時速300kmで8日間走り続けたメルセデスEV。「長距離が弱い」を過去にした、超弩級技術の正体とは?│月刊自家用車WEB - 厳選クルマ情報

時速300kmで8日間走り続けたメルセデスEV。「長距離が弱い」を過去にした、超弩級技術の正体とは?

時速300kmで8日間走り続けたメルセデスEV。「長距離が弱い」を過去にした、超弩級技術の正体とは?

いろいろあった2025年。スーパーカー界にも様々なモデルが数多く登場したが、その中から「アナタの知らないスーパーカー2025」と題し、2025年を代表するニッチなスーパーカーを紹介する。「CONCEPT AMG GT XX」は、平均時速300km、走行距離4万km超をわずか8日未満で完遂した、EVの限界を再定義する技術的特異点モデル。熱管理や空力といった物理的制約を、エンジニアリングの力でいかに凌駕したのか? EVが到達した新たな地平を考察する。

●文:月刊自家用車編集部 ●写真:Mercedes-Benz AG

EVが「世界一周」相当の4万kmを8日未満で成し遂げれた理由

メルセデスAMGが発表した技術実証モデル「CONCEPT AMG GT XX(コンセプトAMG GT XX)」に関するプレスリリースは、自動車工学における一つの到達点を示唆している。

イタリアのナルド・サーキットにおいて、総走行距離4万75km、平均時速300km、期間にしてわずか7日と13時間強という記録が樹立されたのだ。

ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』を引き合いに出すまでもなく、この「8日未満での世界一周相当距離」の走破は、単なる耐久テストの成功という枠には収まらない。

これは、「EVは長距離・超高速巡航において熱管理とエネルギー効率の面で内燃機関に劣る」という従来のパラダイムを、物理学的アプローチとソフトウェアの融合によって完全に覆した歴史的転換点といっていい快挙だろう。

公開された技術資料を基に、彼らがどのようにして物理的制約をブレイクスルーしたのか、その技術的特異点を構造的に分解し、考察してみたい。

メルセデスAMGが開発したEVのハイパフォーマンスモデル「コンセプトAMG GT XX」。4万km強を8日間で走破し、平均速度は300km/hを記録するという、まさにEVとしては前人未到のパフォーマンスを達成した。

熱力学への挑戦:セントラル・クーラント・ハブ(CCH)という「脳」

まず、EVが高出力を維持し続ける上で、最大のボトルネックとなるのは間違いなく「熱」である。

バッテリーとモーターは、高負荷がかかればかかるほど発熱し、システム保護のために出力制限(デレーティング)が発生する。300km/hでの連続走行など、通常であれば熱暴走を招く自殺行為に等しい。

しかし、メルセデスAMGはこの課題に対し、極めて合理的な解を用意した。それが「セントラル・クーラント・ハブ(CCH)」である。

これは従来の複雑な配管・ポンプ・バルブをひとつのコンパクトなユニットに統合したもので、言わば冷却システムの「脳」である。

特筆すべきは、バッテリー、EDU(電気駆動ユニット)、パワーエレクトロニクスといった、それぞれ適正温度領域が異なるコンポーネントに対し、必要な熱量を必要なタイミングで精密に分配・制御している点だ。

このシステムは軸方向磁束(アキシャルフラックス)モーターと直接冷却バッテリーと組み合わされ、充電中であっても走行中であっても、常に最大のパフォーマンスを発揮できる熱平衡状態を実現している。

これは、エネルギー効率を極限まで高めるための「多目的最適化問題」への回答と言え、2026年に登場する量産アーキテクチャ「AMG.EA」にこの技術が実装される。この事実は、市場に大きな衝撃を与えるはずだ。

驚異的なパフォーマンスを記録した源泉になったのは、バッテリーのウィークポイントである熱を高度に制御する「セントラル・クーラント・ハブ」の採用。バッテリー、EDU、パワーエレクトロニクスの熱管理を精密にコントールすることに成功している。

流体力学の極致:Cd値0.19とプラズマアクチュエータ

次に注目したいのが空力だ。300km/hの世界では、駆動力の約83%が空気抵抗によって損失される。つまり、空気抵抗係数(Cd値)を下げることが、航続距離の延伸と速度維持における至上命題になる。

コンセプト AMG GT XXは、Cd値0.19という驚異的な数値を叩き出した。

Cd値を0.001改善することは、約90kgの軽量化と同等の効果をもたらすと言われ、この相関関係を理解すれば、彼らがなぜアンダーボディの形状やホイールの空力特性といったディテールに執着したかが理解できる。

