
ホンダが「シティ」という車種を販売していたことを知っているという人はどれくらいいるのでしょう?
日本国内市場では1995年まで販売していましたが、それももう30年前の話なので、20代の若い層は耳にしたことも無いいう感じではないでしょうか。でも、調べてみると実は、海外ではまだ根強くブランド力を保って支持されているらしいと知って驚きました。いわゆるASEAN=東南アジア向けの車種として現役で販売が継続されていました。
話は国内に戻して若い人向けに説明すると、「シティ」というのは現行車種で言うと「フィット」のご先祖様です。車種の系譜の“あるある”ですが、初代は大ヒットしている割合が高いという傾向があります。初代がヒットしないと2代目以降を続ける原動力にならないので当然と言えば当然ですが…。
さてここで紹介する初代「シティ」もその例に漏れず大ヒットを記録した1台で、ホンダの歴代車種を紹介する際には欠かせない存在でしょう。その初代「シティ」について、ちょっと掘り下げてみましょう。
●文:往機人(月刊自家用車編集部)
デビュー時はEとRの2タイプ。Rは前後スタビライザーで足を硬めたスポーティ仕様。後に追加された脱着式のスモークドガラスサンルーフは4万円高で設定。直射日光をさえぎるサンシェードも付く。
主要諸元 シティR(1981年式)
●全長×全幅×全高:3380㎜ ×1570㎜ ×1470㎜ ●ホイールベース:2220㎜●車両重量:665㎏ ●乗車定員:5名●エンジン(ER型):直列4気筒SOHC1231㏄ ●最高出力:61PS/5000rpm●最大トルク:9.8㎏-m/3000rpm●最小回転半径:4.5m●10モード燃費:19.0㎞ /L ●燃料タンク容量:41L●トランスミッション:前進5段・後進1段●サスペンション(前/後):ストラット式コイルスプリング/ストラット式コイルスプリング(コイル分離式)●タイヤ:165/70SR12 ◎新車当時価格(東京地区):78万円
環境問題が叫ばれ始めた時代に登場したコンパクトカー
初代「シティ」が発売されたのは1981年です。1980年代初頭の日本は、高度経済成長のおかげで消費が潤って勢いを増し、文化や娯楽がアチコチで新しい花を咲かかせ、バブルの前夜的に浮かれムードが始まっていた時期です。
自動車業界を見ると、機能や性能重視だった1970年代初頭から徐々に、華やかさや楽しさ、スタイリッシュなどの新たな付加価値を模索して手を伸ばしている時代でした。その一方で急激な産業の発達や航空やモータリゼーションの普及によって環境問題が深刻さを増していた時代でもあります。
そのため、外観はスタイリッシュに低く構えたデザインが主流となる一方で、エンジンには環境問題に対応するために燃費や排出ガスのクリーン化が課題でした。世間の浮かれたムードに反して、クリーンでコンパクトなクルマが求められていたようです。
このときのホンダでは、大衆車のシビックがサイズも排気量も徐々に大きくなっていき、上にスライドして空いてしまったコンパクトカーのクラスを受け持つ車種の必要性が高まっていました。そんなプレッシャーがある中で立ち上げられたプロジェクトチームは、平均年齢が27歳という若手ばかりが抜擢された挑戦的なプロジェクトだったようです。
低燃費自慢だったコンバックスエンジン
CVCC-Ⅱをベースに新開発されたCOMBAXエンジン。66㎜ ×90㎜ の超ロングストロークで圧縮比は10.0、低・中速トルクの良さに定評があった。COMBAXはCOMPACTとBLAZING-COMBUSTION AXIOM(高密度速炎燃焼原理)を略した造語。
タブーを覆して誕生した「トールボーイ」
最初はシビックの小型版を想定していたそうですが、「焼き直しでは市場に訴求できない」と仕切り直している時に、英国車の「MINI」のコンセプトが突破口になり、後に「トールボーイ」と呼ばれる新機軸が生まれました。それまではどのメーカーも市場の要求に合わせてスタイリッシュな背の低いデザインを選択していて、背の高いデザインのクルマは皆無でした。
しかし「MINI」の「クルマは小さく室内は広く」という超普遍的なコンセプトに光明を見出したプロジェクトチームは、タブーに囚われていては新たな提案はできないと、“常識”の圧力を撥ね除けて、自分たちが信じた方に舵を切りました。その結果、それまでは見たことが無いような高いルーフと、シャープでクリーンな印象の直線基調のデザインをまとった「シティ」が誕生しました。
もちろん市場の反応は「なんじゃこりゃ!」です。
しかしその斬新なデザインに反発していた人たちも「なんかカッコイイんじゃないか?」という風潮に変わり、思い切って背を高くしたことによる使い勝手の良さが評価され、気がつけば大ヒットを記録していました。スタートは型破りな発想ですが、市場の“求め”にしっかり真正面から向き合った真面目なクルマづくりが市場に受け入れられたのでしょう。現代のクルマづくりにも、学ぶ要素は多いと思います。
シートバック上部を思い切って切り下げたユニークな形状のローバックシートだが、当時の記事ではとくに横方向のサポート性の良さを絶賛する声も多かった。なおRのリヤシートはワンタッチで取り外せるデタッチャブル式になっていて、取り外したシートは野外ソファとしても使えた。
ポップなCMによるイメージ戦略が功を奏して、大ヒットに!
