すっかり成熟したともいえる日本のクルマ業界だが、かつては黎明期や発展期がそこにあり、それらを経て現在の姿へと成長を続けてきた。後のクルマづくりにはもちろん、一般社会に対しても、今以上に大きな影響を与えていた”国産車”。ここでは毎回、1990年ごろまでの国産車を取り上げて、そのモデルが生まれた背景や商品企画、技術的な見どころ、その後のクルマに与えた影響などを考察していく。第2回は、”シルエイティ/ワンビア”のカスタムでも知られる、S13シルビア/180SXだ。
●文:横田 晃
仕向け地に合わせて作り分けられた”双生児”の個性
最近では少なくなってきましたが、かつてはいわゆる兄弟車がたくさんありました。トヨタならカローラとスプリンター、日産ならサニーとパルサーとラングレーにローレルスピリットに、リベルタビラまでありました。上級クラスでは、マークIIとチェイサーとクレスタのハイソカー3兄弟が有名です。
それらの多くは、高度経済成長期に多チャンネル化したディーラーに対し差別化した商品を供給するという、もっぱら国内市場の都合。…だったのですが、日本車が世界で売れるようになると、仕向け地ごとのニーズや法規の違いに合わせた兄弟車が生まれるようになります。
バブル景気まっさかりの1988年に誕生して人気を呼び、のちにはドリフト族御用達としても長く人気を保ったS13型のニッサン シルビアと180SXも、そうでした。
「シルビアのほうがドリフトしやすい」という評も
シルビアのボディ形状は、独立したトランクを持つノッチバックの端正なクーペ。対する180SXは荷室に直接アプローチできるハッチドアを持つ、いわゆるファストバッククーペ。
フロントマスクも薄い異形ヘッドランプを低い位置に備える落ち着いたシルビアと、スーパーカーを思わせるリトラクタブルヘッドランプのシャープな180SXという違いがありました。クルマに詳しくない人には、完全に違うクルマと認識されていたでしょう。
けれどこの2台は、基本骨格やメカニズムのほとんどを共有する、一卵性双生児の関係にありました。フロントガラスやドア、フロントフェンダーは同じ部品だし、インパネも同デザイン。もちろんエンジンや足まわりも共通です。
走りは、開口部が180SXより少なくてボディ剛性に優れるシルビアのほうがドリフトしやすいという一部の評もありましたが、普通のドライバーにとってはほとんど同じです。
北米では「2ドアクーペ=ハッチバック」!?
国内では、日産サニー店、モーター店で売られるシルビアと、旧プリンス自動車系のプリンス店、チェリー店で売られる180SX(発売はシルビアの1年後)という売りわけがなされ、どちらかといえばシルビアが人気という印象でしたが、じつは北米市場では180SX(ただし、エンジンは一回り大きく車名も240SX)が主力でした。
そもそも北米市場では、2ドアクーペはハッチバックが定番です。アメリカを代表するスポーツクーペのフォードマスタングも、初代の登場当初はシルビアのようなノッチバッククーペでしたが、数年後にファストバックボディが登場すると人気を呼び、4代目以後はそちらが主役になりました。
1969年に登場した初代フェアレディZも、それに倣ってハッチゲート付きのファストバックボディとして北米で成功して以来、今日まで同タイプが続いています。
「ハッチバッククーペなら荷室でカップルがイチャつきやすいから」という俗説もありますが、ともかくアメリカ人はファストバッククーペを好み、180SXもそれに従ったのです。
“リトラクタブルヘッドランプ”誕生秘話
一方、180SXがリトラクタブルヘッドランプを採用していたのは、彼の地の法規の関係でした。日本ではグッドデザイン賞を受賞したシルビアのデザインですが、当時の北米の法規にはヘッドランプの高さに規制があり、シルビアの低いボンネット先端の位置では認可が取れなかったのです。
自由の国アメリカといいますが、自動車関連法規は意外と厳しく、ヘッドランプの形状も1939年から1958年までは、7インチ径の丸形2灯式シールドビームしか認められませんでした。
1958年に丸形4灯式が認可され、1974年に角型のSAE規格型2灯、4灯式が認められたものの、1983年に規制が撤廃されるまでは、それ以外の異形ヘッドランプでは、北米の道を走れなかったのです。
日本や欧州では異形ヘッドランプもOKでしたが、フェラーリなどのスーパーカーのおもな市場は昔も今も北米です。そこで、規格モノの電球を使いながらかっこよくて空力性能に優れたヘッドランプを目指して、リトラクタブルヘッドランプは生まれたのでした。
「シルエイティ/ワンビア」といったカスタム文化も
そのような背景もあり、北米ではシルビアのノッチバックボディにリトラクタブルヘッドランプを備えたモデルも発売され、日本ではそれをマネてシルビアに180SXのヘッドランプを移植した通称ワンビアや、逆に180SXにシルビアのマスクを装着したシルエイティといったカスタムも生まれました。
今では世界で法規や規格の標準化が進み、世界中に同じ仕様で売られるモデルも増えましたが、日本車の多くは今日でも、仕向け地のニーズに合わせて細やかにクルマを作り分けることで支持されているのです。
