
マツダの誇るライトウエイト(オープン)スポーツの「ロードスター」シリーズは、初代が発売された1989年から数えて36年の歴史を持つ人気車種です。2015年に4代目となる「ND系」へとモデルチェンジがおこなわれたのはまだ記憶に新しい感じがしますが、4代目で原点回帰をコンセプトに盛り込み、またライトウエイト・スポーツのジャンルを活性化した感があります。ここではそのシリーズの原点となった初代の「NA型 ロードスター」をすこし掘り下げてみたいと思います。
●文:月刊自家用車編集部(往機人)
未知の需要に果敢に挑戦して大ヒットを記録
初代ロードスターこと、「ユーノス・ロードスター(NA系)」が発売されたのは1989年です。年号が昭和から平成に切り替わった年で、1980年代後半から勢いが高まり始めた「バブル時代」の真っ只中という時期でした。
どのメーカーも潤沢な資金にものを言わせて、販売チャンネルの複数展開や、新たな車種を増やすなど、規模の拡大に熱心に取り組んでいました。代表的なのが日産の「901運動」でしょう。これは1990年代のうちに世界一の性能を確立するというもので、シルビア(S13)やセフィーロ(A31)、スカイラインGT-R(R32)など、多くの名車が生まれました。他のメーカーでも、「トヨタ・セルシオ」や「ホンダ・NSX」など、日本の自動車史に名を残す存在も多く誕生しています。高性能ターボエンジンを搭載した各メーカーのフラッグシップ機による動力性能競争が最も扱ったのもこの時期です。
そんな時期にマツダでもハイパワースポーツの「RX-7(FD-3S系)」の開発を進めながら、まるっきり方向性が異なるライトウエイト・スポーツ車の計画を実行していたのです。大きく、速く、高級に、という時代の流れをまるで無視したこの企画は、企画を通すための説得材料になる前例がほとんど無く、マツダの社内でも疑問視する声は多かったようです。
1985年に完成した自走可能なプロトタイプ。英国のIAD社に製作を委託、デザインの監修はマツダリサーチセンターアメリカが主導。
しかし一部の“好き者”たちは、市場調査のデータから「きっと売れる」という手応えを掴んでいたため、水面下で企画を密かに進めます。当時設立したばかりのカリフォルニアR&D拠点「プラン・アンド・リサーチ(のちのMRA)」を巻き込んで、試作モデルの制作をおこないました。その試作モデルをデザインセンター近くの公道の路上に展示したところ、多くの人だかりができたのでさらに企画の優位性を確信した、というエピソードはその筋では有名な話です。
1989年のシカゴオートショーでのミアータ初公開時に提案されたマツダノースアメリカ監修のコンセプトモデル「クラブレーサー」。
そうして着々と足場がために成功したプロジェクトは軌道に乗り、見事初谷に漕ぎ着けました。1989年の5月に北米で、7月に日本国内で発売された「ユーノス・ロードスター」は、瞬く間にバックオーダー状態となり、半年以上の待ちが発生して、自動車業界全体としても大きな話題となりました。
そして、その成功を見た他のメーカーもライトウエイト・スポーツのジャンルに可能性を見て、それから日本国内に留まらず、欧州車などで多くのフォロワーを生み出すきっかけにまでなりました。
マツダ ロードスター 初期型 NA6CE(1989年)
国内向けの右ハンドルモデル。米国で先行販売されたミアータと外観はほぼ同じ。デビュー時はモノグレードで、パワーステアリング/パワーウインドウ/MOMO製本革ステアリング/アルミホイールのスペシャルパッケージ(15万円高)が選べた。
16.5万円でオプション設定されるプラスチック製のデタッチャブルハードトップ。
パワー競争真っ只中にローパワーのFRを発売
前述のように「ロードスター」が発売される以前の国内市場はハイパワー競争が過熱していて、「280馬力までに留めましょう」という自主規制をメーカー間の合議で設定するほど、各メーカーのフラッグシップ機の高性能化に注目が集まっていました。
それに対して「ロードスター」のエンジンは直列4気筒DOHC自然吸気の1.6L(B6型)と1.8L(後期・BP型)の2種のみで、スペックは1.6Lが120ps、1.8Lでも130psと、当時のマツダのエンジンとしては高出力仕様でしたが、クルマ好きに響く数値ではありませんでした。
しかし、「ロードスター」が目指したのは単純な速さではなく、人車一体となれる「操る楽しさ」でした。そのため駆動レイアウトは、アクセルのオンオフによる車体の挙動変化が分かりやすいFRが選ばれます。ただ、それを進めるには新たにFRシャーシを作らなければならないというハードルがありました。
