
かつては「スポーツカーというものは速さを求めて作られたクルマなので、乗りづらさは仕方ない、あるいは当たり前」というのがカーマニアの常識とされていました。むしろ「乗りにくさをうまく扱い乗りこなすのがスポーツカー乗りの理想形で、我慢するのは美徳だ」という考えが主流で、扱いにくさは速さとカッコ良さの裏面なので受け入れるべきという風潮でした。ホンダは「NSX」のリリースでその考え方を一刀両断してのけたのです。ここでは、世界のスーパースポーツのあり方の意識を一変させた初代「NSX」について、すこし掘り下げていきたいと思います。
●文:往機人(月刊自家用車編集部)
「NSX」はただの和製スーパーカーではなかった
1985年の半ば頃に「Honda Sports」というプロジェクトが立ち上がりました。これが「NSX」の開発につながっていく第1歩なのですが、実はその前に“序章”があったのです。初の大衆小型車「1300」以降、「室内は最大で、機械は最小限に」という乗員ファーストの考えをクルマづくりの根底に据えていたホンダは、必然的にFF車ばかりを製造してきました。
そんな中でドライビングプレジャー向上のための基礎研究として「UMR(アンダーフロア・ミッドシップエンジン・リアドライブ)」とい企画が立ち上がります。その進行の中でこれまでに無かった運転の楽しさがあることを発見し、注目が高まりました。その基礎研究で得た知見が「Honda Sports」プロジェクトに大きく影響を与え、理想のスポーツカー像はミッドシップだろう、という方向に集束していったようです。
そしてこの1980年代半ば頃といえば、15年ぶりにF1に復帰を果たした時期と重なります。心機一転。新たに挑戦をおこなうことになったわけですが、以前とは比較にならないくらいに向上したドライバーの運転技術に合わせたクルマづくりに奔走するなかで、「運転しづらいマシンでは勝てない」という大事な知見を得たのです。
F1の参戦は、ホンダのブランドイメージ向上とともに、量産車への技術のフィードバックも重要なファクターなので、その知見は新しいスポーツカーを造ることがテーマの「Honda Sports」プロジェクトに必然のように流れ込みます。
このれらの要素がまとめられた結果、それまでの「乗りづらくても仕方ない」という常識を過去に置き去る「NSX」が産み出されました。そのうえでいろいろな方向性が話し合われた結果、練り上げられたテーマは「快適(な)F1」というものでした。
そこからプロジェクトは具体的なテーマの元で新たなスーパースポーツを産み出すために一丸となって動き出します。とは言うものの、市販車の販売面を考えると追い風ばかりがふくわけではありません。いまではスパルタンさと扱いやすさの両立は当たり前になっていますが、当時の風潮はまだ「ねじ伏せてこそ… 」という空気が強く残っていた時代です。
そして800万円という、当時の国産車最高額を塗り替えた価格も販売面では大きな懸念要素でした。「NSX」の造りを知ればその価格設定は納得で、イタリアのスーパーカーの造りを考えるとむしろ安いという見方もあったほどですが、この時期の国産ピュアスポーツの一例で見ると、日産の「スカイラインGT-R(BNR32型)」の場合、約450万円〜という価格設定を高価だと受け取った人も少なくありませんでした。このことから、その倍近い価格設定で登場した「NSX」の販売は苦戦が予想されました。
ただ先に触れたように、そもそも「NSX」が狙っていたのは唯一無二の理想のスポーツカーです。国産のハイパワー指向のターボ車たちとは方向性が違いますし、イタリア系のスーパーカーとは、ターゲットは共通する部分が多いかもしれませんが、むしろそれらの存在を旧いものとして追い越すのが狙いでした。
ザックリ言ってしまうと、まるで新しいジャンルとキャラクターを持ったスーパースポーツの登場に、市場が戸惑っていたという表現が当てはまるでしょう。実際は、日本国内がバブル景気のピークだったこともあって最大3年待ちという予想を大きく上回る予約で埋まることになります。出足は好調で、その影響もあり海外での販売もかなりよかったようです。
しかし、その直後にバブル崩壊が起こって日本の経済が急落しました。国産車で最も高額だった「NSX」は大きくそのあおりを受けてキャンセルが続出してしまいます。結果として国内では7415台の販売台数に留まりますが、その一方で海外での販売は日本ほど悪くはなく、日本国内を含めた総生産台数は1万8734台となりました。
