
1979年、当時の豊田英二社長の「トヨタにも常識にとらわれないクルマがあっていいのではないか」のひと言から始まった小型ミッドシップカー開発。石橋を叩いて渡るイメージが強いトヨタだが、もともとは自動織機製造から始まったベンチャー企業。2000GTやプリウスしかり、MR2はそんなトヨタの冒険心が生んだ一台だった。1983年の東京モーターショーにコンセプトカーを出品。これを若干手直しするカタチで発売されたミッドシップカーはMR2(ミッドシップ・ランナバウト・2シーターの意)を名乗る。個の時代を先取りした商品企画、そしてスポーツマニアだけでなく女性までもターゲットとする親しみやすさで、MR2は発売から6か月で1万台を超える、2シーター車としては異例のセールスを記録する。
●文:横田晃(月刊自家用車編集部)
MR2 1600G-Limited(1984年)
エンジンやトランスアクスルはFFカローラのものを前後逆にして流用することで、低価格を実現。ミッドシップ2シーターでありながら、MR2は豊かな時代のセカンドカー需要を見据え、経済性や合理性まで考慮されて開発された。
エンジンをリヤミッドシップに搭載するため、エンジンルームと居住空間を遮断するかのようにリヤガラスはシート後部に垂直に設置。エンジンルーム後部には小さいながらもトランクルームを装備する。
エンジンを後輪車軸前にマウント。前後重量配分は45:55。
【主要諸元】 MR2 1600G-Limited(1984年)
●全長×全幅×全高:3925㎜ ×1665㎜ ×1250㎜ ●ホイールベース:2320㎜ ●車両重量:940㎏ ●エンジン(4AGELU型):水冷直列4気筒16バルブDOHC1587㏄ ●最高出力(グロス):130PS/6600rpm●最大トルク:(グロス)15.2kg-m/5200rpm●10モード燃費:12.8㎞ /L●最小回転半径:4.8m●燃料タンク容量:41L●サスペンション(前/後):ストラット式独立/ストラット式独立●ブレーキ(前/後):ベンチレーテッドディスク/ディスク●トランスミッション:前進5段・後進1段●タイヤサイズ:185/60HR14●乗車定員:2名 ◎新車当時価格(東京地区):179万5000円
4A-GELU型直列4気筒DOHCエンジン
1983年登場の86レビン/トレノに積まれたトヨタの新世代ツインカム4A-GE。MR2のG系には、小型軽量・高性能・低燃費などを意味する「LASREα」の名が与えられたこのエンジンが積まれた。
カローラ+αの予算で買えた、ミッドシップならではの切れ味抜群の旋回性能
年々実質給与が下がり続ける情けない時代を生きる現代日本のサラリーマンには、20年間で収入が20倍になる時代など、夢物語か寝言にしか聞こえないかもしれない。けれどかつて日本には、確かにそんな時代があった。
初めての東京オリンピックが開催された1964年から20年後の1984年にかけて、日本のサラリーマン家庭の世帯所得は本当に20倍になった。新幹線や高速道路の延伸とリンクするように、企業業績も右肩上がり。カローラやサニーで始まったマイカー時代は、セリカやスカイラインによって若者にも到達し、真面目に働けば誰もがクルマを持てるようになった。
そうした時代の大変化は、自動車メーカーの商品企画にも影響を与えた。貧しい時代には広さや豪華さといったわかりやすい優劣で決したクルマ選びは、豊かな時代には個性や走りの味といった部分での勝負になる。日本初のミッドシップ乗用車となったMR2も、日本がそんな時代を迎えたことを物語るモデルだった。
初代MR2の企画は、当時の豊田英二社長の「常識にとらわれないクルマ」というオーダーから始まっている。ただし、当時の日本の自動車市場においては挑戦的な内容だったが、当のトヨタにとっては、その企画と開発自体はもはや困難な仕事ではなかった。
海外では、大衆FF車のフィアット128のパワートレーンを使ったミッドシップスポーツのX1/9という格好のお手本が1972年に登場しており、トヨタでは1983年春に登場する5代目カローラの4ドアと5ドアのセダン系をFF化することもすでに決まっていた。軽量コンパクトなそのパワートレーンを流用すれば、低コストでミッドシップスポーツカーを成立させることができたのだ。
当時の日本車は走りの研究が進み、FF車でもFR車と遜色ないスポーティなハンドリングがようやく見えてきた頃だ。しかし日本人が初めて経験するミッドシップの乗り味は、そのどちらとも違う新鮮で魅力的なものだった。
