
1990年に登場した日産・パルサーGTi-Rは、世界ラリー選手権(WRC)制覇という使命を背負って誕生したホモロゲーションモデルだった。軽量・コンパクトなハッチバックボディに、最高出力230PSを誇る「SR20DET」直4DOHCターボと、フルタイム4WDシステム「ATTESA」を搭載。巨大なボンネットバルジや大型リアスポイラーを備えた過激な姿と圧倒的な加速力は、「コンパクトモンスター」として圧倒的な存在感を醸し出していた。
●文:横田晃(月刊自家用車編集部)
強力な2LDOHCターボとフルタイム4WD(アテーサ)によって圧倒的な加速力を誇ったが、フロントヘビー気味だった車体バランスと細いタイヤの影響もあり、コーナリングはかなりピーキーだった。
かつて、クルマの性能がカタログスペックで語られる時代があった
最近では、クルマ選びでカタログに載る最高出力、つまり馬力を重視する人は少ないだろう。現代のクルマはたとえ軽自動車でも実用には十分な走りの性能を備えているし、生活の伴侶としてのマイカーでは、馬力より燃費の方がよほど切実な問題だ。
そんなトレンドを反映して、今やスポーツグレードが設定されないクルマも増えているのだが、じつは今日のコンパクトカーの馬力は、半世紀前のスポーツモデルより上だったりする。1970年代に若者の憧れだったクーペ、たとえば初代トヨタセリカ1600GTやTE27型カローラレビン/スプリンタートレノ、三菱ギャランGTOなどは、いずれもカタログに載るパワーが110PS少々で威張っていられたのだ。
6気筒2Lを積む、1972年デビューの日産スカイライン2000GT、いわゆるケンメリスカGの排ガス規制前のモデルでも、最高出力は125PSに過ぎなかった。その後、電子制御燃料噴射システムで排ガス規制をクリアした同モデルのカタログ出力は130PSに向上しているが、ドライバビリティは大幅に悪化していて、実際の走りは規制前より冴えなかったものだ。
すでに前時代の高性能車を凌駕した現代の普及モデル
ケンメリの前のハコスカことC10型スカイラインGT-Rの、レーシングマシン用をデチューンしたS20型2L6気筒24バルブDOHCエンジンでも、カタログ出力は160PS。しかも、当時のカタログ値は発電機などの補機をつけない状態で計測したグロス出力だから、車載状態に近い補機つきで測る現在のネット出力なら140PS台だろう。
対して現行型のトヨタヤリスの1.5Lガソリン車のカタログ上の最高出力は、ネット120PS。ホンダフィットのガソリン車の1.5Lもネット118PSもある。つまり50年前の1.6Lスポーツクーペより強力なのだ。
さらにフィットのスポーツグレードのRSは、ハイブリッドのモーターも122PSの高性能だ。このモーターは起動の瞬間から3000rpmまで、253Nmもの大トルクを発揮する。先のスカイラインGT-Rの176Nm/5600rpmと比べれば、どちらの加速性能が優れているかは議論するまでもない。現代のクルマは物凄い高性能なのである。
WRC参戦を前提に開発されたGTi-Rだが、タイヤサイズを大型化することができなかったため、致命的なグリップ不足を引き起こした。
「高出力」「高性能」という夢を追いかけ登場したモンスターコンパクト
そうした進化は、1970年代に既存エンジンの電子制御化や高性能触媒の開発成功などによって、排ガス規制適合とともに燃料の完全燃焼制御技術を手に入れた日本メーカーが、バブル景気に向かう1980年代に潤沢な開発費を注いで、世界と肩を並べる新世代エンジンの開発を競ったことで始まった。
中でも高性能エンジンの開発に熱心だったのが日産だ。1989年に、その後長く続く最高出力の自主規制値となるネット280PSに到達したZ32型フェアレディZやR32型スカイラインGT-Rがその代表だが、その勢いはコンパクトカーにも及んでいた。1990年に登場したパルサーGTI-Rは、横置きエンジンの実用FF2ボックス車に230PSの2Lエンジンを搭載し、スカイラインGT-Rにも搭載された電子制御4WDシステムのアテーサを組み合わせた、モンスターコンパクトだった。
