
1955年に誕生した360cc規格の軽自動車は、当初「高速走行は冒険」と言われるほど未熟な存在だった。高価で実用性も限られていた軽自動車が、いかにして国民の「マイカー」へと進化したのか。スズライトから始まるスズキの挑戦の歴史を紐解き、高度経済成長期の熱狂の中、技術革新によって2ストロークエンジンの弱点を克服し、ライバルとの激闘を経て頂点へと登り詰めたフロンテの軌跡を辿ってみよう。
●文:横田晃(月刊自家用車編集部)
スズキ フロンテ360(LC10)
発売時のグレードはスタンダード(31.8万円)、デラックス(34.3万円)スーパーデラックス(37.3万円)の3タイプ。ドアハンドルは当時軽自動車では唯一となる引き上げ式を採用している。
フロンテ360デラックス(1967年式)
●全長×全幅×全高:2995㎜ ×1295㎜ ×1330㎜ ●ホイールベース:1960㎜●車両重量:425kg●乗車定員:4名●エンジン(LC10型): 空冷直列3気筒2ストローク356㏄●最高出力:25PS/5000rpm ●最大トルク:3.7㎏-m/4000rpm●最高速度:110㎞/h●0-400m発進加速:22.4秒●燃料消費率:28.0㎞/L●最小回転半径:3.9m●燃料タンク:23L●トランスミッション:前進4段、後進1段●サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン式独立/セミトレーリングアーム式独立●タイヤ:4.80-10 2PR◎新車当時価格(東京地区):34万3000円
得意の2ストロークエンジンをリヤに搭載し、激戦の軽乗用車クラスに参戦
大人4人がくつろいで乗れる広さを持ち、高速道路も100㎞/hで快適に走れる。現代の軽自動車では当たり前のそんな要件が満たされたのは、せいぜいこの30年余りのこと。1955年に規格が固まった当時の360㏄の軽自動車にとって、高速走行は冒険とも言っていい行為だった。
当時の規格は全長3m、全幅1.3m。エンジンは構造がシンプルで作りやすく、軽量で出力も稼ぎやすい2ストロークの空冷2気筒が主流で、360㏄の排気量から引き出せるパワーは、せいぜい10馬力台の後半だった。
潤滑はタンク内のガソリンに直接オイルを混ぜる混合潤滑。オイルの割合をケチったり、過酷な連続登坂や高速走行をすればすぐに焼きつき、逆にオイルが多過ぎると白煙をもうもうと吐いた。
高級感とはほど遠いそんな弱点を抱えていながら、40万円前後という価格は、大卒初任給が1万円そこそこの’50年代の庶民には高嶺の花。ゆえに初期の軽自動車のユーザー層は、配達車兼マイカーに使う街の商店が中心だった。1955年に初の本格軽乗用車のスズライトを発売した鈴木自動車工業(現・スズキ)も、大衆乗用車としての販売には苦戦し、1957年には商用バンにラインナップを絞る。1959年と1963年のモデルチェンジでも、それぞれ商用バンをメインに、バリエーションとして乗用車仕様を加えるという形で軽自動車市場を開拓していったのだ。
1960年代後半から1970年代に一世を風靡するフロンテの名は、そうした経緯の中、2代目スズライトに1962年に加わった乗用車のサブネームとして生まれた。そこには開拓者=フロンティアの自負と、いち早く採用した前輪駆動=フロントドライブという技術的な先進性も込められていた。
彼らはほかにも、別体式のタンクから運転状況に応じて自動的にオイルを燃料に混合するセルミック方式や、コンロッドやクランクに直接オイルを噴射するCCI方式など、2ストロークのネガを払拭する新技術を次々と開発した。それはやがて、クラストップの性能に結実する。空冷3気筒という独自のメカニズムで、実用モデルでも25PS、スポーツモデルでは36PSを絞り出すことに成功するのだ。未熟だった当時の前輪駆動では受け止めきれないそのパワーを有効に使うために、後輪駆動のRR方式に一変して1967年に生まれたのがLC10型3代目フロンテだ。
