
5月30日、「ENEOS スーパー耐久シリーズ 2025 Empowered by BRIDGESTONE 第3戦 NAPAC富士24時間レース」が開催されている富士スピードウェイのカートコースにおいて、トヨタ自動車が入門用レーシングカート「GRカート」を公開した。子どもから大人まで手軽にモータースポーツに触れられる環境づくりを目指し、カーボンニュートラル燃料に対応。縮小傾向にあるカート競技人口の回復と次世代人材の育成を視野に入れた取り組みで、現在商品化に向けて開発が進んでいる。
●文:まるも亜希子 ●写真:月刊自家用車編集部
幼少期の記憶から始まるモータースポーツの入口
子どもの頃に遊園地やテーマパークで気軽に乗れたゴーカートの楽しい思い出は、大人になっても色褪せないものである。でも今までは、それが単なる楽しい思い出で終わっている可能性が高かった。「また乗りたい」「もっと上手くなりたい」といった子どもの心にせっかく芽生えた気持ちを、受け止めて大きくするにはたくさんのハードルが立ちはだかる状態だったからだ。
徹底してシンプルで低コストにこだわって開発されている。ワンメイク仕様なのでセッティングには一切触れない構造だ。
高額・運搬・整備……立ちはだかる現実の壁。業界の持続可能性を担う“ツールと機会”の必要性
「カートって本来はシンプルで親しみやすかったはず」。性能もコストも原点回帰をコンセプトにしている。
個人でカートを購入しようとすると本体だけでも相場は150万円ほど。自宅のガレージで保管するにも場所をとり、いざカート場へ運搬しようとすればハイエースクラスの積載能力を持つクルマが必要だ。他にも整備やメンテナンスの問題、カート場が近所にない、初心者には速すぎて危ないなどなど、さまざまな障壁が影響し、1995年前後をピークにカートの競技人口は激減。JAFカートライセンスの取得者数や競技会数を見ても、現在はピークの半分になっている。
この現状こそ、どうにかしなければモータースポーツの将来、ひいてはクルマ業界の将来が持続できなくなるかもしれない。ゴーカートに乗った楽しい思い出から一歩、先に進むためのツールと機会があれば、プロドライバーだけでなくエンジニア、メカニック、販売スタッフや部品メーカーなど自動車業界に欠かせない人材に育ってくれる可能性が高くなる。それならば今こそ、そのツールと機会をつくろうじゃないかという取り組みが、「GRカート」とともに発表された。
「GRカート」プロジェクトが始動
「GRカート」はもともと、カーボンニュートラル技術を手軽に体験してもらうためのツールとして、水素エンジンレーシングカートとカーボンニュートラル燃料レーシングカートの2種類が開発されており、2023年ラリージャパンとスーパー耐久レース最終戦で披露されていた。今回お披露目された「GRカート」はそのうちのカーボンニュートラル燃料のレーシングカートが進化したもので、できる限り安価で購入でき、低いスピードでも楽しめること、運転を学べることがコンセプトとなっており、シンプル&低コストにこだわって開発されている。
ステアリング上にデジタルメーターを備える。搭載エンジンはさまざまな用途に使用されているGB221型エンジン。排気量215ccの空冷4ストローク傾斜形横軸OHVガソリンエンジンだ。燃料は自動車用無鉛ガソリンのほか、カーボンニュートラル燃料が使用可能。
安価・安全・運びやすさを徹底追求した設計で、メンテナンス性向上と“整備の楽しさ”も導入
主な特徴としては、まずパイプ業界で最も安い規格材を使い、クルマの解析技術を駆使して楽しいと思える性能を実現した「GRカートフレーム」を採用。車体部品はすべてトヨタによる新設計だ。排気量215ccのエンジンは汎用エンジンを流用し、初期はガソリンにも対応可能とする。既存のカートはシートのポジションを一度合わせてしまうと、なかなか簡単にはずらすことができないものが多かったが、GRカートは小学生から大人まで乗れるようにと、ポジション調整機構を採用しているのもユニーク。また、既存のレーシングカートよりやや車幅をタイトにすることで、ハイエースではなくファミリーミニバンのノア/ヴォクシーのラゲッジに積載可能とした。専用のラックなどを使えば、大人が1人でも持ち上げて積み込むことができるようになっている。
