
1960年代、航空機や船舶からの技術者が多かった三菱が造るクルマは、「丈夫で壊れない」が特徴だった。スバル360やカローラの登場で、クルマが庶民のものに変わっていくと、そんな真面目一辺倒のクルマは時代遅れになってしまう。三菱500 をルーツとするコルトに代わり、1969年の年末に発売されたコルトギャランは、ジウジアーロのデザインをもとに造られた美しいセダン。ギャラン( 仏語で華麗な、洗練されたの意味)のサブネームが与えられたこのクルマは、古い三菱のイメージを払拭し、大ヒットとなった。
●文:横田晃(月刊自家用車編集部)
1969年の発売時、最もホットだったAⅡGS 。ラリーやスピードレースに出場する人のために、スポーツキットも用意された。
特許を取得した楕円曲面無反射メーターが取り付けられ、ひとつで5つの操作を受け持つマルチユースレバーが採用されたインパネ。
1970年に追加された2ドアハードトップは、当時の若者やスペシャリティカーを求める層から絶大な支持を集めた。
頑健だが「色気のない三菱車」。そんなイメージを覆して大ヒット車に
三菱自動車工業という会社が誕生したのは、1970年のこと。ただし、その前身である三菱重工の歴史を遡れば、坂本龍馬が作った海援隊にルーツを持ち、近代日本の歴史にさまざまな形で関わってきた重厚長大なブランドだ。その歴史は、よくも悪くも三菱ブランドの製品に影響を与えてきた。
1955年に当時の通産省の若手官僚が発案した国民車構想にいち早く反応し、1960年に発売した戦後初の自社開発乗用車となった500が、戦時中の三菱重工の主力製品だった戦車のように色気のない、頑丈一点張りだったのもそう。
それが不評と知ると、2年後には早くもデザインを改め、少しでも身近なイメージを出そうとコルトのサブネームをつけて600を売り出すものの、マイカー時代到来前の当時は、売れたとは言い難い結果に終わる。実力的にはトップクラスにありながら、歴史ある巨大企業の弊害なのだろうか。庶民の気持ちを掴むのがヘタで、売り方もどこか官僚的だったのだ。
1965~1966年には、旧水島製作所が開発したコルト1000Fと、旧名古屋・京都製作所の手になるコルト1000という、同クラスのまったく異なるモデルを発売するという壮大な無駄遣いまでやらかしている。その反省から、自動車メーカーとして独立する前年の1969年に誕生し、ついに人々の心を掴むのに成功したのがギャランだ。
コルトの名は残しながらも、ジウジアーロに原案を依頼したフォルムは、もともと三菱重工の本業だった航空機部門のノウハウを活かして空力を煮詰めたスタイリッシュなもの。低速トルクやレスポンスに優れるロングストロークエンジンも、高い技術で成立させ、東名高速全線開通で到来したハイウェイ時代にふさわしい、スポーティなモデルとして幅広い人気を得たのだ。
このクルマの成功をきっかけに、三菱自動車は設立早々軌道に乗り、トヨタ、日産に肉薄する第三位の自動車メーカーとなった。ちょうど、当時世界を席巻していたミニスカートのように、古い殻を脱ぎ捨てた三菱のブランドは、若者をも振り返らせるスタイリッシュなブランドに変身を遂げたのである。
大阪万博が開かれていた1970年5月に追加されたハードトップ。カスタム、カスタムL、GS(グランドスポーツ)の3グレード。セダン比で全幅は+10㎜、全高はー30㎜。写真は1971年以降の後期型。ヘッドライトも角型2灯から丸型4灯に変更された。この頃からカタログではコルトの名が外され、ギャランを名乗る。
若者たちを熱狂させて黄金時代の礎となった2つの個性派クーペ
初代ギャランが登場した当時は、サニーとカローラが火をつけたマイカーブームが若者にも到達し、スポーティなモデルが待望されていた時代だ。スカイラインに2ドアHTが登場し、初代セリカが誕生したのも、ギャラン登場の翌年となる1970年のこと。同年には、ギャランにも2ドアHTが加わっている。
