
日野・ルノー4CVは、1953年に日野自動車が仏ルノー社と提携して生産を開始した、日本のモータリゼーションの黎明期を支えた名車である。現代の軽自動車に近いコンパクトなサイズでありながら、RR方式の採用により大人4人が乗れる広い室内空間を実現した。さらに日野は日本の悪路に合わせて改良を重ね、やがて部品の完全国産化を達成。その抜群の耐久性と経済性からタクシーとしても全国で大活躍する。総生産3万5000台以上、海外の先進技術を吸収しつつ、日本の自動車産業が世界へと躍進する礎を築いた、歴史的な価値を持つ1台といえる。
●文:月刊自家用車編集部
本国フランスでは昭和21年に登場した4CVは、モノコックボディや四輪独立懸架のサスを持つ進歩的なクルマだった。日野は昭和28年からノックダウン生産を開始、その5年後には部品の完全国産化に成功する。タクシーとしても活躍、その高性能から「神風タクシー」と呼ばれた。
日本メーカーには乗用車の量産ノウハウが圧倒的に不足していた
日野・ルノー4CVは、戦後の混乱期から高度経済成長期へと向かう時代背景の中、日野とフランスのルノー社が技術提携を結ぶことで誕生したこの車は、当時の日本のモータリゼーションを力強く牽引したモデルである。
第二次世界大戦後、重工業から民生産業への転換を迫られた日野自動車は、大型トラックやバスの製造で培った技術を活かし、乗用車市場への参入を模索していた。しかし、当時の日本メーカーには乗用車の量産ノウハウが圧倒的に不足していたため、海外の先進メーカーから技術を学ぶ道を選択せざるをえなかったのだ。
そんな背景もあり、1953年にフランスの公団ルノー社と契約を締結し、ルノーの小型大衆車である4CVのノックダウン生産(海外から部品を輸入して日本国内で組み立てる方式)が始まった。
全世界累計で約110万台が生産される大ヒット車だった4CV
4CVは、本国フランスで大戦後すぐに発売され、全世界累計で約110万台が生産される大ヒットとなった小型RR車である。ヒットラーの命を受けたフェルナンド・ポルシェ博士が造ったドイツの国民車VWタイプⅠの影響を強く受けた一台でもある。ボディはトヨペットSH型乗用車やダットサン110型よりも小さく、販売価格も当時のノックダウン車にしては割安な設定だった。
当時の最新トレンドを詰め込んだ革新的な設計が特徴で、軽量なモノコック構造のボディに、水冷直列4気筒748ccエンジンを車体後部に搭載した。このレイアウトにより、全長3.6メートルほどという現代の軽自動車に近いコンパクトなサイズでありながら、大人4人がしっかりと乗れる合理的な室内空間を確保することができ、走りも軽快だった。
フロントにエンジンがないため、本来は冷却用のグリルは不要なのだが、デザインのアクセントとして「3本のクロームメッキモール」が横に走っているのが特徴。
日野・ルノー4CVデラックス(1960年式)主要諸元
●全長×全幅×全高:3685㎜×1435㎜×1440㎜●ホイールベース:2100㎜ ●車両重量:665kg●乗車定員:5名 ●エンジン(KGH21型):直列4気筒OHV748㏄ ●最高出力:21HP/4000rpm●最大トルク:5.0㎏・m /1800rpm ●燃料タンク容量:27.5ℓ ●最高速度:100㎞/ h ●燃料消費率:16 ~ 20㎞/ℓ ●最小回転半径:4.2m●トランスミッション:前進3段、後進1段 ●サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーン式独立懸架/スイングアクスル式独立懸架 ●タイヤ:5.00-15 2PR ●価格(東京地区):88万円
日本の劣悪な道路事情に対応するため、部品の完全国産化へ移行
当初はフランスから送られてくる部品を組み立てるだけだったが、日本の劣悪な道路事情や独特の気象環境に合わせるため部品の改良を重ね、徐々に日本の劣悪な道路事情をすすめ、1958年ついに完全国産化を達成する。特に日本の凸凹な悪路に耐えられるよう足回りを強化し、エンジンの耐久性を向上させるなど、本家フランス製よりも頑丈で壊れにくいという評価を得るまでに品質を高めたのだ。
この高い耐久性と優れた経済性が証明されると、日野・ルノー4CVは一般の自家用車としてだけでなく、全国のタクシー業界からも絶大な支持を集めるようになる。狭い路地でもスイスイと曲がれる小回りの良さと、粘り強い走りは、都市部の過酷なタクシー業務に最適だったのだ。神田や日本橋といったビジネス街から下町の路地裏まで、この車が元気に走り回る姿は昭和の都市風景の象徴となっていた。
スピードメーターだけが配置される、極めてシンプルなインパネ。
運転席と助手席は独立したセパレートタイプを採用。コンパクトなサイズでありながら、大人4人がしっかりと乗れる合理的な室内空間が確保された。
後に輩出する名車「日野コンテッサ」へと、その遺伝子は受け継がれた
1963年までの約10年間にわたり、累計で3万5000台以上が生産された日野・ルノー4CVは、後継車となる「日野・コンテッサ」の開発へとその遺伝子を繋ぎ、日野の乗用車づくりの礎を築いていった。日本の自動車産業が海外メーカーの後塵を拝していた時代から、やがて世界のトップレベルへと駆け上がることになる。日野ルノー4CVは、その基盤を作った歴史的価値の極めて高いクルマの1台といえる。
日野コンテッサ900(1961年)
「伯爵夫人」という優雅な名前が付けられたセダン。直4OHVエンジンをリヤに積み、後輪を駆動するRR。リヤはテールフィンを採用していた。
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