「まるで宇宙船」「62年前のクルマとは思えない…」フォルムが斬新すぎるマツダの名車。実はメーカーの生き残りを賭けた一大プロジェクトで生まれたモデルだった!│月刊自家用車WEB - 厳選クルマ情報

「まるで宇宙船」「62年前のクルマとは思えない…」フォルムが斬新すぎるマツダの名車。実はメーカーの生き残りを賭けた一大プロジェクトで生まれたモデルだった!

「まるで宇宙船」「62年前のクルマとは思えない…」フォルムが斬新すぎるマツダの名車。実はメーカーの生き残りを賭けた一大プロジェクトで生まれたモデルだった!

マツダが生み出した名車として今なお、高い人気と価値を誇るコスモスポーツ。当時としては画期的だったロータリーエンジンを量産車として初めて搭載した伝説のスポーツカーだ。斬新なデザインは、初見では「なんだこのデザインは…」と大きな衝撃を受けるほど。今回はこの車両について、詳しく解説していこう。

●文:月刊自家用車編集部

日本の自動車史に燦然と輝く「未来から来たスポーツカー」

1967年、国産初の量産ロータリーエンジン(RE)搭載車として産声を上げたコスモスポーツは、日本の自動車史にその名を刻む伝説のスポーツカーである。「宇宙」を連想させる車名にふさわしく、流麗で未来感あふれるエクステリアは今見ても色褪せない。

フロントからリアにかけて滑らかに繋がる美しい曲線は、空力を意識したデザインであり、当時の国産車としては非常に先進的だった。

最大のハイライトは、マツダが社運を賭けて実用化した2ローターの10A型ロータリーエンジンだ。軽量・コンパクトでありながら、高回転域まで滑らかに吹け上がる独特の官能的なフィーリングは、当時の自動車界の常識を根底から覆した。生産台数はわずか1,176台にとどまり、日本の技術革新の象徴として、現在もクラシックカー市場で極めて高い価値を維持している。

ちなみに、1971年から放映された特撮番組『帰ってきたウルトラマン』に登場する怪獣攻撃部隊「MAT」の特捜車両「マットビハイクル」のベース車(後期型の10B型仕様)としても広く知られている。

「独自の技術」にすべてを賭けた、マツダの生き残り戦略

コスモスポーツの誕生劇は、単なる新型車の開発に留まらず、独立した自動車メーカーとしての生き残りをかけたマツダの一大プロジェクトであった。当時の松田恒次社長は、熾烈な市場競争を勝ち抜くためには、他社が真似できない「独自の技術」の確立が不可欠であると確信。そして、当時は世界中のメーカーが実用化困難と投げ出していた、ロータリーエンジンという未知の可能性に会社の命運を託したのである。

前期型のインパネ周り。インパネセンター部分に5連メーターを配置。その右に回転計、スピードメーターと並ぶ。トランスミッションは4MT。

視界の確保とデザインのシンプルさを優先した当時のスポーツカーに倣って、前期型のシートには、ヘッドレストが装備されていない。

しかし、その道程は険しいものだった。西ドイツのNSUヴァンケル社から高額かつ不利な条件でライセンスを取得したものの、手渡された試作エンジンは到底実用に耐える代物ではなかった。特に、ハウジング内壁に発生する波状の異常摩耗「チャターマーク(悪魔の爪痕)」や、気密性を担保する「アペックスシール」の激しい摩耗など、解決すべき技術的難題が山積していた。

「ロータリー四十七士」の執念が実を結んだ奇跡の量産化

これらの高い壁を突き崩すため、のちに「ロータリー四十七士」と呼ばれることになる47人の精鋭エンジニアたちが立ち上がった。彼らは果てしない試行錯誤を繰り返し、チャターマークの克服や異常振動の抑制といった難関を次々と突破。ついに1963(昭和38)年、実用化の目処が立つ試作エンジンを完成させたのである。

