
日産「プリメーラ」は1990年代の初頭に生まれた車種で、今となってはその存在を知っているという人もけっして多くはないであろうと思われ、その車種名もかなり前に途絶えてしまっていますが、長い日産の歴史で生まれた多くの車種の中でも、けっして欠かすことのできない存在です。ここでは、その初代「プリメーラ」にスポットを当てて、すこし掘り下げていきたいと思います。
●文:往機人(月刊自家用車編集部)
プリメーラは、欧州市場を強く意識したグローバルモデルで、アウトバーンを高速で突っ走れるスタビリティを最優先に開発はすすめられた。
901運動で生まれた硬派なつくりの上質セダン
初代の「P10型・プリメーラ」が発売されたのは1990年です。まさにバブル経済で日本中がうかれまくっていた時代で、自動車業界では「ユーノス・コスモ」、「三菱・ディアマンテ」、「三菱・GTO」、「トヨタ・エスティマ」、「日産・シルビア(S13型)」などなど、この当時に“ハイソカー”と呼ばれた高級志向のジャンルや、ターボによる大パワー、そして最先端技術を背景とした先進の装備などを備え、のちに名車と呼ばれることになるクルマが多く生まれ、ここではとても書き切れないほどの多くのトピックで溢れていました。
そんな中、日産は新たな世界戦略として“901運動”というスローガンを掲げました。“901”というのは“1990年までに技術で世界一を達成する”というテーマを込めたものです。1980年代に入って社会全体は右肩上がりの経済成長の影響で豊かさが加速していましたが、日産は乗用車のシェアを減らしていて危機感を募らせていました。1960年代の後半から“技術の日産”というキャッチフレーズを前面に立てて、高い技術力を背景としたクルマづくりを続けていましたので、改めて技術力の高さを強く印象づける戦略でテコ入れを図ろうとしたわけです。
この“901運動”に真剣に取り組んだ結果、のちに業界をリードするパフォーマンスを発揮するRB系やVG系、SR系などの優れたエンジンや、マルチリンク式サスペンション、ATTESAやHICASなどの車体制御技術を生み出し、実際に技術力で世界一の座に着くに至ります。それらの技術が投入された車種はどれも高い性能を示して、メディアでも高い評価を受けましたが、その中でも玄人好みの仕上がりで識者たちから高い評価を受けたのがこの「プリメーラ」でした。
初代プリメーラのイメージリーダーとなった2.0Te。スポーツ走行を意識したグレードで、4輪ディスクブレーキ、専用のスポーツシート、リアスポイラーなどを装備。トランスミッションは5速MTと4速ATが設定された。
2.0Te(1990年)主要諸元
●全長×全幅×全高:4400㎜×1695㎜ ×1385㎜ ●ホイールベース:2550㎜ ●車両重量:1170㎏ (MT)/1200kg(AT)●乗車定員:5名●エンジン(SR20DE型):直列4気筒DOHC 1998 ㏄ ●最高出力:150PS/6400rpm● 最大トルク:19.0 kg-m/4800rpm●最小回転半径:5.4 m ●燃料タンク容量:60L(プレミアムガソリン)●変速機:前進5段後進1段●サスペンション(前/後):マルチリンク式独立懸架/パラレルリンクストラット式独立懸架●タイヤ(前/後):195/60R14 85H
曲線と直線を組み合わせたシンプルかつクリーンなデザイン。スイッチ類はブラインド操作ができるよう配置も工夫している。
2.0TeとTsに採用されるオフブラックに赤いステッチのスポーツシート。穴あきヘッドレストは前後調整が可能。スポーツシートはシートバックの肩部分にワイヤーフレームを入れ、よりホールド性を高めている、またスポーツシート以外はエルゴノミックシートと呼ばれ、人間工学に基づきサイド部のクッションを座面より20 ~ 50%硬くしている。
ベンチマークだった欧州車以上の性能と仕上がりだったが…
国内向けの車種のほとんどは、高いパフォーマンスを発揮するメカニズムや、快適な運転空間を実現する先進装備をアピールしていましたが、欧州戦略車の使命を背負って開発された「プリメーラ」は、それらの華やかなクルマたちと比べるとかなり地味なクルマという印象でデビューしました。