しかし、北米でもクライスラーブランドで販売されて好評を得たこのHTより、日本の若者を熱狂させたのは、ギャランとドアなどを共用しながらも、より先鋭的なデザインを採用した2台のクーペだった。アメリカンマッスルカーを思わせるフォルムのGTOと、ショートホイールベースで機敏なハンドリングを備えた、個性的なFTOがそれ。GTOは1970年に、FTOは翌1971年に発売されている。
GTOには、当時三菱がワークス参戦していたフォーミュラカーのエンジンをベースとしたDOHCを積むMRも設定され、同じくDOHCエンジンを売り物にしたセリカに対抗する。
オイルショックや排ガス規制の影響で、このエンジンは早々にドロップしてしまうが、SOHCながらツインキャブのスポーツエンジンは残り、GSRのグレード名で好評を得る。GTOとFTOの両者に設定されたGSRは、当時認可されたばかりの70偏平タイヤを履き、それをカバーするオーバーフェンダーを纏った迫力ある姿が人気を呼んだのだ。
ただし、その名は次期モデルには継承されなかった。ギャランが1976年に登場した3代目でΣのサブネームを与えられたのに合わせて、HTはΛとしてGTOと統合。GTOはランサーのクーペ格として1975年に登場したセレステに統合されてしまう。
のちにGTO、FTOの名は復活するものの、初代ほどの人気を呼ぶことはなかった。せっかく成功させたブランドをいとも簡単に捨て、育てることができなかったのは、やはりユーザーの心を掴むのが苦手な大企業病ゆえ、と言っては酷だろうか。
ともあれギャラン一族は、1970年代の若者たちに鮮烈な印象を残して駆け抜けた。その後もターボや4WDなどのハイメカニズムのショーケースとなる。
コルトギャランGTO(1970〜1977年)
1970年代に入りスペシャリティカーの人気が高まると、三菱はコルトギャランのコンポーネンツを使った美しい2ドアクーペを登場させる。GTO(グラン・ツーリスモ・オモロゲート)と名付けられ、たちまち若者たちの憧れになった。
主要諸元(GTO-MR 1970年式)
●全長×全幅×全高:4125㎜×1580㎜×1310㎜●ホイールベース:2420㎜●車両重量:980㎏●エンジン(4G32型):水冷直列4気筒DOHC1597㏄ ●最高出力:125PS/ 6800rpm ●最大トルク:14.5㎏-m/ 5000rpm ●最高速度:200㎞/h ●燃料タンク容量:55L ●トランスミッション:5速MT●最小回転半径:4.6m●タイヤサイズ:165SR13●乗車定員:5名 ◎新車当時価格:114万5000円
デビュー時は全車1.6L。写真はMRのニューサターンDOHCエンジン(125PS)。
ギャランクーペFTO(1971〜1975年)
ドアはコルトギャランやGTOと共通だが、ホイールベースを短縮し、キビキビした走りを目指したパーソナルクーペ。角度によって見え方が変わる「ファストノッチバック」スタイルが特徴だった。エンジンは1.4Lと1.6Lを搭載した。
主要諸元( FTO1600GSR 1973年式)
●全長×全幅×全高:3765㎜×1655㎜×1320㎜●ホイールベース:2300㎜●車両重量:875㎏●エンジン(4G32型):水冷直列4気筒SOHC1597㏄ ●最高出力:110PS/ 6700rpm ●最大トルク:14.2㎏・m/4800rpm ○燃料タンク容量:42L ●トランスミッション:5速MT●最小回転半径:4.5m●タイヤサイズ:175/70HR13●乗車定員:5名 ◎新車当時価格:89万8000円
当初はハイカムシャフトを採用した1.4L SOHCネプチューンエンジンを搭載。1973年に1.6L SOHCエンジンを追加。GSRには110PSのツインキャブを搭載した。
