
初めて世に出たコンセプトやメカニズムを正しく評価するのは難しいものだ。作り手が懸命に作品に込めた狙いがユーザーに伝わらないことはよくあるし、ユーザーの求めるものが、作り手の想いと乖離してしまう悲劇もときに起こる。日本初のミッドシップカーとして世に出たトヨタMR2もそのようにして迷い、3世代で四半世紀に近い歴史を通してもがきながら、ついに理解されなかった。ここでは、そんな名車が世に登場するまでの、成功と失敗の舞台裏を探ります。
●文:横田晃(月刊自家用車編集部)
1st MR2 (AW11)
MR2(AW11)1984-1989
全長:3950㎜
全幅:1665㎜
全高:1250㎜
ホイールベース:2320㎜
エンジン:3A-LU型 1.5LSOHC (83PS)
4A-GELU型 1.6LDOHC (130PS)
4A-GZE型 1.6LDOHC+SC (145PS)
2nd MR2 (SW20)
MR2(SW20)1989-1999
全長:4170㎜
全幅:1695㎜
全高:1235㎜
ホイールベース:2400㎜
エンジン:3S-GE型2.0LDOHC (180PS)
3S-GTE型2.0LDOHCターボ(225PS)
3rd MR-S(ZZW30)
MR-S(ZZW30)1999-2007
全長:3895㎜
全幅:1695㎜
全高:1235㎜
ホイールベース:2450㎜
エンジン:1ZZ-FE型 1.8LDOHC (140PS)
日本初の商品企画の源は挑戦者であり続ける姿勢
最近のトヨタに若々しいイメージを持つ人は少ないかもしれない。豊田章男社長自身、それを憂いて「もっといいクルマを作ろうよ」と音頭を取って、挑戦者の姿勢を懸命に打ち出している。
しかし、本来トヨタは今で言うベンチャー企業。戦前の織機メーカーから自動車メーカーへの転身に始まり、独自技術にこだわった初代クラウンなど、挑戦的なクルマ作りが持ち味だった。
スポーツカーにおいてもトヨタ2000GTに始まり、パブリカをベースとしたライトウェイトスポーツカーのスポーツ800や、日本初のスペシャリティカーのセリカなど、日本初、世界初のメカニズムや商品企画に果敢に挑んできた歴史を持つ。プリウスに始まるハイブリッド車も、その姿勢に連なる挑戦的な仕事の代表例だ。
ただし、すべての挑戦に勝利してきたわけではない。前例のないことを挑戦と呼ぶ以上、失敗も当然起こりうる。たくさんの挑戦をした者は、たくさんの失敗の可能性をも抱えるのだ。それを承知で挑み続けた者だけが、最後まで生き残ることができる。今日のトヨタは、そうした輝かしい失敗のおかげで存在しているのである。
日本初のミッドシップ車として日本初の商品企画の源は挑戦者であり続ける姿勢誕生したMR2も、その一例だ。
そもそもこのクルマの企画は、1967年から1982年までトヨタを率いた豊田英二社長の「トヨタには将来、常識では考えられないひと味違ったクルマがあってもいいのではないか」という言葉をきっかけにして始まったという。
そうして、大衆FF車のパワートレーンを使って1972年に誕生したフィアットX1/9を参考に、当時FF化されたばかりのカローラのコンポーネントを活用して1984年に生まれたのが、日本初のミッドシップカーとなったMR2だ。
スバルとコラボしたFRスポーツカーの86や、世界の高級スポーツカーに比肩するレクサスLFAをも生んだ今日のトヨタなら、常識では考えられない商品企画ではけっしてない。しかし、カローラやクラウンを始めとする保守本流のラインナップがようやく完成した当時のトヨタにとっては、それはまさに挑戦的な商品だった。
もっとも、技術的にはMR2はけっして困難な挑戦ではなかった。クーペ系はFRを維持しながら、実用車系をFF化した80系カローラのパワートレーンを、丸ごとそっくりリヤに移設するだけ。軽量コンパクトな新世代の4A-G型エンジンの素性もよく、パッケージングにも無理はない。