同時代のホンダN360と並ぶその高性能は大きな話題を呼び、スズキは一躍、マイカー時代のキープレイヤーへと躍り出る。
スーパーデラックスのインパネまわり。120㎞ /hまで表示するスピードメーター。タコメーターは設定されない。スピードメーターの右はオイルなどの警告灯と燃料計。オイルタンクの残量が1ℓをきると全体が丸く赤く輝く。助手席前のグローブボックスにはプラグレンチなど工具が収められる。またインパネ下部は、ほぼ全幅にわたってトレイとなっている。
前席はリクライニング機能こそないが、12センチのスライドができる。後席のレッグスペースはこの時代の軽自動車としてはかなり優秀で、窓も前ヒンジで開けられる。
室内の収納の多さとは裏腹に、ボンネット下のトランクはスペアタイヤが邪魔をし、大きな荷物は積めない。さらにふつうのセダンのような密閉されたトランクではないので、ほこりや雨水も浸入してしまう。
3つのシリンダーには各自ミクニ製キャブレターが備わる。分離給油方式のオイルタンクは4ℓ入りで、エンジンルームの右側に付けられていた。
イタリアの高速道路でその実力を証明したカリカリのフロンテSS
1950〜1960年代の高度経済成長に沸く日本人は、とにかく一等賞が好きだった。1958年に完成した東京タワーは東洋一の高さを誇り、東京で東洋初のオリンピックが開催された1964年に開通した東海道新幹線は、世界一の営業速度で人々のプライドを満たした。
自動車においても、それは同じだった。売れるのは一等賞のクルマ。かくして1963年に竣工間もない鈴鹿サーキットで開催された第一回日本GPでは、メーカーはレースに関与しないという日本自動車工業会の申し合わせの裏で、多くのメーカーが参加チームをサポートして頂点を競った。
結果、軽自動車クラスでは、メーカーがチューニングに手を貸したスズライト・フロンテが、優勝候補のスバル360を圧倒。決勝で1・2・4・8位を占めると、フロンテの売れ行きはみるみる伸びていった。
そんな仁義なき戦いの火に、さらなる油を注いだのが1967年3月に投入されたホンダのN360だ。空冷4ストローク2気筒ながら2輪車譲りのOHCのハイメカニズムで31PSを絞り出し、115㎞/hの最高速度を謳うNは、登場するや爆発的に売れる。直後の5月に発売されたフロンテ360が2ストローク3気筒で達成した25PSのパワーは、たちまち霞んでしまったのである。
しかも、Nの好調を見てダイハツが1968年の6月に、2ストローク2気筒ながら水冷を活かしてホンダをしのぐ32PSを叩き出したフェローSSを投入。さらにスバルも遅ればせながらスポーツグレードの開発に力を入れ、馬力競争に参戦してきたのだ。
そうなると、フロンテも負けてはいられなかった。もとよりフロンテの3気筒エンジンは、ホンダのNと同様に2輪車用がベース。輸出車の2ストローク単気筒118㏄ を3つ並べたメカニズムであり、当時のスズキには、すでに2輪の世界GPでも実績のあるチューニング技術があった。
かくして、カリッカリのチューニングで市販乗用車初のリッター100PS超えを果たした36PSのスポーツモデル、フロンテSSがデビューすることになった。
その発表と同じ1968年8月には、著名なレーシングドライバーのスターリング・モスと、2輪のマン島TTレースにおける日本人初優勝ライダー、伊藤光夫のドライブで、イタリアの高速道路、アウトストラーダ・デル・ソーレ(太陽の道)での連続全開走行にチャレンジ。ミラノ〜ローマ〜ナポリ間747㎞ を、平均122.4㎞/hで走破して見せたのだ。
スズキ フロンテSS360(1968年型)
カリカリにチューンされたSSのエンジンはオーバー7500回転のほか、3500回転以下にもうひとつのイエローゾーンがあった。スムーズに発進するには3500回転以上でデリケートなクラッチミートが必要。そんな気難しさもSSの魅力だった。
【主要諸元】
