
ようやく日本のモータリゼーションが黎明期から脱する気配を見せていた1960年代の初頭、2輪ではすでに世界に名を轟かせていた「ホンダ」は、以前から温めていた4輪業界への進出という野望を実現しようと動き出していました。軽トラの「T360」を皮切りに、さまざまなクルマを世に送り出すのですが、その中には少し変わったクルマも含まれていました。ここではその変わりダネを紹介したいと思います。
●文:月刊自家用車編集部(往機人)
ホンダの四輪黎明期を彩る個性派モデル
ホンダは、軽トラックの「T360」をリリースし、続けてオープンスポーツの「S500」を世に放ち、ホンダの意気込みを強く印象づけました。
そしてその後に本命の大衆向け軽自動車「N360」を発売して、当時の軽市場を倍増させるほどの大ヒットを記録します。そんな勢いづく中で、ホンダは突如として異色すぎるクルマを販売し、市場にインパクトを残しました。それが「バモスホンダ」というクルマになります。
まるで遊園地の乗り物のようなユニークな外観。前面にはスペアタイヤと丸いヘッドライトが取り付けられたウインドスクリーン。このシンプルで愛嬌のある顔つき大きな魅力となっている。
遊びに特化した、現代基準でも斬新すぎるキャラクター
バモスホンダが発売されたのは1970年です。
1967年に発売された軽トラックのTN360のコンポーネントをそのまま流用して、遊びに特化した用途のクルマを提案しようと発売されました。
その、実用車をベースに遊び心のあるクルマをつくり出すという成り立ちは、1990年代にひとつのブームを起こした“パイクカー”と呼ばれたジャンルのクルマたちを連想させますが、この「バモスホンダ」は生まれた時代を間違えたようで、そのインパクトある存在感と唯一無二の魅力は1970年代初頭の市場には受け入れられず、わずか2500台を売り上げるのみに留まっています。
当時の販売価格は31万5千円〜36万3千円と、ベースのTN360とほぼ変わらない価格設定でしたが、遊び専用のクルマという贅沢感の提案はまだ20年ほど時代が早かったようです。
ちなみに、車名の「vamos」は、スペイン語で「みんなでゆこう!」という意味の単語で、このクルマの場合は、レジャーや遊びに気軽に出掛けられるサンダル的な用途をイメージして命名されたのではないでしょうか。
また、車名が社名の前に来るのはホンダの4輪としては唯一で、ファミリーネームが後になる欧米式の雰囲気を出したかったためといわれています。
軽商用バンTN360のシャシーを流用し、1970年に発売されたレジャー特化型の軽自動車。ドアはなく、代わりに転落防止用のガードパイプが備えられている。リヤゲートは後方一方開きで、2人乗りと4人乗り(撮影車)のバリエーションのほか、幌は荷台まで覆うタイプも用意されていた。
TN360の足回りとエンジンをそのままに、遊びに特化した異色のオープンボディをプラス
先述のようにバモスホンダは、軽トラックのTN360をベースとしています。
フロアパネルから下は、丸々とTN360のものを流用しているので、リヤの車軸前に搭載された354ccの空冷直列2気筒(4サイクル)OHCエンジンや、フロント:マクファーソンストラット式/リヤ:ドディオンアクスル式の前後サスペンションなどは共通です。
そのため、このいかにもオフロードを走ってくださいという雰囲気なのにRR方式の2輪駆動のみという設定で、これも販売台数の伸び悩みの一因といわれています。
運転席は、むき出しの金属パネルに計器が埋め込まれたシンプルな作り。丸型のスピードメーターとコンビネーションメーターは防水タイプで、フロアの水洗いにも対応できたという。スポーティな3本スポークのステアリングホイールや、助手席手前にあるキー付きグローブボックスも完備。盗難防止のためのハンドルロック機構も標準装備されていた。
そしてそのフロア上には、軽バンのリヤシートのような簡素なつくりのベンチシートが1列または2列装着されていて、その周囲はごくシンプルなパネルで囲うのみという、シンプル極まりない構成です。
今の乗り物で探すと、ゴルフ場のカートが最もイメージに近いかもしれません。
前面にはただの板が斜めに据えられたような雰囲気で、そこにつぶらな瞳の丸目ライトが付き、中央にはスペアタイヤが埋め込まれます。
これがこのクルマの特徴的で愛嬌のある顔つきをつくり出しているのですが、これは当時のVWのタイプ2(通称ワーゲンバス)のキャンプ仕様車からアイデアを思いつき、少しでも衝突の衝撃を緩和できるようにという実用性から採用されたそうです。
