1960〜70年代には「憧れ」だったクルマだが、’80年代になると「生活の道具」と考える若者が増えてきた。開発コード「S X -7」、初代シティの開発は「’80年代の新たな省資源車を造れ」という指令のもと、1978年に始まっている。開発陣の平均年齢は27歳。その手法はユニークで、「トールボーイ」や「ポケッテリア」など広告・宣伝キャッチと同時進行でクルマをカタチにしていくというもの。ピーク時には1万6000台を超える月販を記録。安全や環境性能も大切だけれど、やっぱりクルマはワクワクさせてくれなきゃ、と思わせる代表格がシティだった。
●文:月刊自家用車編集部
- 1 ホンダ飛躍のために集結した若者たちが、常識の打破へと挑んだ開発プロジェクト
- 2 チャレンジングな課題から生まれたエポックメイキングカー
- 3 タイヤを四隅に配置、全高を思い切って高めた寸詰まりなプロポーションは、現在のハイト系軽自動車のハシリとも言える
- 4 バイクもラインナップするホンダならではの、積載バイク「モトコンポ」の同時開発もユニークな発想だったが、実は逆風も…
- 5 クルマもユニークだったが、決定的だったのが「マッドネス」を起用したCM。基本性能の高さも相まって高人気を博した
- 6 インタークーラーターボ「ターボⅡ(通称ブルドック)」は、大友克洋デザインのロボットブルドックを起用したCMが話題を呼んだ
- 7 派生モデルが続々登場
- 8 NSXが世に出るはるか前に、初期のミッドシップ実験車両のベースとなったのも初代シティだった
ホンダ飛躍のために集結した若者たちが、常識の打破へと挑んだ開発プロジェクト
町おこしを成功させる決め手は、若者とよそ者、そして馬鹿者を参加させることだという。新しい風を求めて積極的に行動する若者と、しがらみにとらわれることのないよそ者、そして常識に頓着しない馬鹿者という役者が揃ってこそ、停滞した町に新鮮なムーブメントを起こせるというのだ。1981年のシティの誕生は、当時のホンダにとって町おこしのようなイベントだった。ホンダは戦後に起業し、1960年代になって4輪事業に参入した最後発メーカー。しかし、躍進のきっかけとなった軽自動車事業から一時撤退した後の1970年代後半には、年間販売台数30万台の壁が破れず、停滞期に入っていた。まさに町おこしが必要な状況にあったのだ。その起爆剤として、1978年春にスタートしたのが後にシティとなる新型小型車の開発プロジェクトだ。
チャレンジングな課題から生まれたエポックメイキングカー
集められた開発メンバーの平均年齢は、じつに27歳という若さ。トップから下されたコマンドは、「1980年の省資源車の決定版を作れ」というシンプルなものだった。そもそもホンダは、個性的な創業社長の元に、若いよそ者たちが集まって生まれたメーカーだ。型破りな、いわば馬鹿者役の社長=本田宗一郎と若者たちが生み出したエネルギーが、世界初の4気筒大型2輪車のCB750Fourや、2輪用空冷エンジンをベースにした高性能軽自動車のN360、世界で初めて厳しい排ガス規制をクリアしたCVCCエンジンなどのユニークな商品を生んできた。若者たちにチャレンジングな課題を与えるという、いわばお家芸から生まれたシティの内容は、そんなホンダらしいものだった。搭載される1.2LエンジンはCVCCをベースに、超ロングストロークの採用などで、レギュラーガソリン車としては世界最高となる圧縮比10:1を実現。高性能と低燃費、コンパクトネスを見事に達成していた。
タイヤを四隅に配置、全高を思い切って高めた寸詰まりなプロポーションは、現在のハイト系軽自動車のハシリとも言える
それを搭載するボディは、タイヤを四隅に追いやり、全高を思い切って高めた、寸詰まりなプロポーションの2BOX。背を高め、乗員をアップライトに座らせることで空間効率を高める手法は、今日のハイト系軽自動車では常識だが、当時は誰もが驚くコロンブスの卵的な「発明」と言えた。
バイクもラインナップするホンダならではの、積載バイク「モトコンポ」の同時開発もユニークな発想だったが、実は逆風も…
「機構最小、機能最大」というそのコンセプトは、今日のホンダ車も掲げるMM思想=マン・マキシマム、メカ・ミニマムそのもの。さらに、そうして稼いだ荷室にぴったりと収まる折り畳み式の原付バイク、モトコンポも同時開発。2輪、4輪をともに手がけるメーカーならではの商品企画だった。ホンダらしいユニークな商品企画、とはいっても、当時のホンダはすでにれっきとした大企業の仲間入りをしていた。馬鹿者役の創業社長はとうに引退しており、意思決定をつかさどる経営幹部たちはもはや若くはない。当然のように、常識はずれのプロポーションを持つシティのデザイン案には、当初は反対意見も強かった。
クルマもユニークだったが、決定的だったのが「マッドネス」を起用したCM。基本性能の高さも相まって高人気を博した
