
【クルマのメカニズム進化論 Vol.2】サスペンション編(2)~リアサス~
転舵という仕事から解放されていたリアサスペンションは設計の自由度が高い。リーフスプリングから出発し、様々な形式のサスペンションが実用化されてきた。今回はこの、リアサスペンションの進化について見ていこう。
※この記事は、オートメカニック2018年当時の記事を再編集したものです。
●文:オートメカニック編集部
1886年に製造されたダイムラーの4輪車。まだ馬車の車体から完全に脱したものではなく、フロント、リア共にリーフスプリングで車軸を吊っていた。
リアサスは、固定式リーフスプリングからコイルスプリングへ進化していった
長い間、リアの車軸は固定式で、それをリーフスプリングで支えていた。コイルスプリングが実用化されると、一部の高級車でそれを使うものが現れ、さらに左右独立式が登場した。左右独立式の大きなメリットは、互いのタイヤのバンプとリバウンドの影響を受けにくいこと。初期の左右独立式はデフユニットをボディに固定し、左右の駆動アクスルをスウィングアームとするド・ディオン方式といわれるものだった。
乗り心地には優れていたがバンプとリバウンドによって大きなキャンバー変化が現れた。しかしこの時代のタイヤの幅は狭いもので、キャンバー変化は接地性を損ねる大きな欠点とはならなかった。
コイルスプリングを用いながら、リジッドアクスルを採用するクルマもあった。初期のもので代表的なのがベンツSL。フロントにはダブルウィッシュボーンを用いながら、後輪にはスウィングアクスルより接地性に優れたこの方式を採用した。
1900年代に入ってもサスペンションの形式に大きな進化はなかった。図は1914年のベンツGPカーだが、フロント、リア共にリーフスプリングを縦置きで採用している。
ベンツGPカーの設計図。リジッドアクスルとリーフスプリングだけでは剛性が不足するため、駆動アクスルケースの前方からトレーリングアームで補強が施されている。
ベンツGPカーの設計図。リジッドアクスルとリーフスプリングだけでは剛性が不足するため、駆動アクスルケースの前方からトレーリングアームで補強が施されている。
1900年代半ばになると、様々なサスペンション形式が模索された。1954年、ベンツ180Wに採用されたリアサスペンションはスプリングを横にセットしたトレーリングアーム式。
1954年、当時の最先端を走ったベンツSLのリヤサスペンション。トレーリングアームで車軸を位置決めしながら、サブフレームのような機能のアッパーフレームを採用した。
コイルスプリングを使った典型的な後輪駆動リジッドアクスル。古めかしく見えるが、国産車でも長い間、使われた定番のようなリアサスペンション方式だった。
左右独立のエースとして登場したセミトレーリングアーム
ド・ディオンに代わる左右独立のエースとして登場したのはBMWが採用したセミトレーリングアーム。上級車やスポーティカーの定番となり、国産車でも1960年代、まず日産がブルーバード510やセドリック/グロリアに取り入れた。
当時の先端を行くセミトレーリングアームにも欠点はあった。その構造ゆえに高速域での入力に対して剛性が不足し、入力に対するブッシュの動きが操縦性に影響を与えた。強いブレーキではトーアウトに、そして旋回中の制動でもトーアウトとなり、車両を不安定にさせた。
このようなブッシュの動きを積極的に活用するサスペンションも現れた。1977年にポルシェが開発したバイザッハアクスルがそれだ。基本的にセミトレーリングアームとダブルウィッシュボーンの折衷に近い形式だが、アームを支える2つのブッシュの硬度を変えることによって、制動時や旋回中のアクセルオフではトーインとなるようにし、飛躍的に安定性が高まった。
BMWが後輪駆動の決定版として投入したのがセミトレーリングアーム。国産では日産がいち早く取り入れ、ブルーバード510、セドリック/グロリアなどに採用した。
それまで後輪は追従するだけのものと考えられていたが、これを契機に車両安定に積極的に関わるものという概念に変わっていった。
国産車では日産のHICASが有名だ。ブッシュの可動範囲の中でサブフレームを変位させた。旋回に入るとトーインにしてコーナリングフォースを高め、車両安定性を向上させた。
トーを積極的に制御するということでは、マツダも1985年、セミトレーリングアームにトーコントロールロッドを付けたものを2代目RX-7に採用した。
前輪駆動車ではリアサスペンションに対する負荷が低いことから、簡易な構造のものが使われてきた。代表的なのはトレーリングアームとツイストビームを組み合わせたものだ。左右リジッドに結ばれているが、ビームがツイストするため、簡易独立のような働きをし、接地性と乗り心地を両立させたこの方式は多くの前輪駆動車に採用されている。
マルチリンクの登場、ベンツが初めて採用
1982年、リヤサスペンションに革新が起こる。ダイムラーがマルチリンク方式を開発し、ベンツ190Eに採用した。その名のとおり複数のリンクでハブを支える。キャンバーを制御するリンク、トーを制御するリンクというように複数のリンクには役割があり、これらによって、あらゆる状態のバンプとリバウンド、そして前後の入力に対し、適切なキャンバーとトーに制御される。
1982年、後輪駆動用リアサスペンションに革新が起こる。ベンツ190Eにマルチリンク式が採用された。ベクトルの異なる複数のアームを採用し、路面状況、走行状況に合わせたキャンバー、トーのパッシブ制御を可能にした。
理想的なサスペンションだが、欠点もある。設置スペースとコスト。このため、マルチリンクを採用するのはある程度の大きさのボディが必要で、高価格車に限られる。
フロントサスペンションがマクファーソンストラット、ハイマウントアッパーアーム式ダブルウィッシュボーン、ダブルウィッシュボーンの3種に限られるの対し、リアサスペンションは様々な方式が採用されてきた。