前後重量配分は45:55とややリヤ寄りで、機敏に回頭させるには積極的な荷重移動を必要とした。しかし一旦コーナリング姿勢に入ってしまえば、スロットルペダルを踏めば踏むほど腰から回り込んでいくような、これぞスポーツカーと思わせる安定した、しかし切れのいい旋回が楽しめたのだ。
それでいて、ベースとなったカローラファミリー並みの予算で手に入る初代MR2がその年の日本COTYを獲得したのも、当然と言える結果だった。
クラスター左右の大きなロータリースイッチが特徴。左がワイパー、右がライトの操作レバー。
G-Limited専用の7ウェイのスポーツシート。黄×黒のほか、赤×黒の2トーンを用意。
ミッドシップの特性を考え、ターボよりリニアな特性のスーパーチャージャーを選択
トヨタは1984年から、走りの楽しさを訴求する「FUN TO DRIVE」キャンペーンを展開していた。メカニズムもこの時代に一新されており、レビン/トレノやMR2に積まれる軽量高効率な4A-G型に代表されるLASRE(レーザー)エンジンシリーズや、高い接地性と快適性を両立させるPEGASUS(ペガサス)と呼ぶサスペンションなど、走りを大きく進化させる技術が出揃ったところだった。
ただし、旧世代のFRシャシーに高性能な4A-G型ツインカムエンジンを積み、結果として自在に振り回せたレビン/トレノと比べると、ミッドシップレイアウトならではのオン・ザ・レール感覚のMR2の走りは、ドリフトなどの派手な走りを好む当時の腕自慢のドライバーには、刺激に欠けると映ったのも事実ではあった。
じつは、初代MR2の広告などにスポーツカーの文言はない。当時の日本ではまだスポーツカー乗りと暴走族を混同する人が多く、監督官庁の運輸省(現・国土交通省)はスポーツカーを名乗るクルマを認可しなかったし、メーカーも謳わなかったのだ。
それでいて刺激を求められたことが、MR2には悲運だった
トヨタは1986年のマイナーで、4A-G型にルーツ式のスーパーチャージャーを装着してネット145PSまでパワーアップ。パワフルな走りを求める市場の声に応えるとともに、ガラストップのTバールーフ車も加えて、このクルマの魅力の幅を増した。
当時の日本の過給エンジンと言えばターボが主流だったが、あえてスーパーチャージャーが選ばれたのは、限界領域での運動特性がナーバスになりがちなミッドシップ車との相性を考えた、開発陣の良識だったと言えるだろう。
回転上昇に合わせたリニアな出力特性が引き出せるスーパーチャージャーによる過給なら、コーナリング中に多少スロットルを踏みすぎても、ターボラグと呼ばれる時間差を経ていきなり大パワーが盛り上がるターボより、限界領域での安全マージンは大きい。
しかし、1980年代後半の当時はホンダのZC型やB16型、日産のRBやCAシリーズなど、素性のいいスポーツエンジンが続々と登場し、バブル景気とあいまって速さが正義のように言われるようになっていた時代だ。
実際には、MR2の走りはけっして遅くはなかったが、素性のよさや開発陣の良識による安定志向の走りは、ヤンチャなドライバーやジャーナリストにはまだ退屈と映ってしまったのである。
MR2 1600G-LimitedスーパーチャージャーTバールーフ(1986年)
「パワフル・ミッドシップ」のカタログコピーとともに登場したスーパーチャージャーは、当時1.6Lクラス最強のパワーを誇った。
【主要諸元】
●全長×全幅×全高:3925㎜ ×1665㎜ ×1250㎜ ●ホイールベース:2320㎜●車両重量:1100㎏ ●エンジン(4A-GZE型):水冷直列4気筒16バルブDOHC1587㏄ +スーパーチャージャー●最高出力(ネット):145PS/6400rpm●最大トルク(ネット):19.0kg-m/4400rpm ●10モード燃費:11.8㎞ /L●最小回転半径:4.8m●燃料タンク容量:41L●サスペンション(前/後):ストラット式独立/ストラット式独立●ブレーキ(前/後):ベンチレーテッドディスク/ディスク●トランスミッション: 前進5段・後進1段●タイヤサイズ:185/60R14 82H●乗車定員:2名 ◎新車当時価格(東京地区):225万円
4A-Gにトヨタ内製のSC12型スーパーチャージャーを組み合わせた4A -GZE 。2個のまゆ型ローターの回転で加給を行なうルーツポンプ式。
モデルチェンジのたびにキャラを激変させた、MR2とトヨタの挑戦
