
1962年に誕生したマツダ・キャロルは、当時の軽自動車の常識を大きく覆した歴史的名車である。自動車業界の再編という激動の時代において、東洋工業(現マツダ)は単独での生き残りをかけ、キャロルに小型乗用車と遜色のない価値を注ぎ込軽初の水冷4サイクル4気筒エンジンを搭載し、大人4人がしっかり乗れるクリフカット・デザインなどの豪華装備は、マイカーを夢見る人々に「本物の自動車」を提供したのだ。ここで培われた設計は主力車「ファミリア」で結実する。今日のマツダに受け継がれる「独自の技術で個性を貫く」というクルマづくりの原点が、この一台に凝縮されている。
●文:月刊自家用車編集部
キャロルは、「マイカーの夢」を本格的な乗用車として具現化しようとした野心的なモデルだった。
「マイカーの夢」を本格的な乗用車として具現化しようとした野心的なモデル
初代キャロルは、単なる「安価な移動手段」という当時の軽自動車の枠を超え、庶民が抱いていた「マイカーの夢」を本格的な乗用車として具現化しようとした野心的なモデルだった。その開発の背景には、技術への深いこだわりと、激動の時代を生き残るための緻密な企業戦略があったのだ。
R360クーペ(1960年)
3輪トラックの成功により、乗用車メーカーへと成長したマツダ
1921年、倒産寸前だった東洋コルク工業(東洋工業の前身)の社長に就任した松田重次郎氏は、会社を機械メーカーへと転向させ、1931年に3輪トラック「マツダ号」を発売して自動車メーカーの基礎を築いた。原爆で焦土と化した広島においていち早く操業を再開し、同社の3輪トラックは日本全国の復興に大きく貢献、やがてトップメーカーへと成長していった。その後、1951年に社長に就いた息子の恒次氏は、3輪トラックの成功を足掛かりに乗用車への進出を推進する。
安価でスタイリッシュな「R360クーペ」発売、一時期販売台数を延ばすも…
1958年に登場したスバル360の大ヒットの影響を受け、1960年にスバルより10万円も安価でスタイリッシュな「R360クーペ」を発売した。軽合金製の4サイクルV型2気筒エンジンなどの先進技術と流麗なデザインで、発売直後はスバルを凌ぐ販売台数を記録したが、後席の狭さなどから、当時の人々が憧れる実用的な「マイカー像」を満たすには至らなかったこともあり、販売台数は落ち込んでいった。
そのR360の反省から、「軽自動車であることを我慢しない、庶民が夢見られる本格的な乗用車」として生み出されたのが、1962年発売の「キャロル」である。
合金製の4サイクルV型2気筒エンジンなどの先進技術と流麗なデザインで登場したR360クーペ。発売当初は、スバル360の販売台数を上回るも…。
軽初の水冷4サイクルエンジンを搭載したキャロルは、小型車並みの静粛性と上質さを備えていた
軽自動車の規格内で「小型乗用車と遜色のない価値」を徹底的に追求して開発されたキャロル。当時の軽自動車の主流は、2サイクル2気筒エンジンだった。その2ストエンジン特有の安っぽい排気音と白煙を嫌い、軽初の「水冷4サイクル4気筒OHVエンジン」を採用する。発表記者会見で恒次社長が「本物の自動車の音がする」と語った通り、キャロルは小型車並みの静粛性と上質さを備えていた。
さらに、居住性の向上にも独自の工夫が凝らされていた。リヤウインドウを垂直に立てた「クリフカット」と呼ばれる特徴的なデザインを採用することで、後席にも大人が快適に乗車できる広い室内空間を確保した。このパッケージングを活かし、発売翌年の1963年には軽自動車初となる4ドアモデルも登場、インパネのソフトパッド、ふた付きグローブボックス、テアリング連動のオートリターン式ウインカー、電動ウォッシャーなど、当時の軽自動車としては規格外の装備を採用。さらに水冷エンジンを活かしたヒーターや、ラジオも注文可能であり、徹底的に高級感と実用性を追求した、当時の軽自動車の枠を超えた破格の豪華装備を誇ったのだ。
700㏄4ドアの試作モデルはショーで大きな反響を得たが、まだ低価格の軽自動車購買層が多いと判断したマツダは、360㏄の2ドアセダンを先行デビューさせた。※画像は4ドアモデル
前期型と後期型の外観上の違いのひとつがリヤの形状。左右で二分されていたリヤグリルは後期型で一体形状に。また丸いブレーキランプが四角に変更されている。※画像は後期型
120㎞/hスケールのスピードメーターを中心に、左に燃料計、右に水温計をレイアウト。デラックスのダッシュボードはクラッシュパッド
