
1960年代、日本のモータースポーツ界に燦然と輝く金字塔を打ち立てたのがフェアレディだ。その正体は、多くの人がイメージする「Z」の前身にあたる、硬派なオープンロードスターだった。渡米した日産社長がミュージカル『マイ・フェア・レディ』に感銘を受け命名したという優雅な名を持ちながら、その実態は「国産最速」を標榜する極めてスパルタンなマシン。トラック譲りの屈強なラダーフレームに高回転型エンジンを押し込み、重いクラッチと跳ねるリアを腕一本でねじ伏せるその操作感は、まさに猛獣を飼い慣らす格闘そのものだった。欧州の名門ブランドに挑み、アメリカの地で「ダットサン」の名を轟かせた、日本スポーツカーの原点とも言える伝説のスポーツカー、それがフェアレディである
●文:月刊自家用車編集部
オープンマインドなスポーツカー。しかし、そのネーミングとは裏腹に乗り手を選ぶスパルタンスポーツだった。
「既存のパーツを組み合わせて、いかに安く高性能な車を作るか」が開発の至上命題だった
今日まで続く日産のスポーツカー、フェアレディの名は、1960(昭和35)年に初めて使われた。当時の日産社長、川又克二氏がブロードウェイで見たミュージカル「マイ・フェアレディ」に感銘を受けての命名だったという。
しかし、その優雅な名前とは裏腹に、その乗り味は極めてスパルタンなクルマだった。その理由は、当時の日産が「既存の乗用車のパーツを流用しながら、世界一の走行性能を絞り出す」という、なりふり構わない設計思想にあった。
フレーム構造は、現代の乗用車のようなモノコック構造ではなく、頑丈なラダーフレームの上にボディを載せる古典的な手法を採用した。頑丈すぎるフレームに、フロントこそダブルウイッシュボーン式独立懸架だったが、リアはトラックなどに使用されていたリーフリジッド(板バネ)を採用。これにより、路面の凹凸がダイレクトにドライバーの背中に伝わってくる「スポーツカーというよりトラックに近い」乗り心地だったのだ。路面状況を「いなす」のではなく「すべて伝える」その感覚が、このクルマの操縦を格闘に近いものにしていたようだ。
ボディサイドを一本貫く細いクロームモールと、フェンダーに輝く筆記体の「Fairlady」エンブレム。この華奢な装飾が、スパルタンな中身とのギャップを際立たせている。(SP310)
車を「ねじ伏せる」という形容が正しかった
もちろん、当時の技術力では、現代では当たり前になった「補助装置」が一切ない。停車中の据え切りは力勝負。さらにスピードが乗ってくると路面からのさまざま力が凄まじい勢いでステアリングに伝わってくるので、常に車を「ねじ伏せる」という形容が正しかった。
さらに、これらに輪をかけて、SR311に搭載されたソレックスツインキャブで武装したU20型SOHCエンジンの強烈なトルクを伝えるため、クラッチスプリングも非常に強力だったのだ。その重いクラッチのため、一度渋滞に嵌れば左足がパンパンになるほどであった。
国産車で初めて「時速200km」の壁を突破したSR311は、その高速域でさらに過酷さを増した。当時は走行時のダウンフォースという概念が低く、200km/h付近になるとフロントが浮き上がりそうになり、そのためステアリングの手応えが極端に軽くなるという恐怖に晒されていた。さらに、低いフロントウィンドウゆえに、風の巻き込みも猛烈だった。ルーフオープン走行時は、ゴーグルなしでは目を開けていることすら困難な「戦場」のような空間であったという。
極め付けは、搭載されたU20型エンジンそのもの。当時のレーシングエンジンの技術を市販車に落とし込んだようなシロモノで、使用されるソレックス・キャブレターは、気温や湿度によってエンジンの機嫌が変わるため、常に「吸気音」や「振動」に耳を澄ませ、ドライバーが車に合わせて調整する必要があった。加えて高回転型エンジンという性格から、低回転では扱いづらく、回せば回すほど牙を剥く特性だったのだ。街乗りを考慮した「快適なドライブ」ではなく、常に「全開走行」を強いるようなキャラクターは、スパルタン=じゃじゃ馬、という表現がそのまま当てはまるクルマであった。
日産の海外市場での拡販を狙うイメージリーダーであったフェアレディは、既存のパーツを流用した原始的な構造のオープン2シーターであったため「壊れにくい」、「競合イギリス車より安価」、そして何よりそんなライバルと比べると圧倒的に「速い」こともあり、北米市場を中心に一定の支持を得たのである。
フロントガラスが非常に低く設定されており、風と一体になるような視覚的効果を演出する。(SP310)
後部は独立トランクになっている。Xメンバーで足回りを補強。手動のキャンバストップを備える。(SP310)
比較的シンプルで、ダッシュボードの造形も「鉄板の美しさ」を活かしたもの。クラシックカーらしい優雅さを残している。(SP310)
運転席・助手席のすぐ後ろに、進行方向に対して真横を向いて座る補助席が1つだけ設置されている。(SP310)
SP310に搭載されるパワーユニットは、初代セドリックに搭載されていたG型1.5Lエンジンをベースにカムシャフトやクランクシャフトを高速連続走行を考慮して強化されている。
日産がスポーツカーメーカーとしての第一歩を刻んだクルマだった
SR311は、ソレックスツインキャブで武装したU20型2Lエンジンと当時としては画期的な「ポルシェタイプ・シンクロ」を採用した5速MTとの組み合わせで日本車としては初めて時速200㎞の最高速を実現した。
もちろん、モータースポーツでの活躍も華々しかった。
1963年に鈴鹿サーキットで開催された第1回日本グランプリで、初参戦したSP310(1.5L)が欧州の名門ポルシェやトライアンフTR4、MGなど強豪が参戦するB-IIクラスでクラス優勝を果たすのだ。日産がスポーツカーメーカーとしての第一歩を刻んだ瞬間であった。
そして最強モデルであるSR311(2L)が登場した1967年からは、フェアレディは黄金時代を迎えることになる。1967年、1968年の日本グランプリ(GTクラス)において、2年連続で1-2-3フィニッシュ(表彰台独占)という驚異的な戦績を達成する。さらに海外でも、1969年のSCCAナショナルレースでは、なんと1位から5位までをダットサン2000(SR311)が独占するという快挙を成し遂げている。そして、頑丈なエンジンと高い信頼性を武器に、整備性の悪い英国製スポーツカーを次々と打ち破っていくことになる。
1963年第1回日本グランプリで、B-IIクラス優勝を果たしたSP310。
ダットサン・フェアレディはZ伝説へとバトンタッチしていく
じゃじゃ馬娘がエレガントな淑女へと成長していくミュージカルが大ヒットしていくように、国内外のレース戦績に裏打ちされた目覚ましい活躍により、海外でも認められるようになっていく。そうして北米市場に浸透したフェアレディは、後継モデルとして1969年に登場するフェアレディZで、北米での販売台数をさらに増加させ、日産(当時はダットサン)のブランドは、一気に今日に至る信頼を勝ち得たのである。
長いボンネットと、極端に短いリアオーバーハング。ジャガーEタイプなどの欧州高級スポーツカーにも通ずる、完璧なスポーツカー・プロポーションとなったS30型フェアレディZ。
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