すっかり成熟したともいえる日本のクルマ業界だが、かつては黎明期や発展期がそこにあり、それらを経て現在の姿へと成長を続けてきた。後のクルマづくりにはもちろん、一般社会に対しても、今以上に大きな影響を与えていた”国産車”。ここでは毎回、1990年ごろまでの国産車を取り上げて、そのモデルが生まれた背景や商品企画、技術的な見どころ、その後のクルマに与えた影響などを考察していく。第4回は、スズキ アルトワークス。ライバル、ダイハツ・ミラと切磋琢磨しつつ、”武闘派”スズキが世に出した傑作の誕生秘話を追う。
●文:横田 晃
バイクの世界に見るスズキの”武闘派”ぶり
スズキといえば、軽自動車や小型車などの実用車メーカー…と思っている人が多いでしょう。かゆいところに手が届く、使い勝手のいい経済的なクルマを手ごろな価格で提供するのは、たしかに現在、同社の得意とするところです。
しかし、忘れてはいけません。同社はホンダと同様に2輪車も手がけ、何度も世界GPでチャンピオンに輝いた実績を持つ“闘う集団”でもあります。
1980年代には、ドイツ人デザイナーのハンス・ムートの手になる、革新的なデザインと高性能を誇る”GSX1100S KATANA”を発表して世界のド肝を抜き、現在でも、市販車世界最速レベルの超高性能を発揮する1300ccオーバーの“ハヤブサ”を擁するなど、その”革新的”で”武闘派”なDNAは、市販車にも脈々と息づいています。
そんなマッチョなキャラクターが4輪車でも炸裂したのが、1987年に登場した高性能軽自動車、アルトワークスです。
“裏技”のアルト、挑戦状を叩き付けたダイハツ
1979年に登場した初代アルトは徹底的なコストダウンに加えて、当時乗用車に課せられていた取得税がかからない商用車規格という裏技を使用。全国統一47万円という衝撃的な低価格を掲げ、セカンドカーや働く女性の足という新しい市場を開拓した軽自動車でした。
ラジオや助手席側の鍵穴までオプションとした質素な作りで、搭載されるエンジンの性能も最低限。スポーティとはまったく縁のないクルマ、と割り切った設計でした。
ところが、アルトの成功の後を追い、最初はアルトと同様に女性ユーザーを狙ったライバルのダイハツ・ミラが、1983年にターボを搭載して男性客を獲得したことで、状況が変わります。
たぎる”武闘派の血”、そして生まれたワークスという傑物
スズキは最初はダイハツの挑発に乗らず、パーソナルクーペのセルボをターボ化して正統派のスポーツモデルとして男性客を狙いました。しかし、残念ながらそれは思ったほど売れません。
一方、1985年のモデルチェンジでさらに高性能なインタークーラーターボを積んだ”TR-XX”という精悍なスポーツグレードを加えたミラが、若い男性客にも大人気を呼ぶに至って、スズキの闘争心に火が付いたのです。
売られた喧嘩を買ったアルトの、最初の高性能車は2代目となった1985年9月に投入したインタークーラーターボ車。しかし、それでもミラに勝てないと分かると、1986年7月に軽自動車初となる3気筒ツインカムを送り出します。しかし、まだミラの人気に追いつけません。
こうなるとスズキの武闘派の血は止められません。「これならどうだ!」とばかりに1987年2月に投入したのが、軽自動車史上初のツインカムターボ+ビスカス式フルタイム4WDというハイメカニズムを備えた”ワークス”でした。
実用車の面影を残すアルトにエアロパーツや派手なデカール、フォグランプなどを加えた武装は、今でいう“ガンダムルック”の迫力で喝采を浴び、当時の軽規格である550ccから絞りだした64psは、その後の軽自動車の自主規制値として今に至ります。
いろは坂の”上り”でプロドライバーをぶっちぎる
ツインカムターボと4WDで武装したアルトワークスRS-Rの走りは、それまでの軽自動車の常識を越えていました。
じつは筆者、当時の自動車雑誌で個性派4WD乗用車の対決企画を組んだ際、取材中に日光いろは坂の上りで、VW・ゴルフ シンクロに乗るパリ・ダカ入賞ドライバーをアルトワークスRS-Rでぶっち切りました。
頂上で血相を変えて降りてきた彼は、筆者からワークスを奪い取り、ひとしきり峠を攻めると「かなわないわけだ」と納得していたものです。
最初に後ろから見ていた彼によれば、急な上り坂のコーナーの立ち上がりで全開にされたワークスは、イン側の前輪を浮かしながらまるでロケットのように遠ざかって行ったそうです。その後、アルトワークスは当然のように全日本ラリー選手権の軽自動車クラスチャンピオンの座に君臨することになりました。
