「強烈な個性を放つデザインが印象的」発売から約30年を経た今も色褪せないフォルム。カニエ・ウェストの愛車としても知られる[いすゞ・ビークロス]を紹介│月刊自家用車WEB - 厳選クルマ情報

「強烈な個性を放つデザインが印象的」発売から約30年を経た今も色褪せないフォルム。カニエ・ウェストの愛車としても知られる[いすゞ・ビークロス]を紹介

「強烈な個性を放つデザインが印象的」発売から約30年を経た今も色褪せないフォルム。カニエ・ウェストの愛車としても知られる[いすゞ・ビークロス]を紹介

1993年の東京モーターショーで異彩を放ち、コンセプトカーの姿のまま市販化されたいすゞ「ビークロス」。強烈な個性を放つデザインと、本格オフロードの血統を融合させた現代SUVの先駆けです。米国のレジェンドラッパーであり、トラックメーカーとしても知られるカニエ・ウェストが乗っていたことでも話題となった、いすゞが乗用車事業の最後に放った、情熱の結晶とも言える名車の軌跡を振り返ります。

●文:月刊自家用車編集部

時代を先取りしたコンセプトデザインと、市販化への高い壁

モーターショーに出展される華やかなコンセプトカーには、最新技術やデザイン案を提示する目的や、市場の反応を探るリサーチ目的など、さまざまな役割があります。最近では市販前提のモデルを先行公開するケースも増えましたが、当時は「市販が待ち遠しい」と絶賛されても、実際に発売されるとは限らない時代でした。

1993年の東京モーターショーにコンセプトカーとして出展され、1997年にほぼそのままの姿で市販化されて話題を呼んだいすゞ「ビークロス」も、特異な経緯を辿った一台です。

反響を呼んだプロトタイプ「ビークロス」

1994年、モーターショーで大きな反響を呼んだビークロスは、翌年から市販化プロジェクトが始動します。ジェミニをベースとしたプロトタイプから、より強靭なビッグホーンベースへと変更されボディサイズは拡大しましたが、その先鋭的なデザインはほぼそのまま市販車へと受け継がれました。

第30回東京モーターショーに出品された、プロトタイプのビークロス。

いすゞ乗用車開発陣が放った「最後の作品」

ショー会場で熱い視線を浴びたビークロスは、いすゞが長年培ってきた本格オフロードカーのタフな個性と、117クーペなどに代表されるスポーティな走りとデザインを融合させた、まさに現代のクロスオーバーSUVの先駆けといえる企画でした。

デザインを手がけたのは、いすゞ欧州デザインセンターに所属していたサイモン・コックス氏です。発表から約30年が経過した現在でも色褪せないオリジナルデザインは高く評価されましたが、その複雑な造形は量産には全く不向きでした。

しかし、開発陣はショーでの大反響に背中を押され、1997年に市販化へと漕ぎ着けます。半ば手作りに近い工程を経てラインオフしたビークロスは業界を驚かせましたが、国内での販売期間はわずか2年、販売台数は1751台に留まりました。ビークロスは、乗用車事業から撤退することになるいすゞ開発陣の“最後の作品”として、見る者に強烈な印象を残したのです。

1997年式のいすゞ ビークロス。

ベース車両をビッグホーンへ変更

ショーモデルのベースは3代目ジェミニ4WDでしたが、「175プロジェクトチーム」と呼ばれた市販車開発において、斬新なデザインを活かしつつ、ビッグホーンのシャシーを利用したひと回り大きなボディへと進化しました。

いすゞのビークロス。

[主要諸元]

  • 全長×全幅×全高: 4130×1790×1710mm
  • ホイールベース: 2330mm
  • 車両重量: 1750kg
  • 乗車定員: 4名
  • エンジン(6VD1型): V型6気筒DOHC 3165cc 24バルブ
  • 最高出力: 215ps/5600rpm
  • 最大トルク: 29.0kg-m/3000rpm
  • 使用燃料: レギュラー
  • 10-15モード燃費: 7.8km/L
  • 最小回転半径: 5.1m
  • 燃料タンク容量: 85L
  • トランスミッション: 副変速機付き4速オートマチック
  • サスペンション(前/後): ダブルウィッシュボーン式独立懸架 / 4リンクコイルスプリング式車軸懸架
  • タイヤ(前/後): 245/70R16
  • 新車当時価格(東京地区): 295万円

エアバッグを内蔵したMOMO社製本革巻きステアリングを採用。ATシフトやトランスファーレバーも本革仕様です。メーターパネルはスポーティなカーボン調で、夜間はアンバー色に点灯します。

フロントには、ホールド性に優れたレカロ製シートが標準装備されています。

リクライニング機能付きのリヤシートは5:5分割式。座面とシートバックを前倒しするダブルフォールディング式で格納が可能です。

当時はまだ珍しかったバックアイカメラを標準装備。テールゲート上部のカメラ映像を、後退時に運転席の5インチモニター(TV/AM/FM/カセット対応)で確認できます。

熟練職人の手仕事と、利益度外視の価格設定

ビークロスのコンセプトモデルが出展された1993年頃から、他社も続々と都市型SUVのプロトタイプを発表し始めました。トヨタのRAV4やホンダのCR-V、少し遅れてトヨタ・ハリアーなどが登場し、いずれも乗用車のプラットフォームを活用したモノコックボディを採用していました。これらが世界的な大ヒットを記録し、現在のオンロード主体SUVブームへと繋がっていきます。