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事(旧車FAN)
ランドクルーザー プラド(2002年〜) その結果、初代および2代目ではクロカンらしいスクエアなエクステリアデザインが特徴だったランドクルーザー プラドは、3代目に進化するにあたってスポーティかつ高級[…]
大メーカーに呑み込まれた航空機エンジニアの気概が、先進の小型車を生んだ ひと口に自動車メーカーと言っても、その歴史や成り立ちにより社風や個性は違う。1966年に合併した日産とプリンスも、まったく異なる[…]
あ 人気タレントを使ったテレビCM戦略は、ミゼットから始まった クルマのCMにタレントが登場するのは、今では当たり前のこと。旬のタレントと新型車の取り合わせは、時に大きな話題にもなる。その先駆けとなっ[…]
“壊れないクルマ”を証明した日本車の海外ラリー挑戦、現場では様々なパーツが開発された歴史あり 今どきの日本車は、オイル交換などの最低限のメンテナンスさえしておけば、壊れるリスクはかなり低い。日本国内だ[…]
1:トヨタ マークII/チェイサー/クレスタ[X70] デビュー:1984年8月 ボディカラーは”スーパーホワイト”ほぼ一択”だ。ワインレッドの内装に、柔らかなシート表皮。どこか昭和のスナックを思い起[…]
最新の関連記事(スポーツ)
さらなる一体感を目指して、走行関連機能を大幅アップデート 発表された一部改良モデルは、ブレーキ性能を向上させたほか、ボディやサスペンション、シャシー剛性の向上、チューニングの最適化、空力性能の改善など[…]
パワースペックは435PS、究極・最高の性能・仕様を備えたスープラ 今回発表された特別仕様車 スープラ“A90 Final Edition”は、一部改良が発表された現行スープラの集大成として開発された[…]
1:トヨタ マークII/チェイサー/クレスタ[X70] デビュー:1984年8月 ボディカラーは”スーパーホワイト”ほぼ一択”だ。ワインレッドの内装に、柔らかなシート表皮。どこか昭和のスナックを思い起[…]
Aクラス初となるボディカラー、AMGグリーンヘルマグノ(マット)を採用 今回導入される「A 45 S 4MATIC+ Final Edition」は、Mercedes-AMG A 45 S 4MATI[…]
スポーツカーなら、軽く・小さくあるべし…! 軽量でコンパクト。小さいからこそ感じられる、ある種の”一体感”。これはスポーツカーを楽しむうえでひとつの重要なファクターであると、初代ユーノス ロードスター[…]
人気記事ランキング(全体)
摩訶不思議?斜めの駐車場が設計された背景とは SA/PA以外で、斜めの駐車場を日常的にみる機会は少ないものです。 それもそのはず。普段利用するコンビニ/スーパーなどの商業施設では、そのほとんどが直角の[…]
大黒PAとは、神奈川県横浜市鶴見区の首都高速道路にあるパーキングエリアのこと。 首都圏を走行する多くのドライバーにとって重要な交通ハブであり、観光客や長距離ドライバーをはじめとする多くの人々に利用され[…]
車内を暖かく! カーエアコンの正しい使い方とは? 車内を快適な温度に保つために必要な、カーエアコンの正しい使い方を4つのポイントから見ていきましょう。 まずひとつ目のポイントは、カーエアコンの起動タイ[…]
ネジはナメやすい! だからこそ、ちゃんとした外し方をマスター まず断っておきたいのが、本記事で紹介するテクニックは、自動車整備を前提にしている。それ以外のシチュエーションは想定していないのでご注意頂き[…]
ベース車両はトヨタのノア ベースとなる車両はトヨタのノア。国内で最も売れているミニバンであるノア/ヴォクシーは、車内スペースも広くファミリーカーとしても非常に人気の高い車だ。本格的なキャンピングカーも[…]
最新の投稿記事(全体)
個性も使いにくさも妥協なし!純度100%のスーパーカー ビートと同様のミッドシップに加えて、イタリアのスーパーカーのようなフォルムとガルウイングドアまで装備した軽スポーツカーがマツダのAZ-1。走りの[…]
「日本の生活に寄り添うクルマ」たちが揃う、人気シリーズ ホンダが手掛けるNシリーズは、「日本にベストな新しいのりものを創造したい」という思いから開発がスタートとした軽自動車。 2011年12月に発売し[…]
摩訶不思議?斜めの駐車場が設計された背景とは SA/PA以外で、斜めの駐車場を日常的にみる機会は少ないものです。 それもそのはず。普段利用するコンビニ/スーパーなどの商業施設では、そのほとんどが直角の[…]
各界のセレブに向けてお披露目された豪華モデル 毎年8月、世界中から新旧の名車が集うペブルビーチ・コンクール・デレガンスは、近年では自動車メーカーの新車発表の場としても注目されているが、2024年の目玉[…]
大黒PAとは、神奈川県横浜市鶴見区の首都高速道路にあるパーキングエリアのこと。 首都圏を走行する多くのドライバーにとって重要な交通ハブであり、観光客や長距離ドライバーをはじめとする多くの人々に利用され[…]
- 1
- 2