しかし、若き開発者たちは自らが生み出した新しい乗り物の可能性を信じ、難色を示す上層部を説得し続けて、ついにOKを引き出す。その新しさにわくわくして勢いづいたのは、開発メンバーだけではなかった。宣伝・販促部門の若者たちも面白がってアイデアを出し、かつてない手法に挑む。英国の無名スカバンド、「マッドネス」のメンバーがムカデのように連なって踊りながら「♪ホンダ、ホンダ、ホンダ、ホンダ」と連呼するCMは、やはり難色を示す経営陣を押し切って作られ、子供たちはもちろん、サラリーマンの宴会芸としても定番になるほどの人気を呼んだのだ。姿かたちや売り方がユニークだった一方で、シティはクルマとしての基本性能に関しても、専門家からの高い評価を得た。COMBAXと命名された新しいエンジンは、低燃費でありながら扱いやすく、良く回った。シャシーもきちんと作り込まれており、従来のこのクラスでは求められなかった快適な高速巡航が可能だった。ホンダはFF車第一作となった1967年のN360 が、高性能と裏腹に神経質な限界特性が災いして、欠陥車疑惑をかけられるという苦い経験をしている。その汚名をそそぐために、誰よりもFF車の操縦安定性の研究に力を入れた。その成果が、Nの14年後に出たシティには発揮されていたのだ。
インタークーラーターボ「ターボⅡ(通称ブルドック)」は、大友克洋デザインのロボットブルドックを起用したCMが話題を呼んだ
優れたシャシーの甲斐あって、1982年には100PSの高性能を実現したホンダ初のターボも誕生。さらに1983年にはインタークーラーターボで110PSを絞り出したターボⅡ、通称「ブルドッグ」も投入され、好評を博す。そのCMに登場して話題を呼んだロボットブルドッグをデザインしたのは、出世作となる「AKIRA」の連載が前年に始まったばかりの大友克洋。シティはハード、ソフトの両面において、まさに若いセンスが炸裂していた。それらの成功は、日本におけるマイカーが、かつてのようなステイタスシンボルや憧れの対象ではなく、乗り手の個性で選ばれる、ファッションと同様の自己表現手段になったことを示していた。シティはヒエラルキーに属さない、初めての小型車であったのだ。
派生モデルが続々登場
発売から2年で15万台を売るヒットとなったシティは、その後も若い感性を発揮した装備やバリエーションを投入し続けた。ターボと同じ1982年には、前席に20W+20Wのアンプで駆動する振動板を仕込み、重低音を直接身体に響かせる、世界初のボディソニック仕様を発売。プレリュードが国産車初だった、スモークガラスサンルーフも設定している。さらに1982年秋には、ルーフ部分を100mmもかさ上げしたマンハッタンルーフを登場させ、1984年になると、そのハイルーフ部に大出力スピーカーを装着し、駐車中には外部に向けてPA(コンサート用などの大出力音響機器)としても使えるマンハッタン・サウンド・システムも登場した。ピニンファリーナのデザインと架装によるカブリオレも同年の作だ。
かと思えば、翌1985年には世界初のアルミコンロッドを採用して、当時の10モード燃費で24km/Lという低燃費を実現。4速MTの2〜4速に低高速を切り替えられる副変速機を備えた新機軸、ハイパーシフトも続けて投入している。常識にとらわれない発想で開発されたシティは、市場投入後も走りや環境性能、使い勝手や楽しみ方など、全方位でユニークなニュースを発信し続けたのだ。
NSXが世に出るはるか前に、初期のミッドシップ実験車両のベースとなったのも初代シティだった
ちなみに、のちにNSXとして結実するホンダのミッドシップ技術の初期の実験車両も、このシティがベースだったという。世界的に環境性能と安全性能の向上が求められる中で、重量増などのネガティブ要因とハンドリングを両立させる手段のひとつとしてミッドシップが研究された。そのテストベッドとして、短い全長とホイールベースに高い車高という、本来走りには不利な諸元を持つシティが選ばれたのだった。ところで、当時は革新的だったシティのパッケージも、現代の基準では驚くにあたらない。全長3380mmに対して全高1470mm(NA車)のシティは、当時のシビックの全高1350mmと比べれば確かに100mmも背が高い。しかし、ホンダの軽自動車、N-ONEは全長3395mm、全高1610mmとさらに背が高いにもかかわらず、より自然なプロポーションを実現している。ホイールベースもシティの2220mmより300mmも長い。現行フィットの全高も1515〜1570mmと、じつはシティより高いのだ。シティの誕生から40年近くを経て、日本の軽自動車はそれを上回るパッケージを実現し、小型車の全高も世界的に高まっている。ホンダの若者たちが挑んだ非常識は、今や常識になったのである。
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