貼り。ラジオや温水式ヒーターはオプション。セルフキャンセル機構が付いたウインカー、2速式ワイパーなどはスタンダードにも装備された。
前席は左右とも座ったままで3段階、最大85ミリの前後調整が可能。また2ドアセダンのリヤサイドウインドウは前ヒンジで後ろが外側に開くほか、窓枠ごと着脱することも可能だった。
リヤウインドウを垂直に立てた「クリフカット」と呼ばれる特徴的なデザインを採用することで、後席にも大人が快適に乗車できる広い室内空間を確保
キャロルの開発は、激動の時代を生き抜くための企業戦略であった
1960年代の日本自動車産業は、1965年の完成自動車輸入自由化を控えた通産省による「国内メーカー再編構想」の嵐の中にあった。国内自動車メーカーを3グループ程度に集約するという役所の目論見の中、東洋工業が単独で生き残るためには、切り札であるロータリーエンジンの実用化に加え、早期にフルラインナップを揃えた総合自動車メーカーになる必要があった。
そのため、キャロルの商品企画は徹底的に小型車と遜色のない価値を目指し、当初から小型車への展開を前提としていたのだ。キャロルのオールアルミ合金製4気筒エンジンも、最初から800ccクラスを前提に設計され、それを縮小して軽に搭載することでコストダウンと商品力向上を狙ったのだった。事実、1961年のモーターショーには700ccのプロトタイプが出展され、後には600cc版も市販化されている。また、1963年のモーターショーでは1ローターのロータリーエンジンを搭載したキャロルのプロトタイプが出展されたのだ。
この戦略は実を結び、1963年には、キャロルと基本設計を共有する800ccエンジンを搭載した本命の小型車「ファミリア」が誕生。「白いエンジン」を武器に大ヒットし、後のロータリーエンジン搭載モデルや、1980年に大ヒットしたFFファミリアへと続くマツダの主力車種へと成長していくのであった。
軽量化と冷却効率から、シリンダーブロックやヘッドからミッションケースまでアルミ合金が使われ、その鋳肌の色から「白いエンジン」と呼ばれた。またバルブ配置はOHVながらクロスフロー、半球形の燃焼室も採用され圧縮比は10.0。エンジンは後ろ車軸より後方に横置きに積まれた。
キャロル2ドアスタンダード(1962年式)主要諸元
○全長×全幅×全高:2980㎜×1295㎜×1340㎜ ○ホイールベース:1930㎜ ○トレッド( 前/後):1050㎜/1100㎜ ○車両重量:525㎏ ○乗車定員:4名 ○エンジン( D A 型): 水冷直列4 気筒OHV358㏄ ○最高出力:18PS/6800rpm ○最大トルク:2.1㎏・m/ 5000rpm ○燃料タンク容量:20L○最高速度:90㎞/h ○燃料消費率:25.0㎞/L(定地)○最小回転半径:4.3m ○トランスミッション:前進4段、後進1段 ○サスペンション(前/後):トレーリングアーム式独立懸架 ○ブレーキ( 前/後):ドラム ○タイヤ( 前/後):5.20-10-4PR ○価格(東京地区標準価格):37万円
キャロル600
ホイールベースは360と変わらないが全長/全幅はわずかに拡大された600。586㏄のエンジンは28PS/4.2 ㎏-mを発生した。写真はマツダ車生産累計100万台を記念して造られたゴールドのキャロル600。
ホンダN360などの高性能モデルの登場により、その人気はいっきに落ち込んでいく
軽自動車ながらオールアルミ製4気筒という贅沢なメカニズムと豪華装備を追求したキャロルだが、その代償としてライバルのスバル360より150kg近くも重くなってしまった。1気筒90ccの細いトルクも相まって動力性能は平凡であり、やがてホンダN360などの高性能なライバルが登場すると、その人気は下降線をたどっていく。
しかし、他メーカーが手探りで理想のマイカー像を模索する中、高度な技術で他にない個性を直球で投げ込んだキャロルの開発姿勢は、ファミリアの成功や独自のロータリーエンジンの実用化という形で結実した。激動の時代において独自の生き残りをかけ、試行錯誤を繰り返しながらも理想を追い求めたキャロルのDNAは、今なお燦然と輝く名車の記憶とともに、今日のマツダのクルマづくりへと力強く受け継がれているといって過言ではない。
ファミリア800
キャロルと基本設計を共有する800ccエンジンを搭載した「ファミリア」
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