翌1964年には、美しく近未来的なスタイリングを纏ったコスモスポーツとしてプロトタイプを正式発表。そこからさらに3年もの歳月を費やし、公道を含む過酷な耐久テストを徹底的に実施した。

1967年、万を持して発売されたコスモスポーツは、まさに異次元の走りを見せつけた。大卒初任給が2万〜3万円の時代に、148万円という価格は現代の感覚で言えば1,000万円を優に超えるスーパーカー。1972年の生産終了までに1,000台あまりが世に送り出されたに過ぎないが、世界初の2ローターRE量産車の実現は、「技術のマツダ」の名を世界に轟かせるのに十分すぎる偉業であった。

1967年 マツダ コスモスポーツ(前期型)

「走るというより、飛ぶ感じ」というキャッチコピーが示すように、航空機や宇宙船を彷彿とさせる。ロータリーエンジンのコンパクトさを活かし、ボンネットを極限まで低くく抑えられたボディと滑らかな曲線で構成されている。

フロントマスク。

リアビュー。

ボディの厚みを抑えたデザインを象徴する、特徴的な上下2段のテールランプは、コスモスポーツのアイデンティティの一つとなっている。

現代へ続く「ロータリーのマツダ」の礎を築いたパワートレイン

市販モデルに搭載されたのは、491ccのローターを2基配した「10A型ロータリーエンジン」である。初期型のスペックは最高出力110ps/7,000rpm、最大トルク13.3kg-m/3,500rpmを発揮。同排気量のレシプロエンジンと比較して圧倒的に軽量・コンパクトであり、トップエンドまで一気に吹け上がるシャープな特性を誇った。

前期型コスモスポーツに搭載された、市販車としては世界で初めての2ローター式ロータリーエンジン型エンジン(10A型)。最高出力110ps、最大トルク13.3kg-mを発生。後期型には、改良型の10B型が搭載され、最高出力128ps、最大トルク14.2kg-mへと向上された。

このパワーユニットが、わずか940kgの軽量ボディと組み合わされたことで、最高速度185km/hという一級のパフォーマンスを実現。さらに翌1968年には、ホイールベースを延長して安定性を高め、出力を128psへと引き上げた後期型が登場する。トランスミッションも5速MTへと進化し、最高速度は200km/hの大台に達した。

コスモスポーツの成功以降、マツダはこの革新的なエンジンをファミリアやカペラ、サバンナなどへ広く展開。度重なる改良を加えながら独自のアイデンティティとして育み、「ロータリーのマツダ」という確固たるブランドイメージを確立していくことになる。

マツダ コスモスポーツ 後期型

後期型(L10B)のコスモスポーツは、前期型と比較して様々な変更が加えられている。これらの違いは、単なるマイナーチェンジに留まらず、走行性能、快適性、そして安全性についても大きな向上が図られているのが特徴だ。

マツダ コスモスポーツ 後期型(L10B)。

具体的には、前期型は水平のスリット型に対して、後期型は開口部が拡大され、フロントディスクブレーキの冷却用ダクトも追加されている。

向かって左が前期型(L10A)、右が後期型(L10B)。

車内に目を向けると、後期型のインパネは丸形7連メーターを採用。速度計と回転計を中心に、右に油温計と水温計、左に時計、燃料計、電流計が並ぶ。回転計のレッドゾーンは7000rpmからとなっている。木製リムのステアリングは60㎜の前後調整が可能。トランスミッションが5MTに変更され、高速走行時の快適性向上や燃費改善に貢献した。

また、後期型のシートは、安全性向上のため、3点式シートベルトやヘッドレスト一体型シートなどが追加された。

後期型のコスモスポーツのインパネ。丸形7連メーターを採用するなど、前期型と比較すると大きく変わっているのがわかる。

ヘッドレスト一体型のシートや3点式シートベルトが追加された、後期型後期型コスモスポーツ。

マツダ コスモスポーツ 前期型・後期型のスペック比較表。

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