
トヨタがFF化に関して消極的だったとする人は多いが、実際はパブリカ開発がスタートする1950年代からその研究は進められていた。ライバルに比べてFF車投入が遅れたのはひとえに「石橋をたたいてから渡る」というトヨタの慎重な開発理念のためであろう。そんなトヨタが趣向性の強いスペシャリティカー「セリカ」にFFを採用するのは、その技術を完全に掌握した証でもあった。後にフルタイム4WD+ターボエンジンのG T -FOURがWRCで大活躍するなど、このT-160からセリカは新たなフェーズに突入する。
●文:横田晃(月刊自家用車編集部)
4代目セリカが登場した翌年追加された、水冷式インタークーラーを備えたツインカムターボで185PSを発揮したGT-FOUR。映画「私をスキーに連れてって」でセンセーショナルな走りを演出したモデルだ。
トヨタデザインの先鋭となったセリカ
国産乗用車は黎明期の1950年代には、海外ではブリキ細工と揶揄されるような稚拙な仕上がりしか実現できなかった。それが1960~1970年代には、少なくとも外見上は外国車と遜色ない製品が作れるようになる。さらに進んで、構造や素材まで日本独自の手法を確立したのが1980年代だ。それは自動車分野のみならず、金属や樹脂の素材、化学薬品や高分子製品など、ものづくりに関わるあらゆる技術が世界最先端に躍り出たからこそ実現された。
ボディと一体化された上に、金属部分とピタリと色を合わせた樹脂製カラードバンパー。外からの接着によってピラーを隠した、まるでガラスで覆われたようなキャビン。強い日差しを受け続けても風化や曇りの出ない、美しい見栄えのスモーク樹脂製ガーニッシュ。今日の日本車でも当たり前に採用されているそうした素材や生産技術によって、新しい造形も可能になった。1985年に誕生した4代目セリカのデザインもそうだ。1970年に誕生して一世を風靡した初代以来、セリカは歴代のモデルが意欲的なデザインと最先端のメカニズムを纏い、世界で注目されるスペシャリティカーを目指した。前述のような技術で4代目が実現させたのは、空気抵抗係数Cd=0.31という驚異的なエアロフォルム。その造形は「流面形」という広告コピーで表された。
トヨタ初の乗用車・AA型から謳われてきた”流線型”
辞書にはないこの言葉は、トヨタの造語だ。トヨタは空力性能など問題にならない動力性能だった初の乗用車、トヨダAA型の時代から(アメリカ車の模倣ではあったが)流線型を採用。機能と美しさの両立を目指してきた。
まともなクルマが作れるようになった1960年代になると、元航空機エンジニアで、のちに初代カローラを開発する長谷川龍雄主査が、風洞ならぬ水槽での実験で高い空力性能を持つトヨタスポーツ800を開発。エンジンパワーでは格上のホンダS800を相手に、レースでは好勝負を繰り広げている。
ちなみに1970年の初代セリカもまた、長谷川主査の作品だった。その後2代目セリカでは、ボブ・ディランの名曲の歌詞にもかけた「友よ、答えは風の中にあった。」というコピーで、風を味方につける空力デザインを訴求。その血統を受け継いで4代目セリカが掲げたのが、「流面形、発見さる。」というコピーだったのだ。 もうひとつ、この時代に大きな進歩を遂げたのがFF技術だ。1982年のカムリ、1983年のカローラに続いて4代目セリカに採用されたエンジン横置きのFFは、FR車と遜色ない見事な走りを見せたのだ。
2000GT-R
3S-GELU型を搭載する2.0GTに8ウェイスポーツシートやパワーウインドウなど上級装備を加えたGT-R。5速マニュアルのほか電子制御式2ウェイOD付き4速オートマチック(7.9万円高)も設定。
主要諸元 セリカ2000GT-R(1985年式)
●全長×全幅×全高:4365 mm×1690 mm×1295mm ●ホイールベース:2525mm ●車両重量:1120kg ●乗車定員:5名●エンジン
( 3S-GELU型): 直列4 気筒16 バルブDOHC1998 cc●最高出力:160P S/6400rpm●最大トルク:19.0 kg-m/4800rpm●最小回転半径:5.1m●10モード燃費:12.0km/L●燃料タンク容量:60L ●トランスミッション:前進5段・後進1段●サスペンション(前/後):ストラット式コイルスプリング/ストラット式コイルスプリング●タイヤ:195/60R14 ◎新車当時価格(東京地区):207万7000円
カラー液晶のデジタルメーターはGT-RとSXにオプション。燃料計は拡大表示機能付き。またステアリングは前後に40mmの調整が可能な
チルト&テレスコピック式( メモリー機能付き)を採用する。ステアリングスポークのスイッチはオプションのオートドライブ。
GT-Rにオプションの8ウェイスポーツシート。シートスライドや座面前端のリフター、ヘッドレスト前後/上下調整など8つのアジャスト機能をもつ。リクライニングはレバー式のクイックリクライニングのほか、無段階に微調整ができるダイヤル式リクライニングも併用。またランバーサポートとサイドサポートは従来の手動式から電動式にグレードアップした。
2.0GT-Rは従来の18R型に代わって、気筒あたり4バルブの16バルブツインカム3S-GELU型を搭載。
「PEGASUS」と呼ばれたGT系のストラット式四輪独立懸架。左右のストラットタワーにパフォーマンスロッドを結合し、ボディ剛性を高めている。
実用化されても、まだまだ課題が山積みだったFF車
