「たった72馬力で格上スポーツカーをカモる速さはヤバすぎ!」 昭和の車好きを熱狂させた伝説のFRコンパクト「KP61型スターレット」│月刊自家用車WEB - 厳選クルマ情報

「たった72馬力で格上スポーツカーをカモる速さはヤバすぎ!」 昭和の車好きを熱狂させた伝説のFRコンパクト「KP61型スターレット」

「たった72馬力で格上スポーツカーをカモる速さはヤバすぎ!」 昭和の車好きを熱狂させた伝説のFRコンパクト「KP61型スターレット」

クルマのスペックにおいて「馬力至上主義」が当たり前だった1970年代末。若者たちのそんな常識を見事に覆したのが、1978年に登場した2代目トヨタ・スターレット(KP61型)だ。搭載された1.3Lエンジンはたった72馬力だったが、世界のコンパクトカーがFF化へ向かう中、あえてFRレイアウトを採用。軽量コンパクトなボディと素性の良いシャーシが生み出す正確なハンドリングは、タイトな下りの峠道で格上のスポーツカーを追い回せるほど痛快なものだった。モータースポーツ入門車として当時のクルマ好きを熱狂させ、現代の「GRヤリス」へと連なるトヨタ・スポーツコンパクトの原点とも言える伝説のFR車の魅力に迫る。

●文:横田晃(月刊自家用車編集部)

4K-U型エンジン

全車に積まれる1.3Lエンジン。もともとカローラに向けて開発されたもので、軽量なスターレットには十分なパワー。ちなみに型式のKPのKはK型エンジン、Pはパブリカ派生モデルの意。

大パワーはなくとも、運転の楽しさを教えてくれたFRコンパクトカー

最近では新型車の最高出力の数字が話題になることはめったにない。目の肥えた現代のクルマ好きには、最高出力はクルマの能力のひとつの指標にすぎず、大切なのは扱いやすい出力特性などの個性であることが浸透しているからだ。まして普通のユーザーは、出力より燃費の数値に目を奪われることが多いだろう。

しかし、48年前の若者たちはそうではなかった。誰もがカタログを飾るスペック表の1馬力の違いにこだわり、少しでも数字が大きいほど“いいクルマ”なのだと考えた。当時ほとんどの若者は、100馬力以下のクルマなんて“のろまな亀”だと思い込んでいたものだ。そんな未若者の目からうろこを落としてくれたのが、2代目スターレット(KP61型)だった。

1972年に誕生した初代スターレットは、直線的なフォルムのスポーティーな2ドアクーペがメインだった。対して1978年デビューの2代目は、一転してコンパクトカーの世界標準となりつつあった2BOXのフォルムを採用していた。

ただし、搭載する4気筒1.3Lのエンジンは旧式のOHVで、スポーツグレードのSでもシングルキャブ。最高出力は当時のグロス表記でたった72馬力しかない。かたやその頃筆者が得意になって乗り回していた愛車は、6年落ちの中古車とはいえハイオク仕様の1.6Lツインキャブで110馬力のクーペ。スターレットはそれと比べるまでもない、非力な実用車のはずだった。

エンジンは背中を蹴飛ばすようなパンチはないものの、軽やかに回る。ボディがコンパクトで視界もいいから、狭いコーナーでも自信をもってベストラインを攻められる。そして何よりも軽快で正確なハンドリングは、目を三角にして走らせなくても十分に楽しめた。絶対的なパワーが求められないタイトな下りのワインディングなら、必死で走る格上のスポーツカーを、テールを振りながら鼻歌交じりで追い回せるほど優れた素性のシャーシだったのである。

その走りの個性は、約10年後に誕生して世界的なベストセラーになる、ユーノスロードスターにも通じるものだった。軽量コンパクトなボディに切れ味のいいエンジン、そしてピーキーすぎない足まわりにFRの駆動方式と、KP61型スターレットはライトウエイトスポーツカーが備えるべき要件を完備していたのだ。

3ドア1300S(1978年)

専用のハードサスペンション採用のシリーズきってのスポーツモデル。オートマチック車は設定されず、4速と5速のマニュアルミッションだけの設定。4速車は5速車より2.3万円安。ヘッドランプクリーナーやサイドストライプもS専用。

5ドア1300S(1978年)

主要諸元
●全長×全幅×全高:3725×1525×1370mm ●ホイールベース:2300mm ●車両重量:710kg ●乗車定員:5名 ●エンジン(4K-U型):直列4気筒OHV1290cc ●最高出力:72ps/5600rpm ●最大トルク:10.5kg-m/3600rpm ●最小回転半径:4.6m ●10モード燃費:16.5km/L ●燃料タンク容量:40L ●変速機:前進5段後進1段 ●サスペンション(前/後):ストラット式独立懸架/トレーリングリンク車軸式コイル ●タイヤ(前/後):145SR13 ◎新車当時価格(東京地区):82万1000円 ※諸元は3ドア1300S

実用車としての広い荷室空間を確保しつつも、リヤのハッチゲートには適度な傾斜がつけられており、単なる箱型ではないスポーティーで軽快なシルエットを演出する。

当時、FFが常識になろうとするなか、あえて縦置きFRを選択

2代目スターレットが登場した1970年代末には、すでに世界のコンパクトカーは今日のような横置きエンジンのFF2BOXが常識になろうとしていた。小さなボディと広い室内を両立させるためには、合理的なそのパッケージが最適解であることは、1959年に誕生した英国のミニや1974年の初代VWゴルフが証明していた。

操舵と駆動を前輪が兼ねるがゆえに、ミニの時代には問題だった駆動系のギクシャクした動きも、1966年にスバル1000が実用化に成功した等速ジョイントが解決。1969年のフィアット128で、エンジンとトランスミッションを横並びにする今日のFF車の基本レイアウトが完成され、VWゴルフもそれを採用していた。