伝統の頑健さを武器に過酷なラリーで活躍、世界に三菱の名を轟かす
1960年代の日本の自動車市場では、今日よりずっとモータースポーツでの活躍が販売実績に影響した。とはいえ当時の(ホンダ以外の)日本のメーカーには、ハイメカニズムが勝敗を左右する海外のサーキットレースは荷が重かった。そこで注目されたのが、過酷なラリー競技だ。
まだ高速道路は少ない一方で、未舗装路も多かった当時の日本では、信頼耐久性は何にも勝る売り物だ。事実、1958年のオーストラリア一周レースから海外ラリーに参戦した日産は、頑健さを活かして好成績を残し、技術の日産の名声を確立していた。
そこで三菱が挑んだのが、市場としても有望なオーストラリアで開催されるサザンクロスラリーだった。もともとは、コルト800の同市場への投入前の現地テストで手応えを掴んだ実験部による提案だったという。1967年にコルト1000Fで参戦すると、初出場にしてクラス優勝と同3位という金星を残す。
さらに排気量を拡大した1100Fで挑んだ翌年は、総合3位と2年連続のクラス優勝という好成績を上げたのだ。1969年には、水島製作所の1100Fと名古屋製作所の1500を2台ずつ送り込み、優勝こそ、のちに三菱車に乗って大活躍するアンドリュー・コーワンの乗るオースチンにさらわれたものの、1500が総合3位と7位に入って見せた。
その経験を生かし、満を持してギャランを送り込んだのは1971年のこと。この年は不幸なアクシデントで不本意な成績に終わるが、翌1972年には、オースチンから引き抜いたアンドリュー・コーワンがいきなり総合優勝を飾り、1973年には、サファリラリーでギャランに乗るプライベートチームがクラス優勝を遂げる。
勢いに乗った三菱は、いよいよ本格的にラリー活動に力を入れた。ランサーのデビュー戦となった1973年のサザンクロスで、いきなり1-2-3-4位を独占する快挙を成し遂げると、じつに1976年まで、同ラリーで4連勝をしてのけるのだ。
1974年から参戦したサファリラリーでも、初年をふくむ2回の総合優勝を獲得。頑健で高性能という新たな三菱のイメージが、世界に定着したのだった。
サザンクロスラリーへの挑戦を続け、1968年にはコルト1100F、1969年にはコルト1500SSとコルト11F SS。1971年にはギャランAⅡ GSと、次々に新しい車両を投入し、ノウハウを積み重ねた
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事(三菱)
進化した四輪制御技術と実車展示が見どころ 今回の出展では、三菱自動車独自の車両運動統合制御システム「S-AWC(Super-All Wheel Control)」と、今年1月に大幅改良を迎えて販売を開[…]
三菱車としては初のスペシャルティクーペ 「ギャランGTO」が発売されたのは、“いざなぎ景気”と呼ばれる高度経済成長期のただ中だった1970年です。国民総生産が世界2位まで駆け上がり、大阪万博の活況に国[…]
長年、ジープをライセンス生産してきた三菱だからこそ生まれた、オリジナルの4WD車 まったく新しいコンセプトの新型車が世に出るまでには、多くの関門がある。ときにはどれほど出来栄えがよくても、経営陣の理解[…]
時代を切り拓いた5台のヘリテージカーが並ぶ! 今回の展示テーマは、「ブランドレガシーから見る過去~未来の三菱自動車らしさ」 だ。三菱自動車が築き上げてきたクロスカントリー4WDの歴史を振り返りつつ、そ[…]
環境の時代を見据えたFF2BOX+省エネ技術 資源有限論と環境破壊が大きくクローズアップされ始めた1970年代、自動車産業は強い逆風の中にあった。大きさと豪華さをよしとしてきた米国でさえ、省エネ、省ス[…]
最新の関連記事(旧車FAN)
