
日本経済の絶頂期とも言える1980年代後半に開発が始まり、1990年代初頭に発売された軽のスーパースポーツカー「ABC(AZ-1/ビート/カプチーノ)」。そのどれもがエンジニアやメーカーの本気が伝わってくる熱いクルマだった。そんなABCの先陣を切って発売されたビートは、軽自動車の小さなボディに、スーパーカーNSXやホンダF1黄金期のテクノロジーを惜しげもなく投入。初めて造るミッドシップオープンカーということで、そのボディ剛性はこれでもかというほど高く設計された。そしてホンダらしい高回転エンジンはまるで高性能バイクのように気持ちよく吹け上がった。ABCが発売されてははや四半世紀以上。こんなにも実用性を無視し、こんなにもバリューフォーマネーの高いクルマは、いまだに出ていない。
●文:横田晃(月刊自家用車編集部)
キビキビした躍動感の中にキュートさも感じさせるエクステリアデザイン。ピニンファリーナ社のデザイナーが関与したとも言われるが、ホンダからの公式アナウンスはない。
ホンダが黄金時代を迎えていたF1譲りの精緻なチューニング
日本人というのは、制約があってこそ創意工夫の実力を発揮する民族なのかもしれない。狭い国土に人がひしめき、多くが山岳地で耕作面積も狭ければ資源にも恵まれないというないない尽くしの環境は、まさに逆境そのものだ。にもかかわらず今日の繁栄を築けたのは、困難をむしろ糧とする日本人の気質ゆえかと思うのだ。
日本独自の軽自動車も、そんな気質を象徴していると思う。マイカーなど夢物語だった1949年に軽自動車という文言が初めて車両規則に登場した当時から、世界最小クラスのその規格はグローバルスタンダードからはかけ離れた、制約だらけの乗り物だった。
しかし、パッケージングやエンジニアリング、商品企画のすべてに緻密な創意工夫が凝らされた軽自動車は、戦後日本の歩みとともに庶民の目標となり、商売や農作業の足となり、女性の社会進出の武器ともなって、日本の自動車史に大きな位置を占めてきた。そして1990年代の初頭に、ひとつのピークとして3台の素晴らしいスポーツカーを生む。その嚆矢となったのがホンダ「ビート」だ。
当時の軽自動車は、1998年に改定された現行規格より全長で100mm、全幅で80mmも小さいミニカーだ。排気量は現行と同じ660ccだが、そこからリッター当たり100馬力に迫る64psを絞りだす技術は、実用ミニカーのレベルを超えていた。
ビートのエンジンはライバルのようなDOHCやターボではなく、商用車にも搭載されるSOHC4バルブの3気筒がベース。そこに、当時ホンダが黄金時代を迎えていたF1譲りの精緻な制御を実装した電子制御燃料噴射プログラムや多連スロットルなどを組み合わせたチューニングを施し、まるで同社のオートバイのように8500回転以上まで気持ちよく回るNAエンジンとしていたのだ。
そのエンジンの搭載位置は、乗員と後輪の間。前後重量配分に優れ、機敏なハンドリングやトラクションが得られることからレーシングカーでも採用されるミッドシップレイアウトだ。そのうえビートは量産ミッドシップ車としては世界初となる、幌トップのフルオープンボディまで実現させていた。
ビートに先駆けて1989年に誕生した日本車初のミッドシップスーパースポーツカー・NSXと比べると、排気量もパワーも4分の1以下だったが、ビートの本格的な走りの質と楽しさは、まったく引けを取らなかった。しかも800万円以上というプライスを掲げたNSXに対して、ビートは130万円台から買えたのである。
【ホンダ ビート(1991年型)】主要諸元 ●全長×全幅×全高:3295×1395×1175mm ●ホイールベース:2280mm ●車両重量:760kg ●駆動方式:ミッドシップエンジンリヤドライブ ●乗車定員:2名 ●エンジン(E07A型):直列3気筒SOHC656cc 12バルブ ●最高出力:64ps/8100rpm ●最大トルク:6.1kg-m/7000rpm ●最小回転半径:4.6m ●10モード燃費:17.2km /L ●燃料タンク容量:24L ●変速機:前進5段/後進1段 ●サスペンション:(F/R)マクファーソンストラット式独立懸架 ●タイヤ:(F)155/65R13 73H (R)165/60R14 74H ◎新車当時価格(東京地区):138万8000円
設計自由度の高い4輪ストラットのサスペンションを採用。またミッドシップの運動特性を考えて、タイヤは前輪が155 /65R13、後輪はグリップ力を高めるため165 / 60R14と太い。
1名乗車時で43:57という前後重量配分と低重心を極めたビート。理想に近いボディバランスは、優れたトラクション性能や軽快で安定した旋回性能、また軽自動車とは思えぬ接地性能の高さの源となった。
吸気効率を大幅に向上する3連スロットルをはじめ、ホンダのF1テクノロジーが注入されたMTREC(エムトレック)と呼ばれた3気筒12バルブSOHCエンジンは、とにかくシャープに吹け上がった。
軽自動車と侮るなかれ。走りの質も高かった上質なスポーツカー
日本国内での販売しか見込めない軽自動車に、ここまで凝りまくった商品企画と完成度が実現できたのは、やはり空前の好景気のおかげだ。後にそれは「バブル」と呼ばれさんざん悪者にされるが、誰もが明るい未来を疑いなく夢見られた当時は、楽しくも幸せな時代ではあったと思う。
