
1950年代から1960年代初頭にかけて、自動車メーカーの経営を支えた小型トラック。もちろんトヨタにも多くの小型トラックがラインナップされており、その主軸となっていたのが、1956年に公募によって「トヨエース」を名乗ったセミキャブオーバー「SKB 型」だった。一方生活にゆとりが生まれてくると、トラックを商売だけでなく、休日にはマイカーとして使いたいという需要が増えてきた。居住性や装備の豪華さにも目を向けた新型のトラック。日野自動車との提携で生まれたこのボンネット型トラックは「より優れた」という意味の「High 」と、「豪華」を意味する「Luxury 」を合わせ「ハイラックス」を名乗った。
●文:横田 晃(月刊自家用車編集部)
初代ハイラックス(10型)
トヨペット系のライトスタウトと、日野自動車系のブリスカを統合して生まれた1トン積み小型トラック。フロント上部のアッパーグリルはボンネットの補強と外気導入の役目を担う。
主要諸元 ハイラックス・デラックス(1968年式)
⚫︎全長×全幅×全高:4215㎜ ×1580㎜ ×1570㎜ ⚫︎ホイールベース:2540㎜ ⚫︎車両重量:1040㎏⚫︎乗車定員:3名⚫︎最大積載量:1000㎏ ⚫︎エンジン(2R型):直列4気筒OHV1490㏄ ⚫︎最高出力:70PS/5000rpm⚫︎最大トルク:11.5㎏ -m/2600rpm⚫︎最高速度:125㎞ /h ⚫︎最小回転半径:5.1m⚫︎燃料タンク容量:46L⚫︎トランスミッション:前進4段・後進1段⚫︎サスペンション(前/後):ウィッシュボーン式コイル独立懸架/半楕円リーフスプリング⚫︎タイヤ(前/後):6.00-14-6P /6.00-14-8P ◉(東京地区・新車当時価格):54万円
日野自動車が培ったトラック造りの経験を借り「ダットラ」の牙城に挑む
一般の乗用車ユーザーにとっては、トラックはあまり縁のない存在かもしれない。けれど自動車メーカーにとっては、移り気な乗用車の客より、安定的に、かつ純粋に実用品としての出来栄えで選んでくれるトラックやライトバンなどの商用車ユーザーは、時に乗用車以上に大切なお客様だ。とくにマイカー時代到来前の日本の自動車メーカーにとって、商用車は経営の命綱だった。輸出においてもそれは同じ。北米市場に挑んだ
1950年代のクラウンやダットサンが現地で酷評された一方で、同じトヨタのランドクルーザー(当時の分類は商用バン)や日産のダットサントラックは、メーカーの期待以上の好評を得て、海外市場開拓の橋頭堡となった。ただし、トヨタは利幅の大きいランドクルーザーは当てたものの、数がはける小型トラックでは苦戦していた。国内においてはセミキャブオーバートラックのパイオニアとなったトヨエースがヒットして1950年代からトップシェアを誇っていたが、北米市場で人気のピックアップトラックは苦手。トヨエースから分派したボンネット型のスタウトや、小型のライトスタウトを投入するも、オースチン譲りの堅牢さで走りも軽快なダットンには長年かなわなかった。
そうした中、大衆乗用車の決定版となるカローラを発売した1966年に、乗用車事業を諦めた日野自動車との業務提携契約が成立する。コンテッサを作っていた日野の羽村工場にパブリカなどの生産を委託することで、低コストで乗用車生産能力を増強。さらに、日野が得意とするトラックの開発生産ノウハウも手に入れたのだ。
一方の日野は1918年に初の国産トラックの生産を始めた老舗商用車メーカーながら、乗用車事業は完全に行き詰まっていた。戦時中には国策によるいすゞなどとの合併を経て、戦車などの特殊車両を開発生産。戦後もそれらの経験を活かしていち早く大型バスやトラックの生産を再開し、日本の復興に貢献した。その技術力は高く、ルノーのノックダウン生産経験を活かして開発したオリジナル乗用車のコンテッサも高い性能や革新性を備えていた。しかし、長年軍や運送業者などが相手のBtoBビジネスをしてきた日野の営業部門には、乗用車の個人ユーザーを相手にするノウハウがなかったのだ。
作る力はあっても売る力が足りない日野と、乗用車に自社資源を集中したいトヨタの思惑は合致した。そうして、トヨタが企画し、日野が開発生産を担当してハイラックスは生まれたのだ。
初代トヨペット スタウト(RK35)
スタウト(頑丈なの意味)の名がついたRK23の後継モデルがRK35。エンジンは1.5Lの4気筒OHV(R型)で最高出力は58馬力。前後サスとも半楕円リーフスプリングを採用、荷台は分離タイプ。
スポーツカー以上に目をひくカリフォルニア生まれのトラックキャンパー
日本人にとっては、アメリカ人のピックアップトラックへの想いは理解が難しいものだ。感覚的には日本の軽トラックに近いのだろうが、彼らにとってそれは単なる荷物の運搬車ではなく、日常生活の足であり、家族の送迎車であり、日曜大工や家庭菜園、モトクロスバイクやキャンプといった趣味の道具を積み込んで郊外を目指す遊びの相棒でもある。
ガレージには仕事や改まった外出に使うフォーマルセダンと、休日の足となるピックアップトラックが並ぶのが彼の地の標準的なファミリーの姿。SUV、すなわちスポーツ(=お遊び)に使うクルマという概念も、そんなライフスタイルから発生している。日本人には今なお分かりにくい、そうしたSUVのニーズを体現したことで、ハイラックスは日米の市場で人気モデルになった。