初期のビークロスも、FFジェミニのプラットフォームと4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションを組み合わせた、乗用車寄りの全天候型スポーツカーという企画でした。しかし、当時のいすゞには乗用車用の新規プラットフォームや直噴ガソリンエンジンを量産化する体力がすでに残されていませんでした。

それでもこのデザインを世に出すため、開発陣は主力商品であるオフロードカー「ビッグホーン」の堅牢なフレームとエンジンを活用する決断を下します。複雑な造形のボディは、かつて117クーペを手がけた熟練職人たちの手仕事によって鋼板と樹脂を組み合わせることで実現しました。金型も高価な量産用ではなく、数千回のプレスが限界の試作車レベルのものを使用していたため、2000台足らずという国内販売台数は、ある意味で計画通りだったとも言えます。

足まわりはフロントがダブルウイッシュボーン式、リヤは4リンクコイル式を採用し、高い走破性を誇ります。

結果的にこの半手作りの生産体制が、25色ものボディカラー展開や、オイル室別体式ショックアブソーバーなどの高度なメカニズムの採用を可能にしました。

妥協なき作り込みと、市場ニーズとの乖離

かつてセダンやクーペが主役だった時代は、エンジンの高性能化やハンドリングの良さが売れ行きに直結していました。しかし、現在のようにオンロードSUVが主流の市場では、絶対的な走行性能だけでなく、使い手が求める「遊び心」や「日常での使い勝手」をいかにバランスよく盛り込むかが重要視されます。初代RAV4やCR-Vが成功したのは、まさにその新しい価値観を提示できたからです。

ビークロスも、当初の企画通りに乗用車プラットフォームを採用し、オフロードの走破性とオンロードの快適性を高い次元で両立できていれば、その卓越したデザインとともに大成功を収めていたかもしれません.

しかし、重牢な本格オフロードカーのフレームとV6エンジンを採用せざるを得なかったビークロスは、ライバルたちと同じ土俵には立てませんでした。

専用のチューニングが施された3.2L V型6気筒DOHC24バルブエンジン(6VD1型)を搭載しています。

ビッグホーンに搭載される6VD1型エンジンを改良。ハイフローストレートポートなどの採用で出力や燃費を向上。ちなみに北米向け輸出モデルはこのエンジンをベースにしたV6の3.5L(最高出力230ps)が搭載されています。

スタイリッシュなフォルムと引き換えに後方視界や居住性は制限され、本格ラリーレイドを見据えた足まわりは日常ユースでの乗り心地を犠牲にしていました。既存パーツを流用してコストダウンを図ったものの、車両価格の295万円は実質的に原価割れだったとも言われています。

作り手の意地と情熱が詰め込まれたビークロスでしたが、縮小傾向にあった乗用車市場において、いすゞの状況を覆す切り札にはなり得なかったのです。

リヤゲート内側に格納されるテンパータイヤ。デザイン上、後方視界は制限されますが、標準装備のバックカメラ(ISUZUロゴ上部に設置)がそれを補完しています。なお、リヤゲートは車内オープナーではなくキーでのみ開閉可能です。

レーシングカーや航空機を彷彿とさせる、重厚なアルミダイキャスト製のフューエルリッド。

フロントガラスに直接接着されたルームミラーには、実用的なマップランプが内蔵されています。

限定175台。有終の美を飾った「175リミテッドエディション」

国内販売の集大成として、開発コードにちなみ175台限定で発売されたのが特別仕様車「175リミテッドエディション」です。

いすゞ ビークロス「175リミテッドエディション」

猛獣の牙をモチーフにしたステンレス製フロントグリルガーニッシュや、専用アルミホイールを装備。インテリアは黒と赤茶のツートーンで統一され、運転席・助手席には高級感のあるレザー張りのレカロ製シートが採用されました。シフトレバー後方には001番から175番までのシリアルナンバーが刻印された七宝焼のオーナメント(銀メッキ台座)が配置されるなど、特別感にあふれた仕様で、価格は322万円でした。

車内も、赤・茶のツートーンでまとめられています。

001〜175番までのシリアルナンバーを設置。

プレミアムカラープロデュース25

半ハンドメイドとも言える特殊な製造工程ゆえに、月間の販売目標はわずか200台でした。しかし、この小ロット生産を逆手にとり、合計25色もの豊富なボディカラーを選択できる「プレミアムカラープロデュース25」というユニークな試みも行われました。

プレミアムカラープロデュース25。

いすゞ・ビークロスの歴史と変遷

  • 1993年10月: 第30回東京モーターショーにコンセプトカー「ビークロス(出展時はヴィークロス)」を出品。車名は、Vehicle(乗り物)、Vision(未来像)、Cross(交差)を合わせた造語です。
  • 1997年3月: 市販モデルのビークロスを発表(発売は同年4月)。
  • 1997年10月: 「1997-1998 日本カー・オブ・ザ・イヤー」において特別賞を受賞。
  • 1997年11月: 基本の5色に特別色20色を加えた「プレミアムカラープロデュース25」をオプション設定。
  • 1999年2月: 国内販売の終了に伴い、最終限定車「175リミテッドエディション」を175台限定で発売。
  • 2001年1月: 国内での総販売台数1751台をもって販売を終了しました(北米仕様は2002年まで販売継続)。

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