そのように、実は使い勝手の良さやコストダウン、軽量化など、コンパクトカーとしてより良いものを作りたいという、“くそ”を付けたくなるくらいに真面目に取り組んで作られた「シティ」ですが、型破りなところや斬新なデザインのイメージが先行して、若者向けのポップでお洒落なクルマという印象が残っているという人もけっこういました。そのイメージ付けにひと役買っていたのがテレビCMなどの広告です。
当時を知っている世代なら、「チャッチャッチャッチャ♪ シティ〜!シティ〜!ホンダ!ホンダ!ホンダ!」とロボ的な動きで外国のモデル数人が行進するCMを思い出してニヤリとすることでしょう。まさに1980年代初頭のポップカルチャーを集めたような、良い意味で「チャラさがイカす!」という印象のCMでした。これが見事にハマり、クルマの素性の良さとの相乗効果で大ヒットに繋がりました。
当時、英国の無名スカバンド、「マッドネス」のメンバーがムカデのように連なって踊りながら「♪ホンダ、ホンダ、ホンダ、ホンダ」と連呼するCMはクルマ以上に話題性を呼んだ。
初代モデルの大成功から、次々と派生モデルが登場した
ほぼ同時期に発売された「フィアット・パンダ」と、サイズやコンセプト、雰囲気が似ていることからちょくちょく比較されていましたが、あらためて並べて見てみると、「シティ」の方が新しさがあり、まとまりも良いなという印象です。これは初代「シティ」が好きという贔屓目を抜きにしてみても、あながち間違っていないと思いますがいかがでしょうか?
「シティ」以外にも、この時期くらいから日本車のデザインが海外でも一定の評価を得始めていたように思います。初代「シティ」はこの大ヒットの勢いのまま、翌年の1982年に「ターボ」を、1983年にはさらにハイルーフ仕様の「マンハッタンルーフ」と、「ターボ」をワイドフェンダー化した「ターボⅡ(ブルドッグ)」を、そして1984年にはフルオープンの「カブリオレ」を立て続けにリリースして“シティ帝国”を築きますが、そちらの派生モデルの紹介はまた別の機会にお送りします。
シティへの車載を前提に開発されたモトコンポも同時発売
シティの荷室にすっぽり格納できるモトコンポは8万円。全長×全幅×全高は1185㎜ ×535㎜ ×910㎜ 、車両重量は45㎏ 。2.5PSの49㏄ エンジンを積み公道も走れる。燃料タンク容量は2.2ℓ。ホンダはシティで4+2ドライブの楽しさを提案。2001年の2代目ステップワゴンにも車載用電動アシスト自転車「ステップコンポ」を設定した。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事(ホンダ)
2026年の新型は、例年以上に期待できるクルマが多そう 近年、クルマの発表と発売の関係が、以前とは変化してきた。かつては、発表=発売そのものだったのだが、最近は発表から、実際に売りに出る発売までの期間[…]
WONDER NS660 ホンダS660をNSXにしてしまうボディーキット! 軽自動車をモディファイしてベース車とは違うカタチに仕上げるのは東京オートサロンでもお馴染みの手法ですが、徹底的にやろうにも[…]
愛車の「こだわり」が家族の思い出になる このコンテストは、リアルなパパ・ママの視点でカスタマイズされた「最強の子育て車」を決定するSNS参加型イベント。Instagramへの投稿を通じて、全国の子育て[…]
ドライバーにも人気のMUJI頑丈ボックスに新ラインナップ 無印良品の頑丈収納ボックスはサイズ展開が豊富で、洗車用品などのカーグッズ入れるのに便利だ。キャンプなど趣味のギアを入れるコンテナボックスとして[…]
「ホンダアクセス」と「無限」、その違いとは? 年明けそうそうとなる1月中旬にホンダアクセスと無限による「Honda カスタマイズモデル試乗取材会」が実施された。 ホンダのカスタマイズ・ブランドとして知[…]