根がクルマ好きのアメリカ人はピックアップトラックも素のままではなく、使い方に合わせてベッド(荷台)をカスタマイズしたり、目的に合わせたコンポーネントを積んだりして使い倒す。キャンピングカー仕様も定番の改造だ。現地に数多くあるキャンピングカー架装メーカーのひとつ、ウィネベーゴ社がFRP製のキャビンを荷台に載せた3代目ハイラックスをコンプリートカーとして1981年に発売し、人気を呼んだ。その仕様を、トヨタは4代目ハイラックスのバリエーションとして取り込み、1983年に4Runner(フォー・ランナー)として発売する。好評を呼んだそれは、翌1984年にハイラックスサーフを名乗って日本市場にも投入された。
当時の日本はマイカー時代がすっかり根付き、バブル景気に向かって誰もが個性的なクルマを欲していた時代だ。一方で、まだクルマの嗜好は現在のような欧州指向ではなく、アメリカ仕込み。1970~1980年代に若者たちのバイブルとなった「ブルータス」や「ポパイ」などの雑誌が伝える、カリフォルニアの風俗に憧れていた。
その憧れのカリフォルニアからやってきたSUVという新しい個性は、たちまち人気を呼んだ。スキーやサーフィンなどのかさばる遊び道具を放り込める荷台と快適なキャビンを備え、路面を選ばない4WDで武装したハイラックスサーフは、荷物車というピックアップのイメージを塗り替え、スポーツカーに代わるオシャレな乗り物として、イケてる若者のシンボルになったのだ。
ハイラックスサーフは当初は4ナンバーの商用車登録だったが、1986年に5ナンバー車が加わり、名実ともに乗用車へ進化していった。
4代目ハイラックス(1983年)
後輪駆動モデルには新型のコンフォタブルシリーズのほか、先代の継続生産となるポピュラーシリーズもラインナップされた。このモデルをベースに1984年にトヨタ初のSUVとなる「ハイラックスサーフ」が誕生する。
初代ハイラックスサーフ(1984年)
トヨタが車両を提供、米国のウィネベーゴ社が設計・架装・販売を行い、ウィネベーゴ・トレッカーの名で1983年後半まで販売されていたミニRVがそのルーツ。1983年10月に「4runner」の名で米国トヨタのラインナップモデルとなると、1984年ついに「ハイラックスサーフ」として日本に上陸する。車体後半のスチール化やロールバーの追加など安全性向上のための変更もあったが、FRP製シェルは取り外し可能。デビュー当初は2Lのガソリンと2.4Lのディーゼルが積まれたが、後に2.4Lディーゼルターボも追加された。
リヤシートは50:50分割でダブルフォールディング。リヤパワーウインドウをおろし、下ヒンジ式のゲートを開ければ、大きな間口となる。4ナンバーのバン登録(後にワゴンも追加)だが、内張りなど質感は高い。
「TOYOTA」ブランドを世界の隅々まで浸透させた一番の功労車
初代ハイラックスをトヨタが企画した時、重視したのは商用車でありながら限りなく乗用車に近い快適性や持つ喜びだったという。もともとトヨタは自社開発のトラックもそうした意識で作っていたが、トラックとしての実用性や堅牢性と、乗用車としての快適性のさじ加減に苦戦していた。
しかし、もとよりトラックのスペシャリストである日野の開発陣には、実用性や堅牢性の実現は当たり前の前提。そこに、トヨタの乗用車基準による快適性を盛り込むことで、打倒ダットサントラックの目標は達成された。以来、2017年に13年ぶりに日本市場でも発売された現行の8代目に至るまでに、ハイラックスは世界180以上の国や地域で販売され、累計で2200万台(2025年時点)を販売する大ベストセラーへと育った。1976年のタイと南アフリカを皮切りに、これまでに18か国で生産されてきた。グローバルでの人気と生産台数は、トヨタではカローラに次ぐという。多くの日本人は気に留めないであろう実用トラックが、世界でのトヨタの評価と経営を支えているのだ。
ただし、当時のコロナから転用された1.5Lエンジンを積む小型トラックとしてスタートしたハイラックスは、グローバルカーへと成長する過程で少しずつ姿を変え、立ち位置も変化している。
トヨタ初のSUVとなったサーフの登場で乗用車的な使い方をされるようになった4代目以降、北米市場ではより快適性が求められるようになり、ボディサイズも拡大が望まれた。結果、6代目で北米向けはより大きなボディを持つ現地生産のタコマとなり、従来のハイラックスシリーズはアジアなどの新興市場を中心にマーケティングされるようになる。
それを受けて、日野の羽村工場での生産が続く日本市場向けのハイラックスサーフも車名とは裏腹にランドクルーザープラドがベースとなり、2009年にはカタログから落ちた。環境性能が重視されるようになった日本や欧州の市場では、1994年に登場したRAV4に始まる乗用車ベースのオンロードSUVが主流となり、重いフレーム付きのハイラックスベースのSUVは、歓迎されなくなったのだ。
日本市場には導入されなかった7代目ハイラックスからは、生産拠点もアジアや南米などの工場に移された。日本で売られる現行モデルも、タイで生産された逆輸入車。堂々たるその体躯は、半世紀にわたって世界企業としてのトヨタの実力や評価を育んできた、国際車ハイラックスの完成形だ。
2017年に13年ぶりに日本市場でも発売された8代目ハイラックス。
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