ヨーロッパ製のカートフレームは最高級クロモリ材(クロム鋼にモリブデンを加えた合金鋼)だが、「GRカート」のフレームは、パイプ業界で最も安い規格材を使用し、ロボット溶接でコストを抑えようとしている。
保管やメンテナンスに関しても従来のような手間や大変さをなくしたいと、オイルやガソリンを抜かなくてもガレージに立てて保管することができ、ベルト駆動なので手や服が汚れにくく、整備は誰でも簡単にできる工夫があるところも魅力的だ。子供たちが自分から工具を握って整備し、「自分で整備したマシンで走った!」という喜びと自信を感じてもらいたいという想いが込められている。
安定感と安心感が際立つ走行性能。ポジションも合わせやすい
エンジン以外の車体部品はトヨタで新設計された。小学生から大人までが乗れるポジション調整機構を採用し、親子でいっしょに楽しめるがコンセプトだ。
今回、富士スピードウェイのカートコースにて、3周のみだが「GRカート」に試乗する機会をいただいた。小柄な女性から長身の男性までさまざまな方が交替で乗ったが、シートではなくペダルが前後に大きく動かせるようになっており、たった数十秒でベストなポジションに合わせてくれた。発進から感じたのはフレームの安定感。これまで国産から外国産までさまざまなカートに乗ったが、タイムを1秒でも縮めるために軽さを求めているものが多く、ガタガタとした振動が大きかったり、風にあおられてふらつくような場面もある。でもこの「GRカート」はそうした怖さとは無縁で、路面からのインフォメーションに集中してペダルやハンドル操作につなげる運転がしやすいと感じた。加速・減速のレスポンスも俊敏で、カーボンニュートラル燃料使用による影響はまったくないと思える。適度にブーンとエンジン音が響くので、気持ち的に「サーキットを走っている」と実感しやすいのは、電動カートともちがうところだ。
今回は追い越し禁止の追従走行による試乗だったので、なかなかアクセルを全開にはできなかったが、それでもある程度のスピード感、操る楽しさ、タイヤの摩擦や空気抵抗などの変化を感じるといった、カート走行で味わえる要素は十分に得られた。最初は飛び出したりスピンしたりしても壊れにくく、他のカートとのタイヤの接触を防ぐために、ワンタッチですっぽりと被せられるカウルも開発されており、これなら初心者の子どもでも、安心してカート体験ができるはずだ。現在はまだ、商品化に向けて鋭意開発が進められているとのことで、ぜひ近いうちに実現して多くの子どもたちに乗ってほしいと願う。
タイヤ供給と走行コストの現実。サブスクリプションの導入もあり!?
課題としては、国内のカート用タイヤがダンロップのみになってしまったため、この活動に本腰を入れるのであればタイヤの供給を立て直す必要がありそうなことや、せっかく「GRカート」が安価に手に入ってもカート場の走行料金が高いと手軽に走れないため、走行料金のサブスクなどを検討することも必要ではないだろうか。また、いきなりカートを購入するのはハードルが高いと感じる人も多く、子どもが成長してステップアップしていくことを考えると、トライアル期間を設けたり、「GRカート」そのものの利用をサブスクにするのもいいかもしれない。
カートの運搬というとハイエースクラスの大型バンが必要だが、「GRカート」はファミリーミニバンであるノア/ヴォクシークラスにも積載できるようにサイズを考慮。運搬用の折りたたみ式車台の用意も予定されている。また、子供でも扱える専用工具を工具メーカーと検討中とのこと。
水素エンジンカートも公開! モータースポーツとクルマの未来を担う挑戦に期待
さて、最後に同じく現在開発継続中の水素エンジンレーシングカートのデモ走行を見ることができたが、まず驚いたのが勇ましいエンジン音。「GRカート」から半周遅れてスタートしても、あっという間に追いついてしまうほどの段違いの速さ。排気量が250ccという違いもあるが、本格的にモータースポーツの上のカテゴリーを目指したい人にも満足度が高そうだ。日本の自動車業界を担う次世代の人材育成とクルマファンを増やすための「GRカート」の取り組みに、今後も期待している。
「GRカート」お披露目の場で、これまた開発中の水素エンジン仕様も公開された。車体向かって左側に水素タンクを搭載。250ccエンジンでとんでもなく速い。「GRカート」と一緒に走行したが、あっという間に「GRカート」を周回遅れに!
