
2023年6月、トヨタが静岡県の東富士研究所でメディア向けに開催したテクニカル・ワークショップは、大きな話題を集めた。冒頭、中嶋裕樹副社長が「トヨタの先行開発技術の9割をお見せする所存です」と述べたとおり、トヨタ車ひいては国内の乗用車の5年後、10年後を見通すことができる内容が公開された。内容は多岐にわたるが、大きく電動化、知能化、多様化に分類される。このうちの電動化、バッテリーEV(以下、BEV)について報告したい。
●文:塩見 智 ●写真:トヨタ自動車株式会社
ワークショップで液系リチウムイオン電池のエネルギー密度を高めた次世代バッテリー3種類の存在が明らかに
トヨタの技術戦略とクルマづくりの方向性について説明した中嶋 裕樹副社長・Chief Technology Officer。
BEV開発の方向性
トヨタでは、今年5月にBEVファクトリー、7月に水素ファクトリーが発足した。社内にはすでに電気自動車や燃料電池車を手掛けてきたZEVファクトリーがあったが、BEV、水素両ファクトリーの発足に合わせて廃止された。トヨタは2016年から製品軸や機能軸、あるいは先行開発と量産開発に分けて組織を構成し、それぞれにプレジデントを置いて権限と責任を集約させるカンパニー制を採用している。ファクトリーはカンパニーと同様の組織ながら、目的をもって新たな事業を起こしていく集団だ。いずれにせよ、トヨタがこれまで以上にBEVと水素それぞれを重視していることがわかる。
全固体電池を含む開発中の新型バッテリー群
この日、BEVファクトリーが提示した技術のうち、メディアが最も食いついたのは次世代バッテリーだ。現在主流の液系リチウムイオン電池のエネルギー密度を高めた次世代バッテリー3種類の存在が明らかになった。
ひとつ目は3年後の2026年にレクサスを皮切りに展開する次世代BEVに搭載するパフォーマンス版バッテリー。このバッテリーの採用とエアロダイナミクスや軽量化の効果と合わせて、次世代BEVは航続距離1000kmを実現するとぶち上げた。走行モードや総電力量などの条件が示されていないものの、現在販売中のbZ4Xの航続距離が559km(WLTCモード)なので、一気に2倍近い距離性能を誇ることになる。それでいてバッテリーのコストをbZ4X比で20%減、急速充電の所要時間は20分以下(SOC10%→80%)を目指すという。
ふたつ目は普及版。現在販売中のアクアとクラウンのHEV用電池に採用しているバイポーラ構造をBEV用電池にも採用し、bZ4X比で航続距離20%向上、コスト40%減、充電所要時間30分以下(同)という性能を盛り込み、2026〜2027年に発売する普及価格帯のBEVへの搭載を予定している。
3つ目はハイパフォーマンス版。バイポーラ構造にハイニッケル正極(高ニッケルともいう。ニッケル含有量が高くエネルギー密度が高い)を組み合わせ、前述のパフォーマンス版に対して、航続距離10%アップ、コスト10%ダウン、充電所要時間は同じという最も高性能なバッテリーとなる計画。これも26-27年の実用化を目指している。
また市場の期待が非常に高い全固体電池の実用化については、「課題だった耐久性を克服する技術的ブレイクスルーを見つけたため、従来検討していたHEVへの導入から、一気にBEVへの導入を目指す技術として開発を加速させている」という説明があった。時期については「2027年から2028年の実用化に向け、量産に向けた工法を開発中」と話すにとどまった。
参考値として、前述のパフォーマンス版バッテリーに対し、航続距離は20%アップ、充電所要時間は10分以下を目指しているという。加えて将来を見据え、パフォーマンス版バッテリーに対し航続距離50%アップのバージョンも合わせて開発中ということも明らかにした。
全固体電池の実用化について、時期は日産やホンダとだいたい同時期だが、「航続距離が1200km超」「充電所要時間10分以下」と読み取ることができる具体的な性能を明らかにしたのはトヨタが初めてではないか。当初は高価格車への導入となるだろうが、これらの性能を備えて2027〜2028年に実用化されれば、市場のトヨタ製BEVへの見方は現在とガラリと変わるだろう。
BEVファクトリーが担うのはバッテリー開発にとどまらない。加藤武郎BEVファクトリープレジデントは「BEVハーフ」というキーワードを掲げる。これは従来多くのパーツを組み合わせて構成していた車体を一体成形(ギガキャスト)することで、部品点数を大幅に減らしたり、組み立て中の車両が自走(内燃機関車だと組み立て中の車両には燃料が入っておらず自走できないが、BEVなら可能)することで組立ラインをなくし、自由度の高い工場を実現することで、生産工程や工場投資などを従来の2分の1に減らすことを指す。