スバル初の小型車「1000」は、専門家も注目する新技術を多数採用 1966年を日本のマイカー元年とすることに、異を唱える人は少ないだろう。同年4月23日の日産サニーと、同年11月5日のトヨタカローラの[…]
日産の「パイクカー」シリーズは、高い人気を集めるネオクラ名車 「パイクカー」とは、1987年に日産がBe-1を発売して以来、台数限定で生産・販売してきたポップで個性的な小型車のこと。 Be-1は発売前[…]
最終型に「プロ」の顔を移植する背徳感 会場で一際赤い輝きを放っていた初代シティ。ベースは最終型ということだが、初期に登場した1981年式の商用バン「シティプロ」のグリルやフェンダーミラーを移植した「先[…]
伝統の血統と「究極のスパルタン」 「フェアレディ(貴婦人)」という優雅な名に反し、その中身は一貫して硬派なパイオニアの血脈を継承している。その祖先はダットサンスポーツSPL212にまで遡るが、市販スポ[…]
操縦安定性の研究者が提案したミッドシップは小型車のスタディだった エンツォ・フェラーリ、フェルディナント・ポルシェ、フェルッツィオ・ランボルギーニなど、世界的なスーパースポーツカーには、夢と情熱でそれ[…]
人気記事ランキング(全体)
スバル初の小型車「1000」は、専門家も注目する新技術を多数採用 1966年を日本のマイカー元年とすることに、異を唱える人は少ないだろう。同年4月23日の日産サニーと、同年11月5日のトヨタカローラの[…]
三河家具職人の技が光る天然木の温もり空間 今回紹介するのは、愛知県豊田市に拠点を構える株式会社ルートが手がける人気の軽キャンピングカー「ちょいCam(きゃん)」シリーズの「クーラーパック」だ。軽自動車[…]
欧州で圧倒的な人気を誇るベストセラーを日本仕様に 今回紹介するのは、キャンピングカーの製造で国内トップクラスの実績を誇るナッツRVが手掛けた、フィアットのデュカトをベースにしたキャンピングカーだ。ベー[…]
日産の「パイクカー」シリーズは、高い人気を集めるネオクラ名車 「パイクカー」とは、1987年に日産がBe-1を発売して以来、台数限定で生産・販売してきたポップで個性的な小型車のこと。 Be-1は発売前[…]
ネジのトラブルの代表例、溝がつぶれてしまった場合の対処法 自動車のメンテナンスを自分で行う場合、ドライバーを使用してネジを外すという作業は基本中の基本となる。また、日常においてもドライバーを使用した作[…]
最新の投稿記事(全体)
頑健だが「色気のない三菱車」。そんなイメージを覆して大ヒット車に 三菱自動車工業という会社が誕生したのは、1970年のこと。ただし、その前身である三菱重工の歴史を遡れば、坂本龍馬が作った海援隊にルーツ[…]
彼の地で人気の上級グレードを正規輸入 今回、日本国内に導入されるタンドラのグレードは「1794エディション」。ウェスタン調の豪華なキャビンが与えられている上級グレードになる。グレード名は、タンドラを製[…]
RVパークA-VILLAGE 車中泊を安心して、かつ快適に楽しみたい方におすすめのRVパーク 日本RV協会が推し進めている「RVパーク」とは「より安全・安心・快適なくるま旅」をキャンピングカーなどで自[…]
e-SMART HYBRIDの最新カットモデルを展示 今回のダイハツブースでは、「新しい技術との融合で創る クルマとモビリティの未来—DXと共創で革新する自動車技術—」というテーマを深く体現。ダイハツ[…]
三河家具職人の技が光る天然木の温もり空間 今回紹介するのは、愛知県豊田市に拠点を構える株式会社ルートが手がける人気の軽キャンピングカー「ちょいCam(きゃん)」シリーズの「クーラーパック」だ。軽自動車[…]
- 1
- 2


