むしろ難関だったのは「お客様の声」。どう評価されるかだった。
初代 MR2(AW11)
カローラのFF用メカニズムをそっくりリヤに移動して成立させたミッドシップ。車両価格もカローラ+αに抑えられており、切れ味のいいハンドリングをリーズナブルに楽しめる入門スポーツカーに仕上がっていた。
初代MR2のコックピットは、同時期のAE86系レビン/トレノと似たデザインと質感。ステアリングもノンアシストだが、操る愉しさが味わえた。コンソールのあたりを中心に旋回するような感覚が新鮮だった。
低い着座位置と高いコンソール、身体を包み込むスポーツシートの組み合わせは、まさにスポーツカー。色使いも若々しく、作り手も楽しみながら開発したことがうかがえた。
速さでしか語れなかった日本人のスポーツカー観
1980年代前半までの日本において、スポーツカーというカテゴリーは社会的には存在していなかった。スポーツという言葉が誤って解釈されていたからだ。
スポーツという英単語は、本来は余暇活動全般を意味する。乗馬や散歩もスポーツなら、チェスや日曜大工もれっきとしたスポーツ。スポーツカーも、格式あるフォーマルセダンに対する”余暇を楽しむクルマ“というのが正しい解釈であり、必ずしも速さが価値に直結するわけではない。
ところが、日本ではスポーツという言葉に”体育“や”競技“という語釈が当てられてしまった。そのせいか、スポーツカーが競技車両=レーシングカーと混同され、公道でそれを乗り回すのは暴走行為という、今なら噴飯ものの論理がまかり通っていたのだ。
なにしろ1960年代にホンダがF1で初優勝すると、「暴走族に加担するのか」という抗議が殺到したのだから、自動車メーカーにとっては笑えない話だ。
だから当時の運輸省もスポーツカーと銘打った新型車の型式認定は認めなかったし、それを前面に出した売り方も認めなかった。
かくして初代MR2も、日本国内ではスポーツカーを名乗れなかった。乗れば機敏なハンドリングが合法的な速度域でも楽しめる、好ましいライト級スポーツカーだったにもかかわらず、車名の元になったミッドシップ・ランナバウト・2シーター=街をキビキビ走るミッドシップの2人乗りという苦しいコンセプトで売られたのだ。
登場した1984年にはCOTYを受賞するなど、専門家にも概ね好評だったMR2だが、その後の歩みでもまた、”スポーツ“の誤訳が足元をくじく。当時は自動車雑誌がスポーツカーと見るやサーキットに持ち込んでいた時代だ。
MR2の持ち味は1.6LのNAエンジンの軽快な吹き上がりと機敏で正確なハンドリングだったが、サバンナRX-7やスカイラインRSとサーキットで競争させられては、非力さは否めない。
同じエンジンを積むAE86型レビン/トレノがFRらしく振り回して楽しめたのと比べると、ミッドシップならではの正確な反応が、かえって刺激が少ないと感じさせたのも不利に働いた。そこで「お客様の声」を聞いたトヨタはスーパーチャージャーでMR2を武装するも、まだ遅いと言われた。
そうこうするうちに、時代はバブルに突入し、高性能車が次々と登場、スポーツカーを名乗るモデルも許されるご時世が到来する。
そこで2代目MR2も、思わずはっちゃけてしまったのだ。
2代目 MR2(SW20 )
5ナンバー規格に収められていたが、全長は初代より220㎜ も延ばされた。デザインはまるでミニフェラーリで、作りも贅沢だった。初代に引き続きTバールーフも設定され、爽快なオープンエアドライビングも楽しめた。
4輪ストラット式サスペンションなど、メカニズムの概要は初代を受け継ぐが、強力なエンジンを積むことで、走りのキャラクターはまったく違う、神経質なクルマになっていた。