1980年代後半のバブル景気は、日本人のモノを見る目を大いに肥やした。輸入車の販売台数も毎年のように過去最高を更新。しかも、それまでの日本の輸入車市場の主役だった大排気量のアメリカ車から、上質な乗り味や個性、スポーティなハンドリングが楽しめる欧州車へと人気が移っていった。
国産車もより常用速度の高い、欧州車の技術や乗り味をベンチマークとするようになった。そうして、セルシオやスカイラインGT-R、Z32型フェアレディZ、ユーノスロードスターなどの名車が誕生した奇跡のような1989年に、MR2も2代目へと歩を進める。その内容は、まさにバブリーだった。
フェラーリを思わせるデザインは5ナンバーサイズこそ守ったものの、全長は初代から220㎜ も延長。引き続きリヤミッドに搭載されるエンジンは、初代の1.6Lから2Lに拡大された。ひとクラス上のセリカから譲り受けたそれは、ターボ付きでは225PS、後期には245PSを絞りだした。
おかげで初代でさんざん指摘された刺激不足の評は払拭したが、今度はやり過ぎだった。高性能ミッドシップ車の経験不足は如何ともしがたく、登場当初のボディと足回りは熟成不足を露呈。しかも一拍遅れて炸裂するターボパワーは限界領域のコントロールを一層難しくしており、おまけにブレーキも容量が足りなかった。
荒れ狂うじゃじゃ馬を乗りこなすのもスポーツカーの魅力のひとつだろうが、2代目MR2は日本の公道でその限界性能を引き出すのは難しいクルマだったのだ。
かくして1999年に登場した3代目は、同じミッドシップレイアウトでもまるで別人のようなキャラクターとなる。ユーノスロードスターで広く認知された、等身大の性能を乗りこなす楽しさが味わえるスポーツカーという路線だ。
全長はふたたび4ⅿ以下に切り詰められた一方で、ホイールベースは2代目からさらに延長。搭載されるエンジンはNAの1.8Lで、最高出力は初代後期をも下回る140PSしかない。
その代わりに、よくできた幌によるオープンエアドライブの楽しさや、2ペダル式の自動MTによるダイレクト感のあるイージードライブ性能が付与されていた。
当時は2代目からのあまりのキャラクターの変貌ぶりに、メディアも市場も戸惑ったものだ。しかし、今やスポーツカーの価値は必ずしも速さではなく、操ること自体を楽しめる味わいにあることを誰もが理解している。歴代のMR2は、どれも生まれるのが少しだけ早すぎたのかもしれない
MR2 2000GT Tバールーフ(1989年)
ボディサイズを拡大し搭載エンジンも2Lに格上げ、スポーツ性も実用性も大きく向上した2代目。GT系には2L16バルブDOHC+ツインターボが搭載され、リアルスポーツらしいスペックを手に入れたが、初期モデルのハンドリングは極めてピーキー。その不安定な挙動は多くの専門家に指摘された。1991年のマイナーチェンジではそんな声に応えシャシーやサスを改良、GT系にはトラクションコントロールも用意されている。初代に続いてTバールーフ車も設定された。
【主要諸元】
●全長×全幅×全高:4170㎜ ×1695㎜ ×1240㎜ ●ホイールベース:2400㎜ ●車両重量:1240㎏ ●エンジン(3S-GTE型):水冷直列4気
筒16バルブDOHC1998㏄ +ツインターボ●最高出力(ネット):225PS/6000rpm ○最大トルク(ネット):31.0㎏ ・m/3200rpm●最小回転半径:4.9m●燃料タンク容量:54L ●サスペンション(前/後):ストラット式独立/ストラット式独立●ブレーキ(前/後):ベンチレーテッドディスク/ベンチレーテッドディスク●トランスミッション:前進5段・後進1段●タイヤサイズ(前・後):195/60R14 85H・205/60R14 87H●乗車定員:2名 ◎新車当時価格(東京地区):277万8000円
室内スペースや収納スペースの拡大とともに、セリカ並みの高級感や上級感が目指された。GTのシートは部分本革+エクセーヌ。MC後、GTにはビスカスLSDやビルシュタイン製ダンパーも装備。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事(旧車FAN)
「未来の国からやって来た」挑戦的なキャッチフレーズも話題 初代の「A20/30系セリカ」は1970年に登場しました。ちょうどこの時期は、モータリゼーション先進国の欧米に追い付けという気概で貪欲に技術を[…]
前輪ディスクブレーキ装備やトレッド拡大で、高速走行に対応 オーナーカー時代に向けて提案したスタイリングが時代を先取りしすぎたのか、世間の無理解と保守性に翻弄されてしまった4代目クラウン(MS60系)。[…]
