「発売直後からプレミア価格に」米国で爆発的な大ヒット。入手困難となった48年前のマツダ車。しかし当時の日本では色眼鏡で見られていた[初代サバンナ RX-7]│月刊自家用車WEB - 厳選クルマ情報

「発売直後からプレミア価格に」米国で爆発的な大ヒット。入手困難となった48年前のマツダ車。しかし当時の日本では色眼鏡で見られていた[初代サバンナ RX-7]

「発売直後からプレミア価格に」米国で爆発的な大ヒット。入手困難となった48年前のマツダ車。しかし当時の日本では色眼鏡で見られていた[初代サバンナ RX-7]

オイルショックと燃費批判の苦境を乗り越え、1978年に登場した初代サバンナ RX-7(SA22C)。ロータリーエンジンの強みを最大限に活かした低いノーズと流麗なフォルム、そして「手が届く価格」を実現した本格スポーツカーは、日米で爆発的なヒットを記録します。しかし、スポーツカーが偏見の目に晒されていた当時の日本では、北米とは異なり不遇な評価を受ける一面もありました。

●文:月刊自家用車編集部

米国での厳しい燃費攻撃とマツダを支えた不屈の技術力

1970年代初頭、マツダ(当時は東洋工業)は独自のロータリーエンジン(RE)技術を武器に、北米市場で急速にシェアを拡大していました。1970年に年間1万台以下だった北米での販売台数は、厳しい排ガス規制を克服した技術力を背景に、1973年には15万台へと飛躍的な成長を遂げます。

世界初となる2ローターのロータリーエンジンを搭載した、マツダのコスモスポーツ。

しかし、自由の国・アメリカは時に牙をむきます。1973年秋、EPA(合衆国環境保護局)はロータリーエンジンに不利な市街地低速モードの燃費テスト結果を公表し、「ガスガズラー(ガソリン喰い)」という厳しいコメントを付け加えました。急増する日本車を警戒した政治的な意図も重なり、頼みの北米市場でロータリーエンジンは致命的なダメージを負うことになります。

さらに同年のオイルショックによる原油高騰が追い打ちをかけ、売れ行きは急減。1970年から検討されていたコスモスポーツ後継の「RE専用スポーツカー」の企画も、一時お蔵入りを余儀なくされました。

マツダの名を世界的なものにした立役者とも言える、ローターリーエンジン。しかし、燃費の悪さが米国で槍玉に挙げられました。

「REの地盤はREで奪い返す」燃費改善と北米市場での発見

国内にも「ガス喰い」の噂が広がる中、開発陣は諦めませんでした。のちにマツダ社長となる山本健一氏の指揮のもと「フェニックス計画」が始動し、数年で約40%もの大幅な燃費改善を成功させます。

しかし、実用車市場での信用回復には時間を要したため、山本部長は「ロータリーで失った地盤はロータリーで奪い返す」と決意。転機となったのは、1975年に北米で行った徹底的な市場調査でした。

現地に飛んだ企画担当者が目にしたのは、日本の常識とは全く異なるユーザー像でした。当時の日本では、スポーツカーは暴走族と同一視されるなど「一部の若者の乗り物」として色眼鏡で見られていましたが、北米では男女問わず幅広い年代が通勤・通学に利用し、ユーザーの半数は女性でした。彼らは価格の安さを重視しつつも、ポルシェのような本格スポーツカーへの強い憧れを抱いていたのです。

本格スポーツカーの性能を大衆車価格で実現し爆発的ヒットへ

「ポルシェ級の性能を実用車の価格(Affordable Price)で提供できれば、絶対に売れる」——。軽量・小型でハイパワーなロータリーエンジンは、まさにこの構想に最適でした。経営陣の賛同を得た開発チームは、設計着手からわずか1年3か月という異例のスピードで量産にこぎつけます。