●全長×全幅×全高:2995㎜ ×1295㎜ ×1330㎜ ●ホイールベース:1960㎜ ●車両重量:440㎏ ●乗車定員:4名●エンジン(LC10型):空冷直列3気筒2ストローク356㏄ ●最高出力:36PS/7000rpm●最大トルク:3.7㎏-m/6500rpm●最高速度:125㎞ /h●0-400m発進加速:19.95秒●燃料消費率:24.0㎞/L●最小回転半径:3.9m●燃料タンク:23L●トランスミッション:前進4段、後進1段 ●サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン式独立/セミトレーリングアーム式独立●タイヤ:4.80-10 2PR◎新車当時価格(工場渡し):38万3000円
スズキ フロンテSS360 LC10 太陽の道テスト車
スズキのフロンテSS360は発売を前に、ミラノ~ナポリを結ぶイタリアのアウトストラーダ(高速道路)で、連続高速テストが行なわれた。運転は伝説のイギリス人ドライバーのスターリング・モスと2輪レーシングライダーの伊藤光夫。全行程747㎞ を平均速度122.4㎞ /hで走りきり、それまでの軽自動車の概念を打ち破った。
スズキ フロンテSS360のライバルたち
ダイハツ フェローSS(1968)
1968年6月、先陣を切って発売された軽スポーツ。水冷の長所を生かし圧縮比を10.6まで高めた2気筒2ストロークエンジンはツインキャブで最高出力32馬力/最大トルク3.8kg-mを発生した。プリズムカットと呼ばれた箱形シルエットが特徴のFR車。
ホンダ N360T(1968)
ライバルのパワーアップに対抗するため1968年9月に追加されたT(ツーリングシリーズ)。空冷2気筒4ストロークエンジンながらツインキャブで最高出力36馬力/最大トルク3.2㎏-mを発生。車両重量は2ストローク車に比べ重く500㎏ を超えた。
スバル 360ヤングSS(1968)
モデル末期の1968年11月に発売されたソレックスツインキャブエンジンを搭載するリッター100PSモデル。最高出力は36馬力、最大トルクは3.8㎏ -m。てんとう虫の後継R-2にも1970年にSSを追加している。
三菱 ミニカスキッパーGT(1971)
ライバルに遅れをとっていたミニカだが、1969年発売の2代目(ミニカ70)に、最高出力38馬力の2気筒2ストロークツインキャブエンジン車を投入。さらに1971年にはGTO譲りのクーペスタイルのスキッパーも登場。
マニアにとっては魅力的に思えた気難しいエンジン
21世紀を目前に控えた2000年まで、高速道路における軽自動車の最高速度は小型車以上の100㎞/hに対して、80㎞/hに抑えられていた。その根拠となったのは、1963年に部分開通した日本初の高速道路、名神での実験だ。開通前の名神高速に軽自動車を含む主要国産車が集められ、登坂や最高速の実走行テストが行われた。その結果、当時の軽自動車の性能では80㎞/hでの巡航が精いっぱいで、それさえ難しい車種も多数存在したのだ。
小型車でも、1955年に誕生して1963年にはまだ現役だった初代クラウンは、カタログ上の最高速度が100㎞/hちょうど。国産最高級車でさえその性能なのだから、他のモデルは推して知るべし。おかげで開通後の名神高速では、オーバーヒートなどで立ち往生したクルマがズラリと並んだ。
それからほんの4年後に登場したフロンテSSが、125㎞/hの最高速度が掛け値なしであるばかりか、連続全開走行が可能なことをイタリアで証明したことは、日本人の誇りをいたくくすぐった。
ただし、その高性能は万人向けとは言い難かった。フロンテSSの最高出力は7000回転で得られたが、タコメーターは7500回転からのイエローゾーン、8000回転からのレッドゾーンとともに、0‐3500回転もイエローゾーンになっていたのだ。高性能と引き換えに、まるでレーシングカーのように低速がスカスカになり、3500回転以下での発進はまず不可能。走行中でも3000回転以下から加速しようとすると、失速することさえある神経質な特性だ。しかし、その気難しささえ、当時のクルマ好きには憧れの対象になったのだ。フロンテは、1970年秋に発売された3代目のLC10Ⅱ型登場当初は空冷エンジンを受け継いだが、1971年に水冷エンジンが加わり、GT-Wを名乗るスポーツモデルのエンジンは、37PSまでチューニングされた。あいかわらず気難しいそのコンポーネントは同年9月に登場したフロンテクーペにも受け継がれて、腕に覚えのあるドライバーだけが楽しめる、本格スポーツカーの走りを提供した。