最新の関連記事(旧車FAN)
絶賛されたデザインは、117クーペと同じく量産化には不向きだった モーターショーに出展される華やかなコンセプトカーには、いくつかの異なる狙いがある。研究開発中の最新技術やデザイン案を盛り込んで、近未来[…]
本田宗一郎が勝ち取った赤いボディ 高性能とともに、1960年代の若者に人気だったのが赤いボディカラー。じつはそれを実現させたのは、本田宗一郎でした。1950年代のクルマは、運輸省(現国土交通省)の認可[…]
日本で初めて「GT」を名乗ったのは、スカイラインではなかった 〝スカG〟はスカイラインGTの愛称となりましたが、そもそもGTは人気ゲームソフトのタイトルにもなっているイタリア語の〝グランツーリスモ〟の[…]
三菱シルバーピジョン 空の技術者たちが率いる自動車開発 1945年8月の敗戦で、日本の工業生産はすべてがリセットされました。ダグラス・マッカーサー元帥率いるGHQ(連合国軍総司令部)は、日本がふたたび[…]
造船から自動車へ。「ディーゼルエンジン」のいすゞへと進化した訳 明治以降の日本の近代化を牽引したのは、政府が後押しする国策企業。その仕事の中心は、富国強兵の旗印の下で、軍が資金を出すプロジェクトだった[…]
人気記事ランキング(全体)
まずは基本を解説。ねじ径に対応した適切なサイズを選択 ドライバーには使う目的や使用する場所に応じた形状や長さ、ねじ径に対応したサイズと種類がある。 たとえば、ドライバーで回すねじサイズは通常8mm以下[…]
レガンスが導き出した「6人乗りキャンパー」という答え 「キャンパースタイル・ツー」は、レガンスが長年培ってきたカスタムの思想を、そのままキャンピングカーへと落とし込んだモデルだ。ベースとなる考え方は明[…]
ドアのストライカー部分の隙間を埋めてボディの剛性をアップ 今回紹介するアイテムはアイシンのドアスタビライザー(※株式会社アイシンの登録商標)は、車両のドアをボディと一体化させることで、走行性能を向上さ[…]
セレナという選択肢を、旅仕様へと引き上げたP-SVの立ち位置 ベース車にセレナを選んだ意味は大きい。ミニバンとしての完成度が高く、走り、静粛性、使い勝手のバランスが取れているモデルだからこそ、車中泊仕[…]
“万能軽四駆”という企画は、一発逆転を目指した弱小メーカーから生まれた クルマの開発には大金がかかる。たった1枚のドアを開発するだけで、そのコストは億単位になるという。いかに自動車メーカーが大企業でも[…]
最新の投稿記事(全体)
トヨタ自動車株式会社 代表取締役会長 豊田章男氏 「経営者の肩書」だけでは届かない殿堂 米国自動車殿堂は、1939年に設立された自動車産業の功労者を顕彰する場だ。対象となるのは企業や製品ではなく、人。[…]
車中泊を安心して、かつ快適に楽しみたい方におすすめのRVパーク 日本RV協会が推し進めている「RVパーク」とは「より安全・安心・快適なくるま旅」をキャンピングカーなどで自動車旅行を楽しんでいるユーザー[…]
デジタルで無限に広がる!唯一無二のオフローダー「ジムニー」の魅力 スズキの「ジムニー」は、本格的な4WD性能を備えた唯一無二のコンパクト4×4として、1970年に初代が誕生。以来、2代目・3代目と熟成[…]
知名度はこれから? まずは「知ってもらう」提案から すごいことが起こっている。大幅な改良が行われて2025年10月に発売となった新しいbZ4X(ビーズィーフォーエックス)が、たった2か月あまりで受注台[…]
まずは基本を解説。ねじ径に対応した適切なサイズを選択 ドライバーには使う目的や使用する場所に応じた形状や長さ、ねじ径に対応したサイズと種類がある。 たとえば、ドライバーで回すねじサイズは通常8mm以下[…]
- 1
- 2




