ところがスターレットは、2BOXのデザインこそ世界の潮流に従ったものの、あえてコンベンショナルな縦置きエンジンのFRを選択し、だからこそスポーティーな走りのコンパクトカーとして当時の若者から支持されたのだ。

標準系は2本スポークだが、S系は3本スポークステアリングホイールを採用。写真のSEはキャストウッド製(Sはウレタン製)、パネルも木目調となった。また通常のウォーニングランプの他に、シフトの奥にOKモニターがあり、ストップランプやテールランプのバルブ切れやラジエータ水量不足などを知らせてくれた。

コンパクトカーだからこそきめ細かなシートアジャストが必要。フロントシートスライドは180mm、またリクライニング調整も改良されている。

「FFはスポーティーな走りには向かない」が定評だったこの時代、若者向けにFRを選択したKP61スターレット

もちろん、トヨタもFF方式を研究していなかったわけではない。スターレットのルーツとなる1961年登場の初代パブリカも、企画当初はFFでの商品化が検討されていた。ところが、技術的にまだ未熟だった当時は目標とする性能が満たせず、のちに初代カローラも開発する長谷川龍雄主査の決断でFR方式に落ち着いていた。

その後もFFの研究開発を進め、2代目スターレットと同じ1978年には、トヨタ初のFF車となるターセル/コルサの兄弟を誕生させている。しかし、この2車は若者にアピールするスポーティーな要素を持つクルマではなかった。

トヨタというメーカーは、技術を自前で開発することにこだわる。ターセル/コルサのFF方式も、エンジンを縦置きにする独自のシステムだった。カローラと共通のエンジンを縦に載せることでコストダウンを図り、FR車と技術を共用することで高い信頼性も確保する。じつにトヨタらしい思想がそこには込められていた。

しかし、当時の日本の自動車雑誌を始めとする市場の声は「FFはスポーティーな走りには向かない」が定評だった。VWゴルフにはすでにスポーツモデルのGTIも存在したが、日本には未導入。機敏なハンドリングをもってスポーティーと評する日本の論調では、スタビリティ重視のそれは支持されなかったかもしれない。

そこでトヨタは初のFF車を純実用車と割り切って開発し、若者向けにはFRのスターレットで保険をかけた。その作戦は見事に成功したのである。

1978年、高速巡航性能の高さを実証するためにドイツのハンブルグからイタリアのレッジオまで3200kmの高速耐久テストを実施。平均速度は121km/h。

1980年にマイナーチェンジされ、丸型ヘッドランプから異形ヘッドランプへと変更された。またサンルーフも採用されたが、電動スライド式ではなく着脱式で、外したルーフはラゲッジスペースに収納できた。またルーフが半透明の強化ガラスになるムーンルーフも選べた。

「走り、較べたし」挑発的なキャッチコピーが話題

「走り、較べたし」という挑発的なキャッチコピーを掲げた2代目スターレットは、CMでも過激な絵でスポーティーな走りをアピールした。トヨタのワークスドライバーも務めたオベ・アンダーソンのドライブで、WRCのツールドコルスが開催されるコルシカ島の急峻な峠道をドリフトで攻め、アウトバーンでも高速巡行性能と低燃費を証明したのだ。

その絵面にヤラれた筆者も、KP61型スターレットを手に入れると、夜な夜な奥武蔵周辺のラリーコースを埃まみれになって走り込んだ。筆者だけではない。以後、スターレットは優れたモータースポーツ入門車として多くの若者たちをサーキットやラリーコースに送り出すことになる。

もっとも、いかにスポーティーといっても、本格スポーツカー並みの性能を求めることはできなかった。本気で下りの峠道を攻めると、前ソリッドディスク/後ドラムのブレーキはたちまち音を上げて、もうもうと煙を上げてフェードした。1.3Lシングルキャブの低速トルクの細さはいかんともしがたく、高速道路の長い登りでは、5速のままではみるみるスピードが落ち、登坂車線への避難を余儀なくされた。

当時のカタログには、「比べたし」の謳い文句が随所に使われていた。それだけで若者たちをその気にさせていたのだ。

3代目スターレットでFF化。スポーティーなキャラクターはKP61から受け継がれ、そしてGRヤリスへと…

本気で性能を引き出すには腕がいるという意味でも、入門スポーティーカーとして好ましかったとも言えるかもしれない。1984年に誕生した3代目スターレットで、トヨタはようやく横置きエンジンのFFという常識的なコンパクトカーを送り出す。

しかしスポーティーなキャラクターは受け継がれ、こちらもモータースポーツで大活躍した。短期間ですっかりFFの走りをモノにしたトヨタは、このクルマに「かっとび」のキャッチフレーズに恥じない見事なハンドリングを与えていたのだ。

のちには全開加速でホイールスピンするほど、元気なターボも登場するが、ワインディングを攻めて楽しかったのは軽快なNAエンジン車のほう。この時代に急速に進化したタイヤとサスペンションは、「FF車はスポーツドライビングに向かない」というかつての定評を見事に覆し、しっかりとした接地感と、アクセルワークで自在に姿勢を制御できる、まさにファントゥドライブなハンドリングを実現させていた。

その走りは欧州でも磨かれて、スターレットはのちの世界戦略車・ヴィッツ=ヤリスを生み出す孵卵器となり、WRCを戦うトヨタのワークスマシン・GRヤリスへと繋がることになる。

3代目スターレット(EP71)

1984年に誕生した3代目スターレットで、トヨタはようやく横置きエンジンのFFという常識的なコンパクトカーを世に送り出すこととなった。

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