
1960年代、日本の高級車市場に地殻変動が巻き起こった。その立役者はトヨタが打ち出した「白いクラウン」だった。それまでの「運転手付きの黒塗り」という固定観念を打破し、自らハンドルを握る愉しみを富裕層に提案したこの戦略は、いかにして成功を収めたのか。輸入車自由化への対抗やセンチュリー誕生の背景、そして後の失敗を糧にした再起の道。時代の空気を鋭く読み取り、果敢に挑み続けるトヨタの「革新の遺伝子」を紐解く。
●文:横田 晃
3代目クラウン(1967年)
「日本の美」をテーマに、車高を低く、全長を長く見せるエレガントなフォルムを採用。曲面ガラスの使用も始まり、より洗練されたルックスとなった。
「白いクラウン」のキャンペーンで、パーソナル色を訴求した3代目クラウン
中堅サラリーマン層がサニーやカローラで念願のマイカー族になり、若者も高性能な軽自動車で刺激的なカーライフを送り始めたころ、より上級のクラスでも新しいトレンドが生まれていました。それまでは運転手付きのフォーマルセダンの後席に乗ることがステイタスだった企業の幹部や富裕層も、自分でハンドルを握って走り始めたのです。
それを仕掛けたのはトヨタでした。1967年に登場した3代目クラウンで、それまでは黒などの重厚な色が中心だったボディカラーに軽快な白をラインアップし、広告でも「白いクラウン」というキャンペーンを展開したのです。セダンの翌年には、クラス初となるスポーティな2ドアハードトップも設定して、上級パーソナルカーとしてのクラウンの魅力を訴求しました。この作戦は成功し、タクシーや企業の役員車などのフォーマルカーと見なされていたクラウンを、個人ユーザーが乗り回すアクティブな高級車へとイメージチェンジさせたのです。
クラウンより格上となる本格VIPカー「センチュリー」の登場
クラウンには2代目時代の1964年に、日本初のV型8気筒エンジンを積む本格高級車となるクラウンエイトも加えて、今でいうVIPカーの地位を盤石にしていました。しかしその翌年に日産から、クラウンのライバルとなるセドリックより上級のプレジデントが登場し、政治家や企業の役員車などのVIPカーのニーズに応えました。
そこで、トヨタも3代目クラウンが誕生した1967年に、クラウンよりさらに上の車格の本格VIPカーとなるセンチュリーを登場させ、代わってクラウンをより広い客層にマッチするようにモデルラインアップとキャラクターを修正したのでした。
ちなみに天皇陛下が乗る御料車と呼ばれる公用車には、1967年から旧プリンス自動車が手作りで生産した日産プリンスロイヤルという特別なクルマが使われていましたが、2006年からはセンチュリーをベースに車体を延長したリムジンが使われています。クラウンエイト/センチュリーやプレジデントがこの時代に開発された理由は、1965年の乗用車輸入完全自由化までに、海外の伝統ある大型高級車への守りを固めておく必要があったから。国や企業の指導者層を輸入車に乗せるのは、国家の威信に関わるというわけです。自動車の商品企画は、時の政治や経済の動きと、深い関係があることがわかりますね。
日本を代表する優良企業であるトヨタは、それゆえに保守的なイメージで見られることがありますが、時代と顧客のニーズを読み取り、ジャストなタイミングで新しい商品企画に挑む姿勢は、この時代から決して保守的ではありません。それどころか、トヨタが切り拓いたまったく新しい市場やカテゴリーが世界のメーカーの商品企画や戦略に影響を与える例は、今も数多くあります。
攻めすぎて失敗した4代目クラウン
それができるのも、トヨタには失敗を恐れずに新しいことに挑み、たとえ失敗してもそれを糧として次に活かしていく土壌があるからでしょう。銀行からお金も借りられないほど信用のなかった自動車産業に挑み、何度も失敗しながらも、着実にモノにしてきた実績が、トヨタの文化を支えているのかもしれません。
じつはクラウンの場合も、1971年の4代目ではパーソナルカーの方向に振りすぎて日産セドリックに初めて売り負け、わずか3年でフルモデルチェンジを余儀なくされるという失敗をしています。急いで開発された1974年の5代目は、堂々たるフォーマル感を強調しながらも、個性的なピラード4ドアハードトップという新しい車型を取り入れた上に、メカニズムにも世界初の4速オートマチックトランスミッションを導入するなど、攻めの姿勢で見事に巻き返しました。もちろん、白いボディカラーもしっかり設定されて、ユーザーの支持を得ました。そうして「白いクラウン」が開拓した高級パーソナルカーというカテゴリーは、その後も各メーカーが狙う、魅力的な市場になっていったのです。
(横田 晃著「教養としてのニッポン自動車産業史」 内外出版社刊)より
4代目クラウン(1971年)
高級車のイメージを根底から覆す、丸みを帯びた流線型のフォルムを採用した4代目クラウン。ボンネットの先端が突き出し、バンパーとボディを一体化させたデザインが「クジラの頭」に見えることから、クジラクラウンとも呼ばれた。アメリカ車の影響を受けた「スピンドル・シェイプを採用したモダンなデザインは当時のメインユーザーには受け入れられず、ライバルであった日産セドリック/グロリアの後塵を拝することになる。
5代目クラウン(1974年)
4代目の丸みを帯びた近未来的なフォルムから一転、5代目は直線基調のどっしりとしたデザインに生まれ変わり、「クラウンらしさ」を再構築して圧倒的な支持を取り戻した「伝統回帰」のモデルとなった。
「教養としてのニッポン自動車産業史」 横田 晃(著)内外出版社刊
教養としてのニッポン自動車産業史
内外出版社刊
総ページ:288ページ 1,760円(税込)
自動車社会は100年に1度の大変革期にあると言われています。報道では、日本の自動車産業が変革に乗り遅れたと、危機を煽る論調の報道も少なくありません。しかし、戦後わずか80年で世界一の自動車大国に上り詰めた日本の本領発揮は、まだまだこれから、というのが本書の趣旨です。
80年前まで、日本の自動車産業はほとんど「存在しない」に等しい状態でした。そこから世界をリードする産業へ発展するまでには、数え切れないほどの挑戦と試行錯誤のドラマがあります。世界一のメーカーとなったトヨタですら倒産の危機に直面したし、夢破れて舞台を去った起業家や技術者も数多くいます。今ではどの自動車メーカーも大企業ですが、最初から順風満帆だった会社などひとつもありません。
本書では、自動車雑誌の編集に40年以上関わってきた著者が、自動車ゼロの戦前~販売台数過去最高を記録した1990年代までの歩みを解説。主には自動車産業に起った出来事、自動車メーカーの成長と育まれていく個性、活躍した人物、時代を象徴する名車について紹介します。
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