中でも個人的に最も興味深いのは「プラズマアクチュエータ」の研究実装である。

これは、高電圧によって空気をイオン化し、機械的な可動部なしに気流を制御する技術であり、プレスリリースには「エアロダイナミクス・バイ・ワイヤ」と表現されている。

従来の物理的なスポイラーとは異なり、電極間に高周波交流電圧を印加することでプラズマを発生させ、周辺空気への運動量輸送(体積力)を誘起する。

これにより、車体後部の気流剥離を電気的にコントロールすることが可能となる。

この技術は、将来の自動車デザインにおける自由度を飛躍的に高める革新的なアプローチであり、流体制御の概念を根本から変える可能性を秘めている。

走行性能に直結する空力性能において、コンセプト AMG GT XXはCd値0.19を実現。さらに空気をイオン化して機械的な可動部なしに気流を制御し、車体後部の気流剥離を電気的にコントロールする「プラズマアクチュエータ」も搭載した。

エネルギー充填の革命:850kW充電という暴力的な速度

F1の世界ではピットストップの0.1秒が勝敗を分けるが、EVの耐久走行においては「充電時間」こそが最大のロス要因である。

今回、Alpitronic社と共同開発された充電システムは、平均850kWという既存の急速充電(通常150kW〜350kW程度)を遥かに凌駕する数値を記録した。

特筆すべきは、トラック用のMCS(メガワット充電システム)技術を乗用車に応用し、冷却機能を強化したCCSケーブルを用いて最大1000アンペアの電流を許容した点にある。

これにより、「走る」時間と「止まる」時間の比率が劇的に改善された。インフラ側(Alpitronic、メルセデス・ベンツHigh-Power Charging)と車両側、双方がホリスティックに開発を進めなければ達成できない、システム全体としての勝利である。

EVが内燃エンジン車より決定的に劣っている要素のひとつがエネルギーの充填時間、即ち充電にかかる時間だ。化石燃料ならほんの数分で満タンにできるが充電時間は数十分かかるのも珍しくない。コンセプト AMG GT XXは従来の急速充電の倍以上となる850kW充電を達成する。

ソフトウェア・デファインドへの移行:デジタルツインと戦略

ハードウェアがいかに優秀でも、それを統御する「知能」がなければ宝の持ち腐れだ。

メルセデスAMGは、F1チームの知見を活かし、事前に徹底的なシミュレーションを行っている。興味深いのは、単なる車両データの解析にとどまらず、個々のバッテリーセルの挙動までを「仮想センサー」でモデル化し、実走行データとリアルタイムで比較・修正を行う適応型戦略をとったことだ。

Microsoftのクラウド技術やMB.OS(メルセデス・ベンツ・オペレーティング・システム)を活用し、気温、風、タイヤの摩耗状況に応じて、ラップ数や回生ブレーキの強度を動的に最適化する。これはもはや自動車の運転というより、巨大な変数を扱う数理最適化のプロセスそのものである。

また、ドライバーへのインターフェイスとしてAR(拡張現実)ヘルメットを採用した点も合理的だ。300km/hの世界では視線移動すらリスクになる。必要な情報を視野に直接投影し、認知的負荷を最小限に抑える設計は、人間工学的見地からも理に叶っている。

通常の生活では経験し得ない300km/h超ドライブの世界は、一般人には対応が難しい。必要な情報を視野に直接投影し、認知的負荷を最小限に抑えたAR(拡張現実)を実現するインターフェイスとして、メルセデスAMGは専用ヘルメットも開発している。

300km/h超の世界は視線移動すら大きなリスクを発生するが、ARヘルメットを用いることでドライバーの認知機能をアシストして安全運転をサポート。レーサーなど特殊な訓練を行った人以外でも300k/hを体感できる時代が到来するだろう。

AMG.EAが示す未来

コンセプト AMG GT XXが示したのは、単なる記録更新という事実ではない。それは、2026年に登場予定の量産プラットフォーム「AMG.EA」のポテンシャルに対する、極めて強固な実証実験(Proof of Concept)である。

ミシュランの専用タイヤ(Pilot Sport 5 Energy)、Signifyの照明技術、そしてメルセデスのエンジニアリング。これらが有機的に結合することで、EVは「我慢して乗るエコカー」から、「内燃機関では到達し得ない領域へ踏み込むマシン」へと進化した。

この記録は、持続可能なモビリティ社会において、「パフォーマンス」と「効率」がトレードオフの関係ではなく、技術によって高次元で両立し得るものであることを証明したと言える。我々は今、自動車史におけるまた一つの特異点を目撃しているのだ。

コンセプトAMG GT XX

コンセプトAMG GT XX

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