一方で、水冷化によって安定した性能を引き出せるようになった2ストロークエンジンは、本格オフロード車のジムニーなど、幅広いモデルに合わせたチューニングがなされ、扱いやすさと高性能を両立させていく。1980年代以降の4ストロークエンジンでも、この時代の経験から生まれたトルクフルでスムーズな特性が、スズキ車の持ち味になっていくのだ。
フロンテクーペGX(1971年式)
「2人だけのクーペ」のキャッチコピーで発売された2シータースポーツ。デザイン原案はジウジアーロ。ゼロヨン19.47秒という3気筒2ストロークエンジンのパワーに加え、丸型6連メーターやバケットシート、オーバーヘッドコンソールなどインテリアも本格スポーツカーそのもの。後に2+2が登場し、2シーターモデルはカタログから消えていく。
フロンテクーペGX(1971年式)【主要諸元】
●全長×全幅×全高:2995㎜ ×1295㎜ ×1200㎜ ●ホイールベース:2010mm●車両重量:480㎏ ●乗車定員:2名●エンジン(LC10W型):水冷直列3気筒2ストローク356㏄●最高出力:37PS/6500rpm●最大トルク:4.2kg-m/4500rpm●最高速度:120㎞ /h●60㎞ /h走行時燃料消費率:23.0㎞ /L●最小回転半径:3.9m●燃料タンク:27L●トランスミッション:前進4段、後進1段 ●サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン式独立/セミトレーリングアーム式独立●タイヤ:5.20-10 4PR◎新車当時価格(東京地区):45万5000円
スズキ フロンテ(LC10)の変遷
| 1967年 |
| 5月 フロンテ360発売。(発表は4月) |
| 1968年 |
| 8月 フロンテSS360が「太陽の道」(ミラノ~ナポリ)を完走。 11月 3連キャブ36PSエンジンを積むフロンテSS360(ストリート・スポーツ)を発売。 |
| 1969年 |
| 3月 フロンテバン360発売。フロンテSS360がアジアハイウェイ(※)走破。 7月 フロンテエステート(3ドアセダン)発売。フロンテ360にオートクラッチ付き車追加。 ※アジアハイウェイ:現代のシルクロードを目指し、アジア32か国の協力のもとにつくられた国際幹線道路。アジアハイウェイ1号線は、東京を起点にトルコ/ブルガリア国境までの20557㎞ |
| 1970年 |
| 4月 マイナーチェンジ。(バリエーションおよびエンジン種類を拡大など) 11月 フロンテ71(LC10Ⅱ型)にフルモデルチェンジ。 |
| 1971年 |
| 5月 水冷エンジン車(フロンテ71W)3グレード(GL-W、GT-W、GT- RW)を発売。空冷エンジン車併売。 7月 水冷エンジン車にGS-W、GO-Wを追加。 9月 フロンテクーペ(2シーター)発売。 11月 マイナーチェンジで72フロンテに名称を変更。フロントグリル/内装のデザインを変更、グレードの見直しなど。 |
| 1972年 |
| 2月 フロンテクーペ(4シーター)発売。 3月 水冷エンジン車にシングルキャブ(31PS)のGD-W、GU-Wを追加。 10月 マイナーチェンジでニューフロンテへ。ヘッドランプを角形から丸型に、三角窓廃止など外観を大幅変更。グレードの見直しなど。 |
| 1973年06 |
| 4月 フロンテハッチ発売。 7月 フルモデルチェンジでLC20型へ移行 |
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