初代レパードは、日本国内向けの高級GTとして誕生 1986年に発売された「F31系」のレパードは、「レパード」としては2代目のモデルになります。 初代の「レパード」は、北米市場向けモデルの「マキシマ」[…]
熱い期待を受けて登場したスバル360の後継モデル 1969年8月にデビューした「R-2」のキャッチコピーは「ハードミニ」。やわらかい丸みを帯びたデザインは当時の軽自動車市場の中にあっても個性を感じさせ[…]
豊かな時代の波に乗って人々の心を掴んだ高級車 1980年代頃までの日本において、3ナンバーの普通自動車は贅沢品の象徴だった。自動車税ひとつを取っても、税額が4万円以内に抑えられた排気量2L未満の小型車[…]
最新の関連記事(トヨタ)
ハイエースの常識を変える。“大人2段ベッド”の実力 ハイエースのスーパーロング・ワイド・ハイルーフは確かに広い。しかし全長が5mを超えるため、都市部では駐車場に収まらないことも多い。スーパーロングでな[…]
電子制御サスペンションは、3つの制御方式に大きく分類される サスペンションに電子制御を持ち込み、走行状態、路面の状況に合わせた最適な乗り心地やアジリティ、スタビリティが得られるものも一部のクルマに採用[…]
フェイスリフトでイメージ一新。都会に映えるスタイリングへ 今回のマイナーチェンジで、フェイスリフトが実施されたカローラクロス。ボディ同色かつバンパー一体成形のハニカム状グリルが与えられたフロントマスク[…]
アウトドアに最適化された外観 まず目を引くのは、アウトドアギアのような無骨さと機能美を感じさせるエクステリアだ。純正の商用車然とした表情は完全に姿を消し、精悍なライトカスタムやリフトアップ、アンダーガ[…]
「未来の国からやって来た」挑戦的なキャッチフレーズも話題 初代の「A20/30系セリカ」は1970年に登場しました。ちょうどこの時期は、モータリゼーション先進国の欧米に追い付けという気概で貪欲に技術を[…]
人気記事ランキング(全体)
たった1秒でサンシェード。ロール式で驚きの簡単操作 ワンタッチサンシェードは、サンバイザーにベルトで固定しておけば、あとはシェードを引き下ろすだけ。駐車するたびに取り出す必要はない。収納もワンタッチで[…]
朝の目覚めは“二階ベッド”でロッジ泊気分 夜になれば、ベッドに横になったまま星空を眺めることもできる。天井高は180センチを超え、車内で立って着替えや調理もこなせるから、車中泊でもストレスは少ない。リ[…]
5年の歳月をかけて完成した独自処方のオイル系レジンコーティング カーメイトは2020年から、SUVの黒樹脂パーツの保護と美観維持に特化したコーティング剤の開発に着手した。黒樹脂パーツは表面の質感が独特[…]
大阪オートメッセでお披露目されたDパーツが、待望の製品化 今回発売されるカスタムパーツは、2025年2月に開催された大阪オートメッセのエーモンブースにて初お披露目された、新ブランド「BANDIERA([…]
ベッド展開不要の快適な生活空間 全長5380mm、全幅1880mm、全高2380mmという大型バンコンでありながら、その中身は大人二人、あるいは二人+ペットでの旅にフォーカスされている。7名乗車・大人[…]
最新の投稿記事(全体)
強烈な日差しも怖くない。傘のように開いて一瞬で守るサンシェード その名の通り、まるで傘のようにワンタッチで開閉できる設計。傘骨にはグラスファイバーやステンレスなどの丈夫な素材を使用し、耐久性と軽さを両[…]
単なるドリンクホルダーではない、1つで二役をこなすスグレモノ 車内でドリンクを飲む機会が増えるこのシーズン。標準装備のドリンクホルダーもあるものの、複数のドリンクを飲みたい場合や、乗車人数が多い場合な[…]
雨の日のサイドミラー、見えなくて困った経験 雨の日のドライブで、サイドミラーがびっしりと水滴で覆われてしまい、後方がまったく見えなくなることがある。特に市街地での右左折や、駐車場からのバックなど、後続[…]
ハイエースの常識を変える。“大人2段ベッド”の実力 ハイエースのスーパーロング・ワイド・ハイルーフは確かに広い。しかし全長が5mを超えるため、都市部では駐車場に収まらないことも多い。スーパーロングでな[…]
自分では気をつけていても、同乗者までは注意できない… どれだけ丁寧に扱っていても、どうしてもキズがつきがちなのが、車のドアの下部ではないだろうか? 乗降の際に足で蹴ってしまって、泥やキズが残ってしまい[…]