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事(モータースポーツ | トヨタ)
オートサロン2025で披露された注目バージョンが市販化 2020年に発売が始まったGRヤリスは、走りに直結するさまざまな改良を頻繁に行うことでも有名なモデル。それだけメーカーのこだわりが強いことをユー[…]
32号車GRヤリス ニュル24時間レースで鍛えたGRヤリスDATを国内の厳しい環境で検証 GRヤリスDATは、WRCやラリーイベントなどさまざまな道で鍛えられ、市販車にフィードバックするためスーパー耐[…]
改めて原点に立ち返って、新たな仲間とともに再スタート TGRRは、「TOYOTA GAZOO Racing(TGR)」と「ROOKIE Racing(RR)」という2つの活動を、「モリゾウ」という共通[…]
トヨタの水素技術とインフラの継続的な開発を担う、重要なキーモデル トヨタは「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」とカーボンニュートラル社会の実現を目指し、これまで日本のスーパー耐久シリ[…]
燃料でもマルチパスウェイ戦略を! トヨタがS耐富士24時間レースでで“液体水素”と“低炭素ガソリン”のダブル挑戦する根底にあるのは、「モビリティの未来は1つの道ではない」というトヨタのマルチパスウェイ[…]
人気記事ランキング(全体)
車内には、活用できる部分が意外と多い カーグッズに対して、特に意識を払うことがない人でも、車内を見渡せば、何かしらのグッズが1つ2つは設置されているのではないだろうか。特に、現代では欠かすことができな[…]
日常擁護型の本格キャンパー 街乗りの実用性とキャンピングカーの快適性。その両立は多くのモデルが言葉として掲げるが、実際に成し遂げるのは容易ではない。その点、日産のディーラー直営ショップが手掛ける「スペ[…]
ブラック加飾でスポーティ感を演出した、日本専用の上級グレードを投入 2022年より海外で展開している6代目CR-Vは、国内向けモデルとしてFCEV(燃料電池車)が投入されているが、今回、e:HEVを搭[…]
ホイールベース拡大を感じさせない、巧みなパッケージ設計が光る 2012年に登場した初代CX-5は、魂動デザインとSKYACTIV技術を全面採用した、マツダ社内では6世代商品と呼ばれているシリーズの第一[…]
オフローダーとしてのDNAをプラスすることで、アクティブビークルとしての資質をよりアピール 「デリカ」シリーズは、どんな天候や路面でも安全かつ快適に運転できる走行性能と、広々とした使い勝手のよい室内空[…]
最新の投稿記事(全体)
上質なコンパクトカーに新たな選択肢 プジョー208は、優れた取り回しと洗練されたデザインが評価されているハッチバックモデル。現行モデルは、独自設計のi-Cockpitの採用や、運転支援機能が強化された[…]
「’41」と名付けられた特別なミリタリーグリーン色を採用 ラングラー ルビコンは、世界で最も過酷な山道と言われるルビコントレイルを走破するモデルとして命名された、ジープのラインナップの中で最も高いオフ[…]
2026年度内の量産化を公言 スズキブースの目玉は「Vision e-Sky」と名付けられた、軽EVのコンセプトモデル。 スズキは「日々の通勤や買い物、休日のちょっとした遠出など、軽自動車を生活の足と[…]
BEVとしての基本性能を大きく底上げ 2021年にスバル初のグローバルバッテリーEV(BEV)として登場したソルテラは、電動駆動の利点を追求しつつ、余裕あるSUVボディや先進の安全装備機能が充実するな[…]
クルマ好きに贈るとっておきの一冊 自動車がとても珍しかった戦前から、販売台数過去最高を記録した1990年代までのクルマ業界の成長を振り返ることで、ニッポンの物づくりの力強さと開発者たちの熱い想いを肌で[…]
- 1
- 2




