S13シルビア&180SXに搭載されていたSR20DET型直4DOHCターボエンジンを、WRC参戦のために専用チューンされていた。当時の2Lクラスエンジンでは最強の230PSを発揮。
ボンネット中央に張り出した大型エアーインテーク。迫力あるこの大型バルジは、パルサーGTi-Rのランドマークとなっていた。
当時のスポーツモデルは、パワーユニットの進化に追いついていなかった足回りとボディ剛性
それは1990年までに動力性能で世界一になるという、日産社内の901活動と呼ばれるチャレンジの成果だったが、じつはそれを支えていたのはエンジンだけではない。この時代に大きく進化したのは、ボディのほうだ。
1980年代前半までの国産スポーツモデルは、パワーこそ日増しに向上していたが、ボディと足が追い付かず、ハードコーナリングでは早々に姿勢を崩すクルマも珍しくなかった。現在ではヒストリックスポーツカーの代表格となったAE86型レビン/トレノがドリフトマシンとして脚光を浴びたのも、鋭く吹け上がる4A-G型新世代エンジンの性能に対して、やや旧式のリンク式リジッドリヤサスの足という組み合わせに起因していた。
おかげで大きな事故には至りにくかったということもあるが、当時はブリヂストンのポテンザやヨコハマのアドバンといった高性能スポーツタイヤが続々と登場していた時期。それらを履くことでコーナリング限界が上がる一方、ギリギリまでグリップして最後に裏切られるような、危険な挙動が出やすくなったのも確かだった。
サイドサポートだけでなく、肩回りまでしっかりホールドするショルダーサポートを備えた専用のフルバケットシートが標準装備された。
スポーティな3本スポークの専用ステアリングを採用。センターコンソールには3連メーターは、油圧計・油温計・ブースト計が設けられている。
GTi-Rは、専用チューンされた5速MTのみの設定。ラリー使用を前提にギアはクロスレシオとなり、強化クラッチが採用されていた。
カタログスペックだけではなく、クルマそのもののトータルバランスが進化
日産の901活動を筆頭に、80年代には各社の実験部隊が世界の道を走り込み、高い高速安定性と正確かつ安全なハンドリングを両立させていた欧州車の秘密を解析していった。結果、走りの基本がボディにあることが広く認識されるようになり、高性能なエンジンを積んでも破綻しないハンドリングが、実現されていったのだ。
事実、GTI-Rが設定されたN14型パルサーの記者発表会では、開発者がボディ剛性の解析に使ったという模型を手に壇上に立ち、いかに素晴らしいボディができたかを力説していたものだ。また、このモデルの開発に携わったテストドライバーは、N14型では最初から高性能エンジンの搭載を前提に、ノーマル車より太いサスペンションストラットの装着やボディ補強などの、実験部から出した要望を取り入れた設計がなされていたと筆者に語った。
WRCへの参戦も視野に生まれた高性能コンパクトカーのパルサーGTI-Rは、まさにそうした地道な研究開発の到達点として、バブル景気の真っ盛りに世に出たのだった。
パルサーGTi-R主要諸元(1990年)
●全長 × 全幅 × 全高:3,975× 1,690× 1,400(㎜)●ホイールベース:2,430㎜●トレッド(前 / 後):1,440 / 1,415(㎜)●車両重量:1,220kg●乗車定員:5名●エンジン型式:SR20DET水冷直列4気筒DOHC16バルブターボ●総排気量:1998㏄●最高出力:230ps/6400rpm●最大トルク:29.0kg-m/4800rpm●駆動方式:フルタイム4WD●5MT●サスペンション(前/後):ストラット/パラレルリンクストラット●ブレーキ(前/後):Vディスク/ディスク●タイヤ:195/55R14
当時のWRC競技車両に使用されていた通信用アンテナを彷彿させるルーフアンテナを採用。
リアの大型スポイラーは、WRCの高速ステージでリアタイヤを路面に押し付けるダウンフォースを発生させるための実用的な空力デバイスであった。
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