

1961年式から全車ウィンカー標準装備

1961~1963年式 涙滴型ウィンカー(アンバー)

1961~1964年式 涙滴型ウィンカー(アンバー) [写真タップで拡大]

ヨーロッパでも1960年になるとウィンカーの義務化が急速に進み、VWは1961年式からウィンカーが標準装備となった。スタイルは北米仕様と同じだが、ヨーロッパ仕様はレンズがアンバー色となる。

また、リアウィンカーは1962年式からブレーキランプ兼用ではなく独立した発光部を持つコンビネーション・テールランプになったことは以前の記事でお伝えしたとおりだ。

1964~1974年式 幅の広くなった涙滴型ウィンカー

1964~1974年式 幅の広くなった涙滴型ウィンカー [写真タップで拡大]

1964年式からウィンカーの横幅が広がり、また取り付け位置もフェンダーの頂上へとやや後退した。

レンズの色は北米仕様もアンバー色に統一。ヨーロッパ仕様ではウィンカー機能のみだが、北米仕様および日本仕様は1967年式からダブル球により車幅灯も兼ねるようになった。

1968~1969年式北米仕様および1970~1974年式日本仕様のウィンカー

1968~1969年式北米仕様および1970~1974年式日本仕様のウィンカー [写真タップで拡大]

北米仕様は1968年式からサイドマーカーが義務付けられたため、フロント車幅灯も兼ねるウィンカーのレンズを側面まで広げることで対応した。ちなみにサイドマーカーとは、夜間に側面に点灯する北米独特の灯火であり、側面ウィンカーではない。

一方日本では、1970年式から側面ウィンカーが義務付けられたため、上記の北米仕様と同じウィンカーを装着することで対応した。

1970~1979年式の北米仕様ウィンカー

1970~1979年式の北米仕様ウィンカー [写真タップで拡大]

北米仕様は1970年式からサイドマーカーに加えてサイドの反射板も義務付けられることになり、フロントウィンカーにサイド・リフレクターを組み込んでさらに大きなユニットになった。日本では「USウィンカー」や「デカ・ウィンカー」と呼ばれることもある。

1975年式からバンパーウィンカーで大幅イメチェン

1975~2003年式 バンパーウィンカー

1975~2003年式 バンパーウィンカー [写真タップで拡大]

1975年式からフェンダー上のウィンカーが廃止され、バンパー内にウィンカーが備わるようになった。高年式時代を大きく前期と後期に区切るマイナーチェンジといえる。

なお、北米仕様は1974年式から衝撃吸収バンパーを備えるためウィンカーを組み込むことができず、北米最終型の1979年式までフェンダーウィンカーのままだった。

1975~2003年式 日本仕様はサイドに“ちょうちん”ウィンカーを装備

1975~2003年式 日本仕様のちょうちんウィンカー [写真タップで拡大]

日本の法規では側面ウィンカーが義務付けられているが、バンパーウィンカーは側面から見えないため、フロントクオーターパネルにちょうちん型のウィンカーが追加装着された。

ウィンカーの進化で安全性が向上していった

テールランプと同様に、ウィンカーも年々進歩する安全基準に応じて進化していったことがおわかりいただけただろう。

ヨーロッパの多くの国では、セマフォー時代のモデルであってもウィンカー増設を義務付ける法規が1960年代から施行されていた。

一方、日本やアメリカでは、現在でもセマフォー時代のモデルにウィンカーを義務付ける法規はなく、セマフォーのままドライブができる。しかし、今どきの一般ドライバーがセマフォーを認知できるはずもなく、自主的にウィンカーを増設しているオーナーが多い。

ウィンカーを増設せずオリジナルを維持することにも歴史的価値があれば、増設して走り続けることにもまた歴史があるのである。

ヨーロッパでは増設ウィンカーが義務付けられている。 [写真タップで拡大]

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