すっかり成熟したともいえる日本のクルマ業界だが、かつては黎明期や発展期がそこにあり、それらを経て現在の姿へと成長を続けてきた。後のクルマづくりにはもちろん、一般社会に対しても、今以上に大きな影響を与えていた”国産車”。ここでは毎回、1990年ごろまでの国産車を取り上げて、そのモデルが生まれた背景や商品企画、技術的な見どころ、その後のクルマに与えた影響などを考察していく。第5回は、トヨタ ソアラ。若者向けだったクーペを”大人向け”に売り出したことで、以後の「高級車=スポーティー」路線へ火を付ける。
●文:横田 晃
クーペこそ若者クルマの象徴だった
クーペと聞いて胸をときめかせるのは、年配の人ばかりかもしれません。今の子供たちにクルマの絵を描かせると、四角いハコに車輪のついたミニバンばかりになるといいます。でも、昭和のオジサンが若者だった時代には、クーペが花盛りでした。
1967年に登場したトヨタ2000GTやコスモスポーツは高価で若者には高嶺の花でしたが、同時期の初代カローラやサニーにも2ドアのクーペが設定され、手ごろな価格で高性能を実現したファミリアロータリークーペは、当時の走り屋にも人気でした。
ひとクラス上のコロナやブルーバード、国産セダンの最高峰だったクラウンにまで、ボディの後半部を流麗なファストバックにしたクーペやセンターピラーレスのハードトップが用意されるなど、マイカー時代黎明期の国産車の多くが、若々しいクーペのバリエーションを用意して客の目を惹いたのです。
1970年代にはクーペ人気がピークに
そうして日本でのクーペの人気は、1970年代にピークを迎えます。1969年に初代フェアレディZが誕生すると、1970年には初代セリカやギャランGTOが続き、1971年のサバンナに1972年のケンメリスカイラインと、スタイリッシュなクーペが続々と誕生して、若者たちに人気を呼びました。
カローラとスプリンターのクーペにセリカのDOHCエンジンを搭載した、レビン/トレノが登場してラリーを席巻したのもこの時代です。
今、若者たちに人気と書きましたが、じつはヨーロッパで誕生した当時のクーペは若者ではなく、大人、それも限られた富裕層のための乗り物でした。
クルマのボディ形状の呼称には馬車に由来するものが多いですが、クーペも、ヨーロッパの貴族が休日に自身で操って遠乗りを楽しむための、スポーティーな2人乗り馬車の呼び名から来ています(対して”シンデレラのカボチャの馬車”のような、御者付きで運行されるフォーマルな個室型大型馬車が、リムジンです)。
フェラーリを始めとするいわゆるスーパーカーも、そのような貴族の乗り物として生まれました。超高級車のベントレーやロールスロイスにまでクーペが設定されてきたのも、その歴史ゆえのこと。ヨーロッパのクーペは、けっして若者向けのクルマではなかったのです。
一方、量産化に成功したフォードの価格破壊をきっかけにクルマがいち早く大衆化したアメリカでは、さらなる拡販を狙って若者に買えるスポーティーなクーペの企画が生まれます。
実用セダンのシャーシをベースにクーペボディを載せて手ごろな価格を実現させた、スペシャリティカーと呼ばれるカテゴリーです。1964年に誕生したフォードマスタングはメーカーも驚くほどの大ヒットとなり、GMのシボレーカマロが後を追って、若者向けのクーペはたちまち一大市場になりました。
「大人に売れるクーペ」を目指し誕生したソアラ
日本でもセリカがアメリカと同じ手法で大成功すると、クーペは若者の乗り物というイメージはすっかり定着します。しかし、トヨタはその人気に胡坐をかいてはいませんでした。同様の手法で若者ではなく、もっとお金を持った大人に売れるクーペを企画したのです。それが、1981年に誕生したソアラでした。
そもそも先に挙げたトヨタ2000GTは、専用シャーシに専用エンジンを積んだ、ヨーロッパの貴族向けクーペに近い商品企画でした。コスモスポーツやフェアレディZも同様に、ベースとなる量産車のない、クーペ専用に開発された贅沢なクルマです。