シートは、軽バンの後部座席のような簡素なベンチシートで、乗車人数に合わせて2座または4座が設定 。周囲はシンプルなパネルで囲まれており、ドアの代わりには転落防止用のガードパイプが装着されている。シートベルトは全席に標準装備されている。
強固なロールバーとガードパイプで安全性を確保。スイッチ類は防水仕様に
前席のサイド部は、乗り降りを考えて低く切り欠かれていて、遊園地の乗り物を思わせる1本のガードパイプがドア代わりに装着されています。
基本はフルオープンな想定のため、計器やスイッチ類は防水仕様となっていて、盗難防止としてオートバイのようにハンドルロック機構が申し訳程度に付いています。
ドアがない代わりに、乗り降りを容易にするためにサイド部分が低く切り欠かれており、跳ね上げ式の1本のガードパイプがドアを役割を果たしていた。
グレード展開は、2座/4座とのバリエーションと、幌が荷台まで覆う「フルホロ」という3種が設定されていました。
出力はホンダらしくライバルよりも上回っていて、車重は520㎏と当時としては軽くはありませんでしたが、最高速度90㎞/hを発揮できるなど充分な性能でした。
今の感覚では、このペラペラな申し訳程度の外板のみという状態で90㎞/h出すのは、なかなかに度胸がいるかもしれませんね。
荷台の床はフラットで幅と奥行きは1m強のサイズ。テールゲートは後方一方開き式で、ボディサイドから後部にかけては手すりが設けられていた。幌は居住空間のみを覆うタイプと、荷室まで覆う「フルホロ」タイプが用意されていた。
さてこの「バモスホンダ」、現在の旧車界隈ではどんな状況でしょうか?
もともと2500台しか出荷されていなかっただけに、現存数は100台以下ではないかといわれています。
それでもこれだけインパクトが有り、愛嬌もある魅力的なクルマだけに愛好家はけっこういて、旧車のイベントに行けばキレイに保たれた実車をチラホラと見掛けることはできます。
中古車市場では、その希少性と人気の高さとでプレミアムな値付けとなっていて、2025年8月現在で150万円〜が目安になっているようです。珍車も多いホンダの旧車の中でも特別な存在なので、この価格でも高くないと思えるユーザーは多いでしょう。
1970年 バモスホンダの概要
- バモスホンダ2(2人乗り) 31万5000円
- バモスホンダ4(4人乗り) 34万5000円
- バモスホンダ フルホロ(4人乗り) 36万3000円
| 主要諸元(バモスホンダ2) | ||
| 全長 | 2.995m | |
| 全巾 | 1.295m | |
| 全高 | 1.655m | |
| 軸距 | 1.780m | |
| 輪距 | 前輪 | 1.110m |
| 後輪 | 1.120m | |
| 荷台内側寸法 | 長さ | 1.435m |
| 幅 | 1.140m | |
| 高さ | 0.270m | |
| 床面地上高 | 0.630m | |
| 最低地上高 | 0.210m | |
| 車両重両 | 520kg | |
| 積載量 | 350kg | |
| 乗車定員 | 2人 | |
| エンジン | 強制空冷4サイクル 2気筒OHC | |
| 排気量 | 354cc | |
| 内径×行程 | 62.5×57.8mm | |
| 最高出力 | 30PS 8,000rpm | |
| 最高速度 | 90km/h | |
| 最大トルク | 3.0kg-m/5,500rpm | |
| 登坂力 | 17°35′ | |
| 圧縮比 | 1:8.00 | |
| 燃費 | 25km/h | |
| 潤滑方式 | 強制飛沫併用方式 | |
| オイルパン容量 | 3L | |
| 燃料タンク容量 | 26L | |
| クラッチ型式 | 乾燥単板ダイヤフラムスプリング | |
| 変速機型式 | 常時噛合式前進4段後退1段 | |
| かじ取歯車方式 | ラック・ピニオン | |
| 最小回転半径 | 3.8m | |
| 懸架及び車軸方式 | 前 | マックファーソン式独立懸架 |
| 後 | ド・ディオン式半楕円板バネ式 | |
| ブレーキ型式 | リーディングトレーリング | |
| タイヤ(前・後) | 5.00-10-4PR ULT | |
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