マツダには「RX-7」というFRシャーシがありましたが、それでは求めるコンパクトなサイズに収まりません。かと言ってイチから設計するのは予算と時間が合いません。そこで他の車種用のシャーシの技術資産を最大限に活用して、なんとかこのサイズのシャーシで、スポーツ車として理想的な前後重量配分50:50を実現しました。
エンジンも同様の理由から、「ファミリアGT」グレード用の「B6型」がベースに選ばれます。これをFR用に縦置きするためにモディファイがおこなわれ、高回転化のチューニングがほどこされ、専用デザインのヘッドカバーが装着されたのがFR仕様の「B6-ZE」エンジンです。発売当初はこの1.6Lのみの構成でした。パワー自体は特筆できるものではありませんが、その高回転化が効いて、回転フィールの良さが評価されます。エンジンの出力を後輪に向けて伝達する駆動系も新開発ではありません。
トランスミッションは高級セダンの「ルーチェ」用の5MTをベースに大幅改良がおこなわれ、ギヤ比の最適化、軽量化、シフトフィールの改良がほどこされた結果、ケースくらいしか元が残らなかったそうです。デファレンシャルギヤボックスは商用車の「ボンゴ」から流用されました。こちらもトランスミッションと同様にややサイズが過剰ですが、FR用で最適な減速比が用意できる候補として選ばれたようです。
そしてサスペンション型式は、マツダでは初採用となる「ダブルウイッシュボーン」が選ばれました。これによって素直なハンドリングと車体の挙動が得られ、まさに人馬一体という乗り味が楽しめるクルマに仕上がっています。
ファミリアに積まれる1.6L16バルブDOHC、B6型の改良型エンジンを搭載。
2名乗車時に、ほぼ50対50の前後重量配分を実現するため、エンジンや燃料タンクなどの重量物はホイールベース内に、またアルミ製ボンネットフードや軽量バッテリーでとくに前後オーバーハングの重量をそぎ落としている。
独特の丸いデザインは実は挑戦的なものだった
「ユーノス・ロードスター」の個性を際立たせる要因で、外観のデザインは外せません。可愛らしい丸みを帯びたフォルムはコンパクトな車体にマッチしていて、ライトウエイト・スポーツ的でありながら、女性がハンドルを握りたくなる魅力も備えていました。
デザインのテーマの下地には日本の伝統工芸の要素が潜んでいます。リトラクタブルヘッドライトと楕円形のコンビランプ、バンパーの丸い開口部で構成される顔まわりは、若い女性を象った能面の「小面」から、サイドのなだらかに上下する膨らみの変化は同じく能面の「若女」がモチーフだそうです。
全体のなめらかに変化するボディ面は、よく見るとキャラクターラインやプレスラインのような基準になるラインが存在せず、デザイン部のモデラーを大いに苦労させたそうですが、それが結果的には一般層から玄人まで高い評価となって現れています。
特徴的なだ円のテールランプも、江戸時代の商人が使った「分銅」の形からインスパイアされたものだそうで、その高いデザインクオリティが評価されて、ニューヨーク近代美術館へ所蔵されているそうです。また、小ぶりなドアハンドルも特徴的ですが、これは爪の長い女性でも気を使わずに開閉できるようにと考えられたものだそうです。
独特なデザインのテールランプは、ニューヨーク近代美術館に収蔵されている。
この初代「ロードスター」は、中古車市場でも発売からずっと高い人気を見せていますが、タマ数が多いせいか、旧車人気の波には大きくは影響を受けていないようで、比較的手頃に入手できるようです。2025年中盤の中古車市場のメインボリュームは150〜250万円という価格となっています。気になるという人は相場の変化にも注目してみてください。
マツダ ロードスター 1.6L Vスペシャル(1990年)
1年遅れで登場したVスペシャルは、ロードスターのイメージリーダーにもなったヴィンテージ志向モデル。ブリティッシュグリーンを彷彿させる濃緑の外装色、タンレザーシートやナルディ社のウッドステアリングなどを標準装備。
シンプルでタイトなインテリアは茶室をイメージしてデザインされたという。T字型のインパネはセンターコンソールを除く全面にソフトパッド加工が施される。Vスペシャルは、ナルディ製ウッドステアリングとシフトノブが標準設定された。
角度は限られるもののリクライニングが可能なシートはヘッドレス ト部分にスピーカーが埋め込まれる。タンレザーシートが標準装備だったVスペシャル。ノーマルモデルのシートは撥水加工されたクロス地が採用さらた。
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