外観はごくスタンダードなセダンという出で立ちで、サニーのセダンをすこし骨太にしたというくらいの存在感でした。実際は空力特性を突き詰めて、当時最高レベルのCd値0.29という優れた性能を備えていましたが、開発陣があえて欧州で評価されるだろうと狙いを込めた質実剛健さを重視したデザインは、日本国内では販売当初「パッとしない」という評価で受け止められていました。
エンジンはこの時期に新開発された「SR系」を搭載。こののちに2.0Lクラスの主力機となる名機です。過給仕様のラインナップはありませんでしたが、トルク特性が優れていて、日常域ではまったく不満はないでしょう。サスペンションは、前がマルチリンクで後ろがパラレルリンクストラットを採用。革新と安定をうまく融合させてあらゆる路面、走行状況に対応する優れた足まわりに仕上がっています。
また、4輪駆動モデルには日産自慢の“ATTESA”システムを装備して高い走破性能も備えています。これらの高い性能と堅実なつくりによって、欧州のカーオブザイヤーで2位に選ばれるなど、ターゲットとした欧州市場では高い評価で受け入れられました。
しかし一方の国内市場では、その「パッとしない」印象や、欧州仕様の硬いシートと足まわりのセットが、コンフォート志向だった国内のユーザーに受け入れられず、発売当初の出足は鈍いものでした。そこにバブルの崩壊という大きな波が押し寄せ、状況が一変しました。それまでは贅沢志向だった消費者の動向が質実剛健志向にシフトし、その空気に「プリメーラ」がピッタリとマッチしたのです。さすがにヒットとまではいきませんでしたが、それからは堅調な売り上げとなり、トータルで33万台を超える結果となりました。
5ドアハッチバック2.0eGT(1992年)
欧州でのニーズは高く英国工場で生産された5ドアハッチバック。国内にも輸入され一定のファンを獲得。グリーンガラスなど独自の装備も奢られた。
硬めのシートは商用車的だが、むしろ距離を伸ばしても疲労が少ない秀逸の硬さだった
さてそんな経緯で日本の国内市場に定着した「プリメーラ」の、実際に乗った感想を紹介してみましょう。
初めて運転席に着座したときは、たしかに「硬い」という印象が浮かびます。ほとんどの人は経験値的に商用車のシートを思い浮かべるのではないでしょうか。しかしこの硬さは運転の距離を伸ばすごとに印象が変わりました。その当時の国産車の多くがソフトなクッションで沈み込む感触を良しとしていたため、中には長距離の走行で腰に疲労が溜まるという声もちょくちょく聞かれていましたが、このシートは逆で、距離を伸ばしても疲労が少なく、調子よくドライブできました。
サスペンションも同様で、街中などの低速走行時は硬い印象が前に出てきますが、街道や高速道路など速度が乗る道に入ると、それが安心感に変わっていきます。ストロークしながら踏ん張ってくれるので、山道でもスポーティな走りを堪能できます。
ちなみに、2.0Lの4輪駆動モデルをテストコースで全開走行にトライした際は、150km/hくらいまでは快調に加速し、そこからじわっと伸びて170km/hくらいが上限という感じでした。2輪駆動モデルならもう少し伸びたかもしれません。長く乗るうちに硬さの印象も薄れ、高速から山道までオールマイティに高いアベレージの走りができるので、総合的にかなり高い評価を感じました。
速度域の高い欧州の市場では、プリメーラの走りはそれ以前の日本車の評価を塗り替える支持を得た。
SR20DE型 直42.0L DOHCエンジン
1990年代の日産の主力エンジン。ボアとストロークが同じスクエア型で、ハイオク仕様(ブルーバードは140PSのレギュラー仕様)とはいえ扱いやすさも備えた万人向け。
FF車初の前輪マルチリンクサスペンション
マルチリンクサスペンションは、1982年発表のベンツ190Eのリヤサスペンションに初採用。主に高級車の後輪が定番だったコストのかかるマルチリンク式を日産は前輪にも積極的に導入した。
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