
クルマのメカニズム進化論 ブレーキ編(2) 〜衝突軽減ブレーキ〜
単に制動するだけでなく、前後の重量配分に合わせたロック防止の制動制御から始まったブレーキの安全システムはABSの普及へと進み、そして今、衝突被害を軽減する自動ブレーキへと進化した。
※この記事は、オートメカニック2017年9月号の企画記事を再編集したものです。
●文:オートメカニック車編集部
プロポーショニングバルブの開発で、ブレーキ液圧を適正に制御
クルマは様々な要因で荷重変化が起こり、それによってタイヤの接地性が変化し、制動力が左右される。これを防ぐために開発されたのが前後のブレーキ液圧を適正に制御するプロポーショニングバルブだ。急制動によって後輪の荷重が減少した場合、ブレーキ液圧を減少させ、タイヤのロックを防止する。
プロポーショニングバルブはパッシブ制御だったが、電子制御によってアクティブ制御へと進化する。このシステムの進化形として生まれたのがABSだ。
各車輪に回転センサーを設け、車速と車輪速の位相を検出することにより、ロックしているタイヤを特定し、ブレーキ液圧を減じ、ロックを防止する。初期のものは前2輪/後ろ2輪、前の左右を独立/後ろ2輪というものもあったが、今では4輪を独立で制御するシステムが当然の装備となっている。外見からではわからない部分だが、着実に進化を続けている装置でもある。
ホンダ プレリュードが先駆けてABSを装着。前2輪、後ろ2輪のブレーキ圧を制御
1982年、ホンダは他の国内メーカーに先駆けてプレリュードにABSを装着した。4センサー、2チャンネルという方式で、前2輪。後ろ2輪のブレーキ圧を制御した。ホンダは厳寒の北海道のテストコースに自動車ジャーナリストを呼び、国産乗用車初の4輪ABSを試させ、その効果を広く知らしめたのである。
ABSは進化を続け、4輪それぞれを独立して制御するようになった
1978年、ベンツSクラスに採用された世界初の量産乗用車用電子制御ABSは、ボッシュとの共同開発によるもので、それ以後、多くのメーカーに採用されていくことになる。
1978年、ベンツSクラスに採用された世界初の量産乗用車用電子制御ABS。
2002年のベンツに採用されたABSユニットは、上の写真の1978年採用の初期のものに比べ、基板が整然とし、油圧ユニットが洗練されていることが分かる。
2002年のベンツに採用されたABSユニット。
ABSユニットの基本的配管を表したのが下の図だ。4輪のブレーキシステムはすべてABSユニットに抱合され、統括的にブレーキ制御が行われるようになった。
ABSユニットの基本的配管。
衝突被害を軽減! プリクラッシュブレーキの登場
ABSはまたたく間に普及し、標準装備となったが、ABSの液圧制御機能を活用して現れたのがプリクラッシュセーフティだ。レーダーやカメラで前方を常に監視し、追突の危険があるような状況に陥るとブレーキをかけ、衝突被害を軽減するもの。
前方監視の方法としてミリ波レーダーを使ったのはトヨタが世界で初めてだったが、国内では自動停止ブレーキに対して法規制があり、完全停止までは行えなかった。
その後、ボルボは近赤外線レーザーレーダーを用い前方6m、左右27度の範囲を監視する自動停止システムを開発した。
XC60に搭載されたそれは2009年に国土交通省の認可を得、日本で販売される初の自動ブレーキ装着車となった。XC60は、いわば“黒船”の役割を果たしたことになり、その後、各メーカーは続々と衝突被害軽減ブレーキを採用するようになった。
国内で初めてプリクラッシュセーフティシステムを取り入れたハリアー。ベンツに続くもので、緊急時のブレーキをアシストし、事故時の被害を軽減した。
前方検知の方法は大きくミリ波レーダー、レーザーレーダー、ステレオカメラ、単眼カメラの4種に分類できる。76~77GHzのミリ波は約150m以上の長い検知距離があり、天候に左右されず、相対速度の検知にも正確に対応できる。しかし投影面積の広いものしか正確に検知できないという欠点もある。
76〜77GHzの電波を前方に飛ばし、反射する電波を検知して障害物、距離を検知するミリ波レーダー。
スバルが他社に先駆けて採用した、ステレオカメラ方式
スバルが他社に先駆けて採用したアイサイトとネーミングされたステレオカメラ方式はCCDカメラを30㎝の間隔で離して、フロントウインドウの上部に設置してある。二つのカメラの画像を解析することで正確に前方の障害物との距離を計算することができる。
二つのカメラをウインドウ上部に設置し、人間の目のように活用し、障害物までの距離と大きさなどを認識する。
このステレオカメラを採用したプリクラッシュセーフティシステムの実用化においては、世界的に見てもスバルが先駆的な存在となった。レーダー方式より安価で、歩行者を正確に認識するという特長があり、この種のシステムの普及に貢献した。
車種に合わせて選択、期待できるさらなる進化
カメラ方式の利点はミリ波に比べ小さな対象物の検知能力に優れていることだ。カメラを一つにしてさらにコストを抑えた単眼方式も採用されるようになった。画像解析ソフトの蓄積によって、あらゆる体型のヒトや動物、物を正確に検知できるようにもなる。
一つのカメラで前方認識と距離測定を行う方式も開発された。ステレオカメラよりも安いコストでシステムを構成できる。
レーザーレーダーは少数派だが、一番の特徴は低コスト。そのためダイハツは早くから軽自動車に採り入れている。
波長の短い光を飛ばすレーザーレーダー方式を採用するものもある。カメラ、ミリ波方式に対し、低コストが特長だ。
大きく4種に分類できる前方監視機能だが、これらを複数組み合わせて完璧な体制を整えるクルマもある。レクサスはミリ波レーダーの他にステレオカメラを備え、投影面積にかかわらず、正確に対象物を検知できるようにしている。さらにそれに赤外線照射も加え、夜間の歩行者認識も行えるようになっている。マツダも同様なシステムで、さらに24GHzの準ミリ波レーダーで自車の周囲を監視している。
衝突被害軽減ブレーキは、まだ普及の糸口についたばかりだ。周辺監視の方法はさらに進化し、前方だけでなく、側方、後方をも精密に監視し、右左折時、後退時の事故を軽減し、訪れる自動運転時代の基礎テクノロジーともなっていく。
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