転舵という問題から解放されていた面もあるし、エンジニアの発想を広げやすいパートでもあったということも理由の一つだろう。しかし今はマルチリンク、トレーリングアーム、ツイストビーム、ストラット、ダブルウィッシュボーンなどに収れんされている。
アウディA4に採用されている最新のマルチリンク。馬車のようなリーフスプリングから約100年でここまで進化した。
前輪駆動車の後輪は負担が軽いことから、後輪駆動とは異なった進化を続けてきた。そうして行き着いたのはきわめてシンプルな方式だった。トーションビーム式は一見リジッドのようで、捻れるビームによって左右独立のような効果をもたらす。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事(大人気商品)
ドリンクホルダー不足は意外と深刻な“あるある問題” クルマの中にあるドリンクホルダーは、飲み物だけを置くものではない。小腹を満たすスナック、ボトル入りガム、灰皿、芳香剤など、実際は“なんでも置き場”と[…]
一見すると用途不明。だがSNSの反応は異常に熱い バズったカーグッズの多くは、見た目のインパクトが強かったり、使い方が一見わかりにくかったりする。このGONSIFACHA製スマホホルダーもまさにその代[…]
置くだけで成立するスマホスタンドという潔さ スマートフォンをどう置くか。この小さなテーマのために、これまで何度カー用品売り場をうろついたか思い出せない。エアコン吹き出し口に固定するタイプ、ゲル吸盤で貼[…]
ソーラー充電で動き続ける“置くだけ防犯”という発想 車の盗難リスクは車種や年式に関係なく存在し、場所や時間帯も選ばない。高価なセキュリティシステムを組むほどでもないが、無警戒でいたくもないというのが多[…]
見た目からは想像できない“意外性の塊”のカーアイテム インターネットでカーグッズを探っていると、ときどき用途が想像できない奇妙な形のアイテムに出会うことがある。TOOENJOYの「ドアステップ103」[…]
最新の関連記事(ニュース)
純正チューニングパーツ「BMW Mパフォーマンス・パーツ」装着車を展示 東京オートサロンは、1983年に初めて開催された日本最大級の自動車イベントの一つであり、近年は自動車メーカーも出展するビッグイベ[…]
目玉の「ミゼットX 大阪Ver.」には、ダイハツの地元を象徴する大阪城マークを採用 出展テーマは“わたしにダイハツメイ。小さいからこそできること。小さいことからひとつずつ。”とし、「わたしにぴったり」[…]
BEVでも「走りの楽しさ」は深化できる このモデルはマスタードライバーを務めるモリゾウ(豊田章男会長)の「クルマ屋が残していくべき技術・技能を次の世代に受け継がなければならない」という強い想いのもと、[…]
モータースポーツを起点とした「もっといいクルマづくり」を結集 今回、TGRが発表した2台のハイパースポーツは、TGRが目指している「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を深化させ、GR[…]
トヨタのレジェンドモデルが高速走行を繰り広げる! 今回発表された「GR GT」は単なる新しいスポーツカーではない。TOYOTA 2000GT、Lexus LFAと続いてきた系譜を継ぐ、トヨタの思いが込[…]
人気記事ランキング(全体)
広大なハンドル前のスペースを有効活用 愛車の車内を見渡してみると、うまく活用できそうなスペースが存在することに気づく。「ちょっとした収納とか作れそうな場所があるな…」と。しかし、DIYはちょっと面倒、[…]
INNO「ルーフギアケース720」の存在感が冬シーズンで増す理由 冬になると、SUVやピックアップのルーフに細長いボックスを載せたクルマが一段と増える。白い粉雪の中を走るランドクルーザーやハイラックス[…]
冬のエアコンは“いきなり全開”が一番ムダになる理由 冬の朝は車内が冷え切り、シートもハンドルも硬く感じる。そんな状況で暖房を思い切り上げてしまうドライバーは少なくない。しかし、暖房はエンジンの排熱を利[…]
当時のクルマ造りで最も重要視されたのは”壊れない”ことだった 1950年代に、外国車の見よう見まねで乗用車造りを始めた日本のメーカーと、それを使うユーザーにとって、なによりも重視されたのが“壊れない”[…]
予想外のトラブルに備える、小さな“安心材料” クルマに乗っていると、どれだけ用心していても避けられない出来事がある。釘を踏み抜くパンクや、走行中の異物接触、さらには路肩での急な停車など、経験した人なら[…]
最新の投稿記事(全体)
再開後も受注殺到は避けられない ジムニーノマドは2025年1月の発表直後に注文が殺到し、わずか数日で受注停止となった超人気モデル。その後、月間計画台数が拡大され、供給体制に目処がついたこともあって、2[…]
コルドバクルーズが描く“大人二人の贅沢な旅”の世界観 トイファクトリーが送り出す「CORDOBA CRUISE」は、名前からして旅情を刺激する。スペインの世界遺産都市・コルドバの優雅さをモチーフにした[…]
ロータリーエンジンは、CVCCに続いて厳しい排ガス規制にもクリアし、販売台数を着実に伸ばしていった 自由の国、アメリカは、時に油断も隙もない国でもある。オイルショック直後の1973年秋にEPA(合衆国[…]
受注再開は、2026年夏ごろが有力 カローラクロスは、2025年5月の改良時にフェイスリフトの実施やガソリン車の廃止、スポーティなGRスポーツの追加など、過去最大規模の大きな変更が加えられた。改良前か[…]
優勝でチャンピオンとなった au TOM’S GR Supra 予選2位から優勝をもぎ取ったau TOM’S GR Supra 11月2日、2025 AUTOBACS SUPER GT第8戦(最終戦)[…]
- 1
- 2































