
日本の自動車メーカー各社が排ガス規制対応に追われる中、トヨタ車内で未来を見据えた高級GT計画が始動した。標的はメルセデスやBMWの高性能クーペ。流用を排し専用の足回りと170馬力の直6ツインカムを新開発した。従来の規制値を凌駕する性能と先端電子技術を備えたソアラは、「未体験ゾーン」の名の通り世代を超えた憧れの存在となった。
●文:月刊自家用車編集部
造形家出身主査の美学が生んだ「真の大人向けクーペ」
一般的には質実剛健なイメージで語られがちなトヨタだが、その本質は前人未到の領域へ果敢に足を踏み入れてきたチャレンジャーである。豊田喜一郎が自動車事業への参入を掲げた当時、その将来性を信じる者は皆無であった。純国産にこだわった初代クラウンの完成時でさえ、日本製乗用車への懐疑的な視線は払拭されていなかった。
しかし、同社はカローラやコロナの投入により国内にモータリゼーションの波を巻き起こし、優れた経済性と高い耐久性を武器に国際的な地位を確立していく。こうして世界的メーカーへ登り詰めたトヨタが、真の欧州型高級GTカーを目指して結実させた結晶こそ、1981年登場の初代ソアラであった。欧州における2ドアクーペとは、本来、富裕層が自ら手綱を握り長距離移動を楽しむ馬車をルーツに持つ、優雅で洗練された大人のためのパーソナルカーである。
洗練された美意識と高い質感を兼ね備え、最高時速200kmでの高速巡航すら見据えた圧倒的なポテンシャル。単なる移動手段を超え、本物を知る洗練された大人のためのグランドツーリングカーとしてソアラは誕生した。
1967年に誕生したトヨタ2000GTもその思想を踏襲していたが、限定生産の域を出ず商業的成功には至らなかった。当時の日本においてクーペとは、実用車の骨格に流麗なボディを被せた若者向けのデートカー、いわゆる米国流スペシャリティカーと同義であった。セリカやカローラのクーペ仕様で若い世代の心を掴む一方、上級モデルとして用意されたクラウンの2ドア仕様は、フォーマルなセダンが絶対視された市場においてマイナーな存在にとどまっていたのである。
こうした状況を打破すべく、圧倒的な美意識と時速200kmでの高速巡航を可能とする走破性を備えた「本物のクーペ」として企画されたのがソアラであった。開発のタクトを振ったのは、映画『007』に登場した2000GTのオープンモデルを手掛けたデザイナー出身の岡田稔弘主査である。海外経験の豊富なエンジニア以外の人物が指揮を執ったからこそ、国内に前例のない新ジャンルが誕生したと言える。ビジネス面で手痛い打撃を受けた2000GTの雪辱を果たすべく、この野心的な構想を承認した経営陣の英断も称賛されるべきであろう。
映画「007は二度死ぬ」の劇中で使用された2000GTのオープンカーを担当した、デザイナー出身の岡田稔弘主査が、ソアラの開発を手掛けた。
富裕層の心を捉え、やがて若者のハイソカーブームへ発展したZ10型
日本には古来より、料亭やお茶屋といった社交場を通じて洗練された大人の文化を慈しむ風土が存在していた。初代ソアラが世に送り出された1981年前後、こうした豊かな文化を背景に持つ企業経営者や商人の間では、自らのアイデンティティを表現する華やかなパーソナルカーへの期待が高まっていた。この流れは、低価格軽自動車のアルトが女性の自家用車需要を開拓した現象と背中合わせの市場変化であった。
欧州の名門に挑むべく生み出されたソアラのプロダクトレベルは、本物を知る日本の富裕層を大いに満足させた。ロングノーズでありながら品格を保った3ボックス構造の美しいシルエット。膨大な設備投資を経て実現した鮮烈なスーパーホワイトやシックなツートーンカラー。インテリアにおいても岡田主査のこだわりが貫かれ、内装のブラウンカラーに合わせたブロンズガラスを装着するため、国内調達を諦めてわざわざフランスから輸入したというエピソードも残されている。
流麗なエクステリアと本木目パネルが醸し出す上質なキャビン空間。力強いパワーユニットと磨き抜かれた足回りの融合が、オーナーを極上のグランドツーリングへと誘う。
先進性のアピールも抜かりなく、アナログ針を一切排除した日本初のエレクトロニックディスプレイメーターを搭載。液晶デジタル速度計とバーグラフ式タコメーターが放つ色彩豊かな光は、まさに未来社会を描いたSF映画の世界観そのものであった。
むろん走りの質も世界水準に達していた。フラッグシップに与えられたエンジンは、2.8L直列6気筒をベースにツインカム化した専用ユニット「5M-G型」。当時としては卓越した170馬力の出力と優秀な空力性能(CD値0.36)との相乗効果により、目標に掲げた時速200kmでの巡航を現実のものとした。
フラッグシップの2.8Lモデルに加え、当時の高額な排気量税を回避できる5ナンバーの2.0L仕様も設定。中でも高い走りの質感を提供する2.0Lターボ車は絶大な支持を集めた。