日本車は、数値性能的には1980年代後半に世界の水準に追いつき、次に数値上の限界性能ではなく、走りの個性/安心感/気持ちよさといった“乗り味”の領域が問われる段階に差しかかっていた。NSXはまさにその領域をしっかりと作り込むことで、ジャパニーズスーパーカーとなった。その弟分となる、たった660ccのエンジンを積むビートもまた、1970年代の日本製スポーツカーのようなヤンチャなカッ飛び小僧ではなく、走りの質にまでこだわった本格派スポーツカーだった。
専用開発のプラットフォームを持つビートのフルオープンボディは、モノコック構造ながら実用軽自動車には求められない高い剛性を実現。サスペンションは4輪ストラット式の独立で、リヤにはデュアルリンクを備えて緻密なジオメトリー変化による安定した車両姿勢を追求。前43:後57の重量配分に合わせた前後異サイズのタイヤや4輪ディスクブレーキなど、理想の走りを追求したメカニズムが惜しげもなく奢られていた。
おかげでしっかりとした接地感が掌に伝わるステアリングフィールやハンドリングのリニアリティ、緩急自在のブレーキタッチなど、感性の領域に至るまで本物のスポーツカーに仕上げられていたのだ。
室内空間はタイトだったが、センターコンソールを助手席側にわずかに寄せるなどの工夫を凝らして、ドライビングというゲームを楽しむにはちょうどいい広さを確保。5速MTの操作量やシフトフィールも、NSXと同様にスポーティかつ上質に仕上げられていた。
躾けの難しいミッドシップレイアウトながら、リニアに吹け上がるNAエンジンとあいまって、限界領域での運動特性もけっしてピーキーではなく、超高回転型のエンジンを回し切って、全開で峠を駆け回る楽しさが味わえた。64psのパワーではサーキットでの速さは知れていたが、タイトな峠道の下りなら兄貴分のNSXを追いかけることさえできたし、手動式の幌を開けての爽快なドライブも満喫できたのだ。しかも、当時の10モード燃費はリッター17.2km。大量の買い物には向かなかったが、日々の足としても使い倒せるコスパの高いクルマでもあったのだ。
ホンダはビート発表時、「アミューズメント」という言葉を使った。2シーターミッドシップというマニアックなスポーツカーでありながら、誰もが低価格でドライブを楽しめる。ビート(鼓動)のネーミングにはそんな走りの高揚感の意味が込められていた。
エンジンを後方に搭載したリヤミッドシップのため、フロントノーズを低く抑えたデザインとなる。
リヤミッドシップレイアウトだが、容量は少ないながらもトランクルームを設定。
エンジンルームにフレッシュな空気を導入するエアインテークはドアパネル後部に配置。
量産ミッドシップ車としては世界初となる、幌トップのフルオープンボディだった。
オープンカーらしく、シート/メーター/スイッチ類は撥水/防滴処理が施され、エアコンやヒーターも容量アップされている。
高性能バイクのそれをイメージしてデザインされ、パネルから独立してレイアウトされた3連メーター。中央のタコメーターは8500回転からがレッドゾーン。ミッドシップのスポーツカーといえばタイトなコックピットを思い描くが、ビートのそれはむしろ開放的とも言える。
メーターパネルは、まさにバイクのそれ。中央にタコメーターを配置するなど、スポーツ走行を強く意識しているのがわかる。8500回転のレッドゾーンまでストレスなく回るエンジンは、まさにバイクそのものだった。
サバンナを駆けるシマウマをイメージしたというシート。ドライバーズシートは180mmのスライドの他、前5度/後10度のリクライニングもできる。なおセンターコンソールは2cm左に寄せられ、運転席は助手席よりわずかに広くされた。
フューエルリッドオープナーは運転席ドアの側面、空気圧表示の下にあった。
運転席エアバッグ装着車も設定された。エアバッグ車のステアリングは、3本スポークではなく4本スポーク。
バリエーションに富んだ特別限定車も追加
バージョンF
【ホンダ ビート バージョンF(1992年2月)】鮮やかなアズテックグリーンパールの専用外板色にホワイト塗装のアルミホイールが採用された、特別限定車第1弾。その後の限定車同様、希少性から中古価格は高い。
バージョンC
【ホンダ ビート バージョンC(1992年5月)】専用のキャプティバブルーパールのボディカラーとホワイト塗装のアルミホイールが特徴の特別限定車セカンドシリーズ。内装は標準車から変更はない。
バージョンZ
【ホンダ ビート バージョンZ(1993年12月)】外板色はエバーグレイドグリーンメタリック/ブレードシルバーメタリックの2種。スピードメーターとタコメーターの文字盤が黒になった。ABSとLSDがオプション。
ビート アーカイブ
| 1991年 |
| 5月:ビート発売。マニュアル車のみのモノグレード。月販目標は3000台 |
| 1992年 |
| 2月:特別仕様の「バージョンF」限定800台で発売 5月:特別仕様の「バージョンC」限定500台で発売 |
| 1993年 |
| 12月:特別仕様の「バージョンZ」限定800台で発売。メーターの文字盤を白から黒に変更 |
| 1996年 |
| 12月: 販売終了 |
| ※2017年 |
| 6月:一部純正部品の再生産/販売を開始 |
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