■初代アルトワークス 主要諸元 | |||
発売時期 | 1987年2月 | ||
車種 | WORKS RS-X | WORKS FULLTIME 4WD RS-R | WORKS RS-S |
型式 | CA 72V | CC 72V | CA 72V |
機種記号 | AGRS-XE2 | AGRS-RJ2 | AGRS-SE2 |
ミッションタイプ | 5速マニュアル | 5速マニュアル | 5速マニュアル |
全長(mm) | 3,195 | ||
全幅(mm) | 1,395 | ||
全高(mm) | 1,380 | 1,405 | 1,380 |
荷室内長(mm) | 1,020 (595) | ||
荷室内幅(mm) | 1,190 (1,190) | ||
荷室内高(mm) | 820 (815) | ||
ホイールベース(mm) | 2,175 | ||
トレッド前(mm) | 1,225 | 1,230 | 1,225 |
トレッド後(mm) | 1,200 | ||
最低地上高(mm) | 140 | 145 | 140 |
車両重量(kg) | 610 | 650 | 610 |
最大積載量(kg) | 200 (100) | ||
乗車定員(名) | 2 (4) | ||
燃料消費率(km/L)60km/h定地走行 | 30.5 | 27.3 | 30.5 |
最小回転半径(m) | 4.5 | ||
登坂能力(tanθ) | 0.66 | 0.61 | 0.66 |
エンジン型式 | F5A | ||
エンジン種類 | 水冷 4サイクル 3気筒 EPI DOHC 12バルブ インタークーラーターボ | ||
内径×行程(mm) | 62.0×60.0 | ||
総排気量(cc) | 543 | ||
圧縮比 | 8 | ||
燃料供給装置 | EPI (電子制御燃料噴射) | ||
点火方式 | フルトランジスター | ||
最高出力(kW/(PS)/rpm) ネット | -/64/7,500 | ||
最大トルク(N・m/(kg・m)/rpm) | -/7.3/4,000 | ||
燃料タンク容量(L) | 28 (無鉛ガソリン使用) | 26 (無鉛ガソリン使用) | 28 (無鉛ガソリン使用) |
トランスミッション | 前進5段(フルシンクロ)後退1段 | ||
クラッチ | 乾式単板ダイヤフラム | ||
1速 | 3.818 | ||
2速 | 2.277 | ||
3速 | 1.521 | ||
4速 | 1.03 | ||
5速 | 0.903 | ||
後退 | 4 | ||
最終減速比 | 5.133 | ||
駆動方式 | FF(前輪駆動) | フルタイム4WD(常時4輪駆動) | FF(前輪駆動) |
ステアリング 歯車形式 | ラック&ピニオン | ||
ブレーキ前 | ディスク | ||
ブレーキ後 | リーディングトレーリング (オートアジャスター付) | ||
制動倍力装置 | 真空倍力式 | ||
制動力制御装置 | プロポーショニング装置 | ||
駐車ブレーキ形式 | 機械式後2輪制動 | ||
懸架方式前 | マクファーソンストラット式コイルスプリング | ||
懸架方式後 | I.T.L. (アイソレーテッド・トレーリング・リンク)式コイルスプリング | ||
スタビライザー(前) | トーションバー | ||
タイヤ(前・後) | 145/65R13 69H | ||
備考 | ( )内は4名乗車時 |
“羊の皮を被った狼”の出現に今後も期待
アルトワークスは、1988年の3代目、1994年の4代目、1998年の5代目と歴代アルトのスポーツグレードとして設定された後、少し間をあけて2015年に8代目アルトで復活したのですが、2021年に登場した9代目アルトには、設定されませんでした。
今の軽自動車はスペーシアのような、大空間を持つ背の高いモデルが主流となり、ただでさえアルトのような正統派2BOX車は肩身が狭くなった感があります。さらに走りを楽しむスポーツモデルとなると、上級車でもほとんど絶滅危惧種です。
けれど、スズキの武闘派のDNAは、まだどこかに息づいていると信じたいものです。ベーシックな実用車と見えて、格上のスポーツカーをもカモれる身体能力を秘めた、現代の“羊の皮を被った狼”の出現に、これからも期待してしまいます。
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