電子制御エアサスペンションをはじめとする贅沢な足回りを与えられたソアラは、最高峰クラウンを上回る価格帯でありながら月販目標を大幅に超えるヒットを記録する。富裕層から始まった熱狂は、やがて手頃な2Lの中古車を求める若い世代へと波及し、1980年代を象徴するハイソカーブームの中心的存在へと上り詰めたのである。
1983年式の最上級グレード「GT-リミテッド」。洗練度を増したグラフィックメーターやステアリングコラムに移設されたオートドライブ操作部など、細部の熟成が進む。音響には録音機能や番組予約を備えたテクニクス製名門システムを採用。
登場初期のインパネ比較。先鋭的な世界観を提示した電子表示メーター(左)に対し、一部の上位グレードにのみ設定されたアナログ指針式(右)は、Z10系において極めて貴重な仕様である。
トップモデルの心臓部として鎮座する170馬力の2.8L直6 DOHCユニット。デビュー当初は、125馬力を発揮する実用的な2.0L SOHCエンジンも選択肢として用意された。
ドアトリムにまで本皮を惜しみなくあしらったラグジュアリーな室内空間。ドライバーズシートには、エア圧によって腰部を最適にサポートする空調調整式ランバー機能を完備する。
【トヨタ ソアラ 2.8GT(1983年)主要諸元】
- 全長×全幅×全高:4675㎜ ×1695㎜ ×1360㎜
- ホイールベース:2660㎜
- 車両重量:1315㎏
- エンジン(5M-GEU型):水冷直列6気筒12バルブDOHC2759㏄
- 最高出力(グロス):170PS/5600rpm
- 最大トルク(グロス):24.0kg-m/4400rpm
- 最小回転半径:5.5m
- 燃料タンク容量:61L(レギュラー)
- サスペンション(前/後):ストラット式独立/セミトレーリングアーム式独立
- ブレーキ(前/後):ベンチレーテッドディスク/ベンチレーテッドディスク
- トランスミッション:前進5段・後進1段
- タイヤサイズ(前・後):205/60R15 89H
- 乗車定員:5名
- 新車当時価格(東京地区):291万1000円
世界的GTへの進化と、国内市場におけるジレンマ——Z30・Z40の足跡
世界の強豪を見据えて開発されたソアラであったが、初期の2世代は日本国内専用モデルという位置づけであった。その背景には、欧州のライバル勢と対峙するには当時のボディ格付けがやや小ぶりであったという事情が存在する。
一方、主要輸出先であった北米ではこのクラスのパーソナルクーペに対する若年層の需要が高かったため、ソアラの基本構造を共有するスープラ(国内名セリカXX)を投入し、見事な商業的成功を収めていた。国内はソアラ、海外はスープラというトヨタの二眼戦略は完璧に機能したのである。
トヨタ 2代目ソアラ(Z20型)
国内市場に特化してブラッシュアップされた1986年登場の2代目ソアラは、バブル景気の波に乗って爆発的な売れ行きを見せた。当時の中古車市場でも圧倒的な人気を誇り、スーパーホワイトの2L・オートマチック仕様は若者たちの間で一種のステータスとなっていた。
【トヨタ 2代目ソアラ(Z20型)】
1986年、先代の意匠を洗練させて登場した2代目Z20型。最高出力230馬力を誇る3.0Lツインカムターボを頂点に2.0L勢も多角化。足回りには新たに4輪ダブルウィッシュボーン式が与えられた。
トヨタ 3代目ソアラ(Z30型)
2世代にわたる成功で手応えを得たトヨタは、3代目においてついに本格的な国際商品としての脱皮を図る。バブル全盛期、北米における高級車ブランド「レクサス」の立ち上げに伴い、3代目ソアラは「レクサスSC」として開発が進められた。北米デザインスタジオが手掛けた流麗かつ堂々たるフォルムに、セルシオ譲りの4.0L V8エンジンを搭載した姿は、まさに真のグランドツーリングカーそのものであった。
【トヨタ 3代目ソアラ(Z30型)】
北米市場を見据え、従来の直線基調から流麗な曲面フォルムへと変貌を遂げたZ30型。セルシオ譲りの4.0L V8エンジンや電子制御ダンパー、新設計サスペンションなど先進技術を凝縮した。
トヨタ 3代目ソアラ(Z40型)
しかし、海外での評価とは裏腹に、日本国内における販売は苦戦を強いられることとなる。2001年に電動金属トップを備えて登場した4代目も同様の道を辿った。経済大国へと急成長を遂げた日本であったが、欧米の歴史ある階級社会の中で育まれてきた「パーソナルGT」という概念が真に根付くことはなかったのである。結果としてソアラの系譜は途絶え、レクサスのクーペ群は全く異なる新たな価値観へと舵を切ることとなった。
【トヨタ 3代目ソアラ(Z40型)】
欧州デザインスタジオの手で生まれ変わった4代目Z40型。ワイド&ショートの優美なオープンクーペへと進化し、電動アルミトップにより一瞬でオープンエアの世界を仕立て出す。4.3L V8を搭載し、後にレクサスSC430として2010年まで走りを紡いだ。
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