セリカGT-Fourにも搭載された3S-GTE型ツインカムターボは後期には245PSを発揮。しかし、初代より100㎏以上重い車重とあいまって、足とブレーキが負けてしまっていた。
バブル真っ只中に開発された2代目MR2のインテリアは、質感もデザインも見るからに贅沢。ドライバーを包み込むようなコックピット感覚が味わえた。シフトも手首を返すだけでカチっと決まり、フィールも上質。
色使いも含めて、初代よりマニアックなスポーツカー臭を強めた。走りもエンジン特性や足回り、ABSなど、絶えず改良が続けられた。ATはNA車のみの設定で、当時はまだ4速。
客の目が肥えるまでに見失われた挑戦者の志
ミッドシップというレイアウトに高性能イメージを勝手に求めて、初代MR2を遅いと評した「お客様の声」を受けて、バブル真っ盛りの1989年に誕生した2代目MR2は「これならどうだ!」とばかりに高性能指向に走った。
搭載されるエンジンはセリカから移植された2Lの3S型。初代では出力特性がリニアで、したがって挙動変化が穏やかなスーパーチャージャーが装備されたが、2代目にはインタークーラーターボも投入され、当初225PS、後期には245PSを誇った。
初代がスーパーチャージャー付きでも145PSだったのと比べると、それはそれは刺激的になったが、元来ミッドシップレイアウトの操縦性は、限界付近の制御が難しい傾向がある。そこにターボラグが発生する高性能エンジンを搭載した2代目MR2の走りは、腕に覚えがあるドライバーにさえ、危ないと言わせてしまった。
筆者自身の過去を振り返り、反省を込めて言うが、当時の自動車ジャーナリズムには、商品企画段階で設定された数値で達成できる目標性能値と、そこに至る過渡特性を躾ける味付けの違いが、きちんと区別できていなかった。
限界性能を追求するレーシングカーの開発より、作り手の想いや思想を込めた乗り味をチューニングするほうが、はるかに難しく、大切であることを、記者たちも理解できていなかったのだ。
それを初めて誰にでも分かる形で見せてくれたのが、2代目MR2と同時期にマツダが送り出した初代ロードスターだった。たとえ限界性能は高くなくとも、極上の乗り味という価値は表現できる。目からウロコのその事実に気づいて、日本人のスポーツカー観はようやく変わり始めた。
結果、3代目のMR2はまったく違うコンセプトへと変身し、車名までMR-Sに変える(海外ではMR2のまま)。たった140PSの穏やかな1.8L NAエンジンを積み、ソフトトップを備えた、ロードスターのライバル路線だ。
その登場時、あまりの変身ぶりに戸惑いながら開発エンジニアに「どんなシーンで光るクルマなのか」と尋ねると、「車庫入れ時のステアリングフィールだけでも感動できるクルマ」と答えたものだ。
その狙いは正しかったはずだ。しかし、「お客様の声」に振り回されて揺れ続けたコンセプトは、このクルマがミッドシップであることの価値さえ、ピンボケにしてしまっていた。思えば、もっとも芯の通っていた初代を正しく評価できなかったことが、誤りの始まりだったに違いない。
3代目 MR-S(ZZW30)
ロードスターへと変身した3代目のMR-Sは全長こそふたたび4m以下に切りつめられたが、ホイールベースは2代目より50 ㎜ も延ばされ
た。「スピンさえしなきゃいいのか」と揶揄されたが、ハンドリングは軽快だった。
3代目のインパネは、カジュアルなデザイン。バブル崩壊後に登場した他のモデル同様、質感はやや劣る。一方、使い勝手に関してはトヨタらしく考え抜かれ、小物入れなども2シータースポーツカーとは思えないほど充実。
シート形状一つを取っても、コーナリングマシンではなく、快適なクルージングスポーツを目指したことがわかる。タイトなコックピット感覚より、広がりのある室内空間だ。
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