
ホンダはこれまで数多くの名車をリリースしてきました。その多くの名車の中でも、創業者の本田宗一郎氏が開発の現場で采配を振るっていた時期の車種には、ことさらにエポックメイキングな注目車両が多くあります。環境対応技術のCVCCを搭載した初代シビックは最も有名なモデルだと言えますが、逆にそれを上回るアイデアが満載されているのに、販売面では振るわず、不遇の扱いとなってしまったモデルもあります。その不遇の代表例の1台が「ホンダ・1300」です。ここではその「ホンダ・1300」について、少し掘り下げてみましょう。
●文:往機人(月刊自家用車編集部)
四輪ラインナップの中核として期待され生まれた「1300」
「ホンダ・1300」は、1969年に発売されたホンダの小型乗用車です。
1960年代のはじめ、オートバイメーカーとしてすでに世界的な地位を確立していた「本田技研工業」ですが、“御大”本田宗一郎氏のかねてからの夢だった「F1」への参戦と四輪業界への進出をおこない、立て続けにトラックの「T360」、オープンスポーツの「S500/600/800」などの四輪車を発売しました。
四輪の業界では新参だったので、すでにユーザーへしっかり受け入れられて根を張っているライバルたちの中に食い込むために、様々な戦略やアイデアを投入していた時代でもあります。
この時代の本田技研が掲げる戦略の大きな柱の2本が、「F1への参戦」と「大衆向け乗用車の発売」でした。
まず皮切りに、自社の持つ販売ネットワークである二輪の販売店でも売れるように軽トラックの「T360」を開発。
その後オープンスポーツの「S500」を発売して、四輪業界への本格進出を果たし、業界へのアピールを完了しました。
そしてそこから6年後の1969年に、満を持して四輪ラインナップの中核モデルとなる小型乗用車の「1300」を発売します。
1970年式・ホンダ1300クーペ 9S
●全長☓全幅☓全高:4140☓1495☓1320mm●ホイールベース2250mm●車両重量:905kg●エンジン:1298cc特殊強制空冷式直列4気筒SOHC●最高出力:110ps/7300rpm●最大トルク:11.5kg-m/5000rpm●トランスミッション:前進4段(フルシンクロ)後退1段●サスペンション(前/後)マクファーソンストラット式独立懸架/クロスビーム式独立懸架●価格:72万8000円(東京地区)
ホンダ1300クーペ 9S
軽さを武器にした空冷エンジンは、当時のホンダの最重要パーツのひとつ
この「1300」の開発は、「F1」を抜きには語れません。
1963年に、かねてからの“御大”の夢だった「F1」への参戦を表明しました。
表明の数年前から、密かにエンジンの開発をおこなっていて、当初はエンジン供給のみの計画だったようですが、コンストラクターとの契約のトラブルによって、結果的にシャーシを含むすべての製作をおこなうことになります。
そしてフル参戦をおこなった1964年には二代目の「RA272」で念願の初優勝を果たします。
参戦2年目で初優勝という偉業を達成した「ホンダ・F1」ですが、その実状はエンジンパワーでのアドバンテージが車両重量の重さで相殺されてしまい、トータルでの戦闘力に不満がある状態だったようです。
そんな中でエンジンのレギュレーションが1.5リットルから3リットルへと移行して、新開発エンジンを投入しますが、依然として重量の問題は払拭できていませんでした。
そこで一計を案じたのがF1の総指揮をおこなっていた“御大”です。
当時チーム運営を主導していたイギリスチームの裏で、日本の開発チームを動かして密かに別のエンジン&シャーシを開発していました。
開発のリソースを割いてまでおこなった最大のテーマは“軽量化”です。
重量のビハインドを払拭するために、シャーシの開発と平行しながらエンジンの軽量化にも取り組んでいました。
その工夫のひとつが“空冷化”です。
エンジン出力の面では優位性を保っていたため、手っ取り早い軽量化の手法として、冷却水やシリンダーの部材、ラジエターやホースを省ける空冷エンジンを開発していました。
気筒数も12から8に減らして、とことん軽量化を主眼に開発を進めましたが、最大の難関である放熱問題は、1968年の初参戦の時点でもまだ解決できないほど苦戦していたようで、結果としてその空冷V8エンジンを搭載した「RA302」を初投入したレースで大クラッシュを招き、ドライバーを亡くす悲劇を起こしてしまいました。
小型大衆車は軽さもスペック。それゆえの空冷エンジンという選択に
さて、この「ホンダ・1300」はホンダ初の小型乗用車で、多くのアイデアが盛り込まれた意欲作です。
発売は1969年で、開発の時期は先述の「RA302」とかぶっています。
その最大の特徴は、この当時には主流となっていた水冷方式に対抗するかのように開発された空冷エンジンです。
型式名「H1300E」のこのエンジンは、1300ccの排気量を持つ直列4気筒で、空冷方式を採用しています。
空冷方式を採用した最大の理由は軽量化だったようです。後発だったホンダが、すでに各メーカーが地位を固めていた小型大衆車のジャンルに食い込むため、この「1300」には運動性能の良さをアピールポイントとして持たせようとしていたようです。
そのためには軽さが重要だと考えた“御大”は、思い切って空冷エンジンの採用を決めました。
こう聞くと、自然とF1との関連が頭に浮かぶでしょう。
現代でも特殊な高性能エンジンにしか採用されない“ドライサンプ”というオイルの冷却方式を採用している点も、その関連性を高めています。
出力に関しても、当時の水準を軽く上回る100ps〜115psを発揮していました。
ただし、ある意味F1よりも厳しい水準が求められる冷却性能を確保するため、空冷の冷却効率を高める工夫と構造が盛り込まれた結果、想定よりも重量がかさんでしまい、フロントへビーで望んだ運動性能に至らなかったというのは皮肉な話です。
1300の1.3Lエンジンは、DDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリング)と名付けられた一体構造二重壁空冷方式を採用。高性能モデルとなる99シリーズの空冷エンジンは、115馬力/7500rpmを発揮。当時のリリースでは最高速度は185Km/hをアピールしている。
エポックで凄いメカニズムは、販売成績には繋がらず…
エポックメイキングな空冷エンジンの他にも、居住空間が大きく取れるFF方式の採用や、当時まだ採用例が少なかったフロントのストラット式サスペンションや、独自開発のリヤ・クロスビーム式独立懸架サスペンションの採用など、多くのアイデアが盛り込まれた意欲作でしたが、肝心の販売面は成功とはほど遠いものでした。
数字としてはセダン、クーペを合わせた総生産数で10万台強というもので、当時のトップセールス車種である「トヨタ・カローラ」の77万台という数字と比べると、健闘できたとは言えないでしょう。
メーターパネルはドライバーを取り囲むように角度が付けられる。その航空機のような形状からフライトコクピットと呼ばれている。
前シートは、廉価グレードを除けばフルリクライニング式を採用。当時の小型乗用車としてはかなり充実した内容も見どころのひとつ。
今ではその唯一無二のメカニズムや台数が少ない希少性などから、旧車マニアの間では名車の仲間入りとなっていますが、その一方では、当時のホンダが空回りをしていた失敗談のきっかけとしても扱われています。
この後に発売された初代「シビック」は世界的なヒット作となり、ホンダの業績とイメージを一気に盛り返しますが、その話はまた別の機会でお話したいと思います。
1972年に登場したホンダ145は、1300のマイナーチェンジモデル。空冷エンジンは排気量を向上した水冷式に変更されるなど大転換を図ったものの、すでに販売の大勢は決していたこともあって、売れ行き回復とはならなかった。
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