「硬派スポーツからラグジュアリーなデートカーに大変身⁉」高性能エンジンと先進技術を詰め込んだ3代目は、”先代の影”を払拭することができなかった│月刊自家用車WEB - 厳選クルマ情報

「硬派スポーツからラグジュアリーなデートカーに大変身⁉」高性能エンジンと先進技術を詰め込んだ3代目は、”先代の影”を払拭することができなかった

「硬派スポーツからラグジュアリーなデートカーに大変身⁉」高性能エンジンと先進技術を詰め込んだ3代目は、”先代の影”を払拭することができなかった

硬派なライトスポーツから、太陽を楽しむデートカーへ。スポーツカーとしての役割を担ったNSXやビートの登場により、ホンダ内での立ち位置を「速さ」から「開放感」へと大胆にシフトさせた3代目CR-Xデルソル。画期的な電動ルーフ『トランストップ』を武器に新たなスポーツカー像を提案したものの、時代を先取りしすぎたコンセプトは、残念ながら一般ユーザーからの支持を得ることができなかった。

●文:月刊自家用車編集部

3代目は、ガラリとコンセプトチェンジ。まるでミッドシップ車を思わせるフォルムとなった。全長は一気に200㎜も伸び、ホイールベースも延長されて、機敏なコーナリングマシンの性格は捨てている。代わりに目指したのが、ふたりで快適なオープンドライブが楽しめるデートカーという個性だ。

先代までの硬派ライトスポーツからがらりと性格を変えたデルソル

高性能はNSXに、機敏なフットワークはビートにお株を奪われたCR-Xの3代目が、それまでとは違う楽しさにスポーツカーの価値を求めたのは、ホンダの商品戦略の上では当然のことだった。1992年に登場したCR-Xデルソルは、「CR-X」という硬派なスポーツモデルの名前を引き継ぎつつも、ガラリと方向性を変えて「オープンエアの楽しさ」を追求した、非常にユニークな遊び心を持つクルマであった。

セカンドカーが珍しくなかった当時、豊かな時代のスポーツカーらしく、2人乗りと割り切る一方で、スイッチひとつでメタルルーフがリヤトランクに格納される電動トランストップを装備した。

5代目シビック(EG型)をベースに開発され、170PSまでチューンされたDOHCエンジンを搭載するものの、走りの方向性は2代目までのゴーカート的な超クイックな味付けではなく、気持ちよくオープンエアドライビングが楽しめるデートカーというキャラクターに変貌した。

ヘッドライトの内側に、小さく丸いアクセサリーライト(ハイビーム/スポットランプ)を配置。

サブネーム「デルソル=太陽の…」が示す、立ち位置の変化

1992年にNSXにタイプRが誕生して話題を呼び、1995年のインテグラ、1997年のシビックにも設定されてストイックな走りを望む層を満足させたことも、CR-Xのホンダにおける立ち位置を変えさせていたといえる。戦闘モードを感じさせないデルソル(スペイン語で太陽を指す)というサブネームも、それを告げていたのだ。

しかし、残念ながら当時の日本では「実用性の低さ」や「先代とのキャラとの違い」、さらには電動ルーフを採用したことによる鈍重感などから販売は苦戦することとなった。そのため、国内累計登録台数は約1.6万台と伸び悩み、当時、同じオープン2シーターだったユーノスロードスターのような支持は得られることはなかった。そしてCR-Xの名は、1999年にこのモデルを最後に消えてしまうのだ。

伸びやかで流麗なシルエットは、ストイックな走りのスポーツカーだった先代とは全く違う、オシャレなデートカーを表現していた。

電動ハードトップ格納機構(トランストップ)を搭載したモデルは、ルーフを収納するためにリアデッキが高めに設計されている。この「厚み」のあるリアエンドが、サイドから見た時の独特なウェッジシェイプを形成している。

インパネも外観と同様にやや丸みを帯びた優しいデザイン。硬派な走りのクルマのエッセンスは、あえて排したような造形だ

この時代に日本車がもっとも進化した部分のひとつがシート。快適性もホールド性も、1980年代前半とは別物の完成度に到達していた。

トランストップ格納行程

電動トランストップの開閉はボタンひとつ。まずトランクリッドが屋根の高さまで持ち上がる。

次にルーフ後端が持ち上がる。

トランクリッド下にスルスルと引き込まれていく。

元通りに降りて完成。電動式のほかに、手動でルーフを取り外してトランクルームに格納する仕様もある。

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