でも、量産車をベースにクーペ専用車化するスペシャリティカーの手法なら、若者にも手の届く価格を実現させるだけでなく、大人向けのもっと高価な企画で、儲けを大きく取れるはず。
というわけで、北米の若者向けクーペとして開発したセリカの6気筒車、スープラ(日本ではセリカXX)をベースに、デジタルメーターなどの最新装備や2.8Lの大排気量エンジンを積んだ、落ち着いたノッチバッククーペのソアラを生み出したのでした。
■初代ソアラ 代表グレード 主要諸元
グレード | 2800・DOHC-EFI・6気筒・GT-EXTRA | 2800・DOHC-EFI・6気筒・GT | 2000・OHC-EFI・6気筒・VX | |
車両型式 | 車両型式 | E-MZ11-HCMQF | E-MZ11-HCMQF | E-GZ10-HCMGE |
重量 | 重量(kg) | 1300 | 1300 | 1220 |
寸法 | 全長(mm) | 4655 | 4655 | 4655 |
全幅(mm) | 1695 | 1695 | 1690 | |
全高(mm) | 1360 | 1360 | 1360 | |
ホイールベース(mm) | 2660 | 2660 | 2660 | |
エンジン | エンジン型式 | 5M-GEU | 5M-GEU | 1G-EU |
エンジン種類 | 直列6気筒DOHC | 直列6気筒DOHC | 直列6気筒OHC | |
排気量(cm3) | 2759 | 2759 | 1988 | |
最高出力kW(PS)/r.p.m. | -/170/5600 | -/170/5600 | -/125/5400 |
狙いは大成功しハイソカーに乗る若者へも波及
「未体験ゾーンへ」というキャッチフレーズで売り出された初代ソアラは、狙い通り当時のオヤジたちに爆発的に売れました。テレビCMが、テストコースのバンクを走るソアラの助手席に乗る美女にフォーカスした映像だったのですから、その狙いは明らか。シタゴコロたっぷりの”金持ちオジサン御用達デートカー”として、一世を風靡するのです。
それは食うや食わずの戦後からひたすら働く高度経済成長期を経て、日本にも遊び心を持ったダンナ衆がようやく増えてきたことを物語る成果でした。
ソアラが登場した1980年代初頭には、若者が高級車に乗る、いわゆるハイソカーブームも起きました。もともとは、お金がなくて新車のクーペが買えない若者が、当時は中古車が安かったセドリックやクラウンなどの高級4ドア車をシャコタンにして乗ってみたところ、豪華で女性ウケもよかったところから始まったブームでした。
でも、新車でソアラが買えるようなゆとりある大人たちが若い女性にモテたことで、若者にもソアラの中古車が人気を呼び、以後の高級車の商品企画が、全体的にスポーティーになっていくきっかけになりました。
2代目以降もより本格派へと進化を続ける
安く作って高く売れる、本邦初の大人向けのスペシャリティクーペ、ソアラは、キープコンセプトで2世代が日本で人気を呼んだ後、1991年の3代目はカリフォルニアデザインをまとって海外ではレクサスブランドとなり、2001年の4代目で電動開閉ハードトップとなって、名実ともに本格的な大人のクーペになりました。
ただし、21世紀の日本では、もはやクルマでモテる時代は終わろうとしていました。1970年代に一世を風靡したセリカやスカイラインも、乗りさえすればモテる時代ではなくなっていたのです。
今日では、実家にアルファードがある若者が仲間内のヒーローだったりします。若者も大人も、懸命に働いて”かっこいい”クルマに乗ればモテたあの時代を懐かしむ昭和のオジサンとしては、なんだかな~と、思ってしまうのでした。
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