トヨタは、次世代BEVは26年から市場に投入。30年には350万台のうち、170万台をBEVファクトリーから提供する。
すなわち同ファクトリーは、26年以降、自ら開発する次世代バッテリーを搭載し、新しい車体構造や生産体制を取り入れた高効率で収益性の高いBEVを市場に送り出すのがミッションの組織ということになる。加藤プレジデントは2030年に350万台のBEV販売するというトヨタ全体の目標のうち、170万台を同ファクトリーが開発した車両が担う見通しであることを示した(残り180万台はすでに販売しているbZ4XやレクサスRZをはじめ、他のカンパニーが開発したBEV)。
ロケットの極超音速技術を応用した空力技術
この日はエアロダイナミクスへの取り組みも発表された。三菱重工業と共同で、ロケットに使われる極超音速空力技術を適用し、クルマの形状にかかわらず空気抵抗を低減する技術を研究しており、具体的には市販車として前例のないCd値0.1台を視野に入れて開発を進めているという。形状にかかわらず空気抵抗を減らせるようになれば、デザイナーは空力に関する制限から解放され、感性を重視した意匠やパッケージングを採用でき、商品力向上に繋がるというのがトヨタの目論見。
マニュアルBEV
屋内展示のみならず、テストコースで試乗を許された開発車両もあった。このうち電動化と知能化の両面に及ぶ技術として、BEVに特別なプログラムやクラッチを組み込むことで、内燃機関を搭載したMT車のように、3ペダルとシフトレバーを操作して走らせる車両に試乗。クラッチペダルを踏み、レバーを1速に入れ、クラッチペダルを戻しつつアクセルペダルを踏んで発進、速度上昇に合わせてギアチェンジしながら走らせた。その感覚は従来のMT車そのもので、ラフな操作をするとクルマが実際にギクシャクするし、ギアを入れたまま停止すればエンスト(したかのようにギクシャクして停止)する。
純粋に面白い。これ自体が効率向上に必要な技術というわけではないが、人によっては懐かしい、また世代によっては新鮮な特性を盛り込むことで、商品力を向上させる可能性を探る研究として行われている。またLFAやパッソのエンジン特性(エンジン音や加速力)を再現して盛り込んだBEV開発車両も試乗。一台のクルマがすスイッチひとつでV10の咆哮と強力な加速力を誇ったり、3気筒の音と必要最小限の加速力にとどまったりするのは内燃機関には絶対にできない芸当で、例えば価格に応じた動力性能や官能性を作り分けることで、収益性を向上させる可能性が出てくる。
電動化に後ろ向きと言われ続けてきたトヨタは、2021年末に当時の豊田章男社長が一気に16台もの開発中の車両を披露するとともに「2030年に350万台のBEVを販売する」と表明した。さらに今年4月には佐藤恒治新社長が「2026年に10車種、150万台のBEVを世界で販売」と、より直近の具体的な目標を明らかにした。しかしその後に行われたグループインタビューでの佐藤社長の話しぶりからは、4月の説明以降も国内外の一部メディアが依然として従来の論調を継続することへの苛立ちも見え隠れした。
今回のテクニカル・ワークショップでの大盤振る舞いとも言える全方位的な次世代技術のお披露目は、製品発表の段階で市場を驚かせるのではなく、市場が自分たちのやろうとしている事業を理解し、安心してもらえるように可能な限り方向性を示していこうという佐藤新体制の謙虚な姿勢にも思えた。
テスラがモデルYに採用して世間を驚かせたギガプレスとほぼ同じ工法(ギガキャスト)も、従来から他社が実用化を目指すと表明していた全固体電池も、トヨタはすでに準備していたことが、今回わかった。またこの日は水素についても「つくる」「運ぶ」「貯める」「使う」というすべての領域についてさまざまなパートナーと取り組みを進めていることを発表した。早い話、トヨタは全部やってたし、BEVについても臨戦態勢にあったということだ。
その結果、市場はどう反応したか。株式は6月上旬の情報解禁後、一気に2割近く上昇し、7月半ばも年初来の高値を維持している。プロダクトの方向性に関する市場の懸念は払拭できたのではないだろうか。欲を言えば国内の充電インフラ充実への道筋や、国内およびグローバルでの充電規格に対する考え方についても、何かしら具体的な情報を示してくれれば、ユーザーはじめステイクホルダーはトヨタにベットしやすくなるはずだ。
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