1978年3月、こうして誕生したのがSA22C型「初代サバンナ RX-7」です。

1978年に誕生した、マツダの初代サバンナRX-7。

排ガス規制の波で国産スポーツモデルが次々と姿を消す中、RX-7は優れた環境性能と130PSのハイパワーを両立。北米での販売価格は6,995ドルと、欧州勢のスポーツカーより大幅に安価に設定されました。その結果、発売直後から爆発的な人気を呼び、納車待ちのバックオーダーを抱えてプレミア価格で取引されるほどの成功を収めたのです。

また、国内向け仕様にも工夫が施されました。当時、2シーター車に否定的な見方が強かった日本の運輸省(現・国土交通省)の認可を得るため、輸出仕様が2シーターメインだったのに対し、日本向けには狭小ながら後席を備えた「2+2」レイアウトが採用されました。

日本版マスキー法といわれた厳しいS50年規制の後も排ガス 規制強化は続き、この頃国産のスポーツエンジンは次々カタログから消えていきました。そんな中、NOx排出量が少ないロータリーは排ガス浄化がしやすく、RX-7はサーマルリアクター方式にEGRバルブを装着しただけで、昭和53年規制をクリアすることに成功しています。

【車体仕様・主要諸元】マツダ サバンナ RX-7 リミテッド(1978年式)

ボンネットが低いため、当初のデザイン案では固定式のヘッドランプがカエルの目玉のように飛び出ていました。そのため、かわいいカエルのマスコットで知られる医薬品ブランドのニックネームが付けられたという逸話も。その後リトラクタブルヘッドランプへ変更されました。-20℃の低温室で作動部を凍結させたりなど、過酷なテストが繰り返し実施されました。

初代のサバンナ RX-7は、リトラクタブルヘッドランプを採用。

また、前輪の車軸より後ろにエンジンを積む「フロントミッドシップ」は、コンパクトなロータリーエンジンと2by2という〝割り切り〞なくして実現しえなかったでしょう。そしてこのレイアウトから、50.7対49.3という理想的な前後重量配分、極めて低いフロントノーズによる先鋭的なシルエットが生まれたのです。

リアに向けてルーフラインがなだらかに下がり、ガラス部分だけ大きく開くリアガラスハッチを採用。

  • 全長×全幅×全高:4,285mm×1,675mm×1,260mm
  • ホイールベース:2,420mm
  • 車両重量:1,005kg
  • エンジン(12A型):水冷直列2ローター 573cc×2
  • 最高出力:130PS / 7,000rpm
  • 最大トルク:16.5kg-m / 4,000rpm
  • トランスミッション:5速MT(3速ATも設定)
  • 新車当時価格:169万円

「マツダ サバンナ RX-7」の写真ギャラリー

北米での市場調査を実施。スポーツカーユーザーの半数は女性で、価格を重視する一方で、高性能への要求も高いことが判明。その結果を踏まえて開発されたのが、初代サバンナRX-7でした。

イメージカラーのマッハグリーンはチェック柄のベージュインテリアを採用。スポーツカーというより、スペシャリティカー/セクレタリーカーといった印象。

初代サバンナ(RX-3)のインテリアは、ブラックが基調となった硬派なものでした。RX-7は、イメージを大きく変えて、明るい色やデザインを採用。女性のユーザーを意識したものとなっていました。

極めて低いボンネットに収納できるリトラクタブル式を採用することで、ノーズを低く抑え、優れた空力性能(Cd値0.36) に貢献。

リアクォーターパネル前部に設けられたエアアウトレット。この処理が、当時のスポーツカーらしい機能美を表現する要素となっていた。

電圧計が一体となったタコメーターを全グレードに標準装備。電圧計はイグニッションONで針がふれ、バッテリーの充電状態を知らせます。左側の3連メーターは左端から時計(リミテッドはクオーツ式、ほかは電動式)/燃料計/水温計のコンビメーター。

トランスミッションは5MTのほか3ATもラインナップ。

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