NSX 5MT(1990年)
●全長×全幅×全高:4430㎜×1810㎜×1170㎜●ホイールベース:2530㎜●車両重量:1350㎏●エンジン(C30A型):水冷V型6気筒DOHC2977㏄ ●最高出力:280PS/7300rpm●最大トルク:30.0㎏・m/5400rpm●燃料タンク容量:70L●10モード燃費:8.3㎞/L●トランスミッション:5速MT●最小回転半径:5.8m●タイヤサイズ:前205/50ZR15 後225/50ZR16●乗車定員:2名◎価格:800万3000円
超音速ジェット機をイメージしたもので、キャビンをフロントに大きく前進させて レイアウトしたM・R方式ならではの前進キャノピー・デザイン。
乗員2人のストレスを極力排除し、最適なポジションと見やすさ/使いやすさを追求した機能最優先のインテリアは、スーパーカーとしては華やかさに欠けるという評論もあった。スポーツカーでありながら使いやすさを追求したAT仕様もラインナップ。
ドライバーとパッセンジャーをインストルメントパネルに続く大型コンソールで分割し、最適空間を生み出す1by1のダブルサラウンドコクピット。
フロントフード内には補機類やスペアタイヤなどが収まり、収納スペースはない。165/ 75D16のスペアタイヤは付属の電動コンプレッサーで空気圧を調整して使用する。
C30A型エンジン
軽量・コンパクトで高性能の新開発3.0L90°V型6気筒24バルブDOHC VTECエンジンを搭載。吸排気特性に優れたビッグボア(90mm)・ショートストローク(78mm)とし、高出力化のキーである高圧縮比10.2をセンタープラグのペントルーフ形燃焼室で可能としたスポーツ型エンジンとなっている。
3L自然吸気エンジンとしてはトップクラスの最大出力280ps/7300pm(5速車ネット値)、最大トルク30.0kgm/5400rpmを達成している。 さらに、エンジンの高回転化を達成するためチタン・コンロッドを採用。鍛造成形性と切削性を大幅に改善した新しいチタン(3アルミ・2バナジウム・サルファー)を開発する ことで実用化に成功し、約700回転分の高回転化を実現している。加えて、ホンダの先進技術であるVTEC(可変バルブタイミング・リフト機構)ならびにチャンバー容量切り換えインテークマニホールドシステムの採用により、低・中速域から高回転域まで谷間のない出力特性と高レスポンスを実現。
オールアルミボディも運動性だけでなく、安全性や経済性の向上のためにも寄与している。NSXのアルミは溶接性や成型性を考えて独自に開発されたものだという。
「NSX」にまつわる、いろいろなエピソード
・「TYPE R」はホンダに根付く「赤派」のスピリット
「Honda Sports」プロジェクトのコンセプトを検討する段階では、未来のスポーツを象徴するハイテク技術を前面に押し出した方向と、F1のスパルタンなイメージを直感させる性能追求の方向に二分されていたと言います。その印象から前者が「シルバー派」、後者が「赤派」と呼ばれていたそうです。
結果はシルバー:赤で7:3くらいの落としどころにまとまったようですが、方向性が定まった後も「赤派」の熱い気持ちの火は消えていなかったようで、そのスピリットは誕生から2年後に「TYPE R」として結実しました。
TYPE R
・ゴルフ用途を意識した軟弱スポーツというレッテル
「NSX」は、そのスーパーカーに近いスタイリングやミッドシップというレイアウトから、日常使いが犠牲になっているという印象をもたれることを懸念したのか、カタログでトランクルームも充実している点をアピールしていました。
具体的にはその当時の容量の大きさの目安となるゴルフバッグの例をもちいて「専用のバッグが入ります」と記述していました。それが切り抜かれて粒立たされてしまい、一部のスパルタン志向のマニアから「軟派なスポーツカー」というレッテルが貼られて揶揄されてしまったのです。
しかし実際のところ、そのトランクスペース確保は主目的ではなく、熱源となるマフラーをエンジンルームから離すことや、高速走行時の安定性を確保するためにオーバーハング部を延長したというのが真相とのこと。
トランクルーム
今回は「NSX」の誕生にまつわる話を中心に紹介しましたが、このクルマはメカニズム面も見どころが満載です。そちらはまたあらためて紹介してみたいと思います。
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