前輪駆動のいわゆるFF車は、戦前から海外には存在し1959年の英国のミニで普及が進んだものの、当時のメカニズムは大舵角時にはギクシャクするなど、完成度はけっして高くはなかった。それを革新的なジョイントなどによって現代的に進化させたのは、1966年に誕生したスバル1000。ただし、まだ操縦安定性は未解明の部分が多く、コーナーではアンダーステアが強い一方で、高性能を与えると、てきめんに限界付近での挙動変化がナーバスになった。
おかげで1967年に登場したホンダの軽自動車、N360は欠陥車の嫌疑までかけられた。1970年に出た日産初の横置きエンジンFF車、チェリーも、音振性能や操安性の躾けに、やはり苦労していた。そうした経緯を見ていたトヨタは、当初FFの採用には慎重だった。初のFF車となった1978年のターセル/コルサでは、FR車で手馴れていたエンジン縦置きというレイアウトを採用。しかし、やはりまだ完成度は低く、スペース効率の高さというFFのメリットが活かせない上に、登坂性能なども満足のいくものではなかった。
2000コンバーチブル
ベース車を米国に送り、現地の工場(ASC社)で架装、再び日本に送り返すというプロセスで販売された4人乗りコンバーチブル。
幌の開閉は油圧式で、ロックを解除しスイッチを操作するだけで運転席に座ったままで行なえた。ハッチバックのベース車と違い、独立トランクを持つのも特徴。複雑な製造ルートのためか、価格は高めの設定となった。
セリカの兄弟車種として「流面3兄弟」で一世風靡した2台
FFスポーツとしても完成度の高かったセリカに追加された新たなウェポン
だが、その後の研究開発で、トヨタはいち早くFFでも快適かつスポーティな走りを実現させた。4代目セリカは、それを証明する作品でもあった。初代セリカ以来の伝統であるDOHCエンジンは、新世代の3S-G型2Lが最高峰。気筒当たり4つのバルブを備えた16バルブで、グロス160PSの高性能を発揮した。それを受け止める足回りは4輪ストラット式の独立で、フロントサスペンション取り付け部の補強やストラットタワーバーなどで向上させたボディ剛性とあいまって、既存のFF車とは一線を画した、きびきびとしたハンドリングを実現していたのだ。
当時のスペシャリティカー市場のベストセラーだったプレリュードを撃破すべく、オートエアコンを始めとする充実した装備や、華やかなコンバーチブルも用意。しかしそれ以上に注目されたのが、1986年に加わった高性能4WD車、GT-FOURだった。水冷式インタークーラーを備えたツインカムターボは、185PSのハイパワーを苦も無く絞り出し、ベベルギヤ式センターデフを備えたフルタイム4WDシステムは、強力なトラクションと自然なコーナリングを実現していた。
1987年に公開された映画「私をスキーに連れてって」の中で雪道を豪快に飛ばすシーンはバブル景気に花を添え、1988年に投入されたWRCでは、トヨタに嬉しいタイトルをもたらすのである。
セリカ(T160系)変遷
| 1985年 8月 | T160型発売。 |
| 1986年10月 | GT-FOUR追加。 |
| 1987年 8月 | マイナーチェンジ(フロントグリルとテールランプまわりのデザインを変更/GT-FOURのセンターデフロック機構をメカニカル式からビスカスカップリング式に変更/2Lハイメカツインカム搭載のZRの追加など)。 |
| 1987年10月 | コンバーチブル追加。 |
| 1988年 5月 | 1.8Lもハイメカツインカムへ。全車ツインカムエンジン搭載完了。 |
| 1989年 9月 | 5代目にモデルチェンジ。 |
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事(旧車FAN)
1984年サファリラリー(1984年) ランサーやインプに先駆け欧州のラリーフィールドを席巻したフルタイム4WD 1950~1960年代のトヨタの海外ラリーに対する態度は、比較的醒めたものだった。19[…]
36年の歴史に幕。ツーリグワゴンブームの火付け役「レガシィ」 2025年の3月に「アウトバック」の受注終了をもって、「スバル・レガシィ」シリーズは国内での販売を終了しました。2014年にツーリングワゴ[…]
パブリカ(初代) 徹底的なコストダウンの末、誕生したパブリカだったが、あまりにも質素すぎたためユーザーに響くことはなかった 全力で取り組んだ仕事の成果が、思ったように出ないことがある。渾身の新企画が、[…]
完成度は高いが、当時は「おじさんのイメージ」でウケが良くなかった… スカイラインシリーズとして5代目にあたる「C210系・スカイライン」は1977年に誕生しました。このモデルは「ジャパン」という愛称で[…]
豊かになった日本の若者にも受け入れられた、スポーツ性と色気 当時の日本の若者に、初代プレリュードが魅力的に映らなかったのは仕方ない。今見ると端正なフォルムも、当時のセリカやスカイライン、サバンナRX-[…]
人気記事ランキング(全体)
日常使いと車中泊を完璧に両立するジャストサイズ キャンピングカー選びにおいて、多くのファミリー層が直面するのがベース車両のサイズ問題だ。休日のレジャーには大型のキャブコンバージョンが魅力的だが、平日の[…]
なめたナットを外す専用ツール、ナットツイスターを使用 なめたナットの設置場所が開けていタて、作業スペースが十分確保できる状況下であれば「ロッキングプライヤー」を持っていればほぽ対処できる。しかし、ハン[…]
車中泊の理想を体現する大人気バンとこだわりの空間設計 キャンピングカーのベース車両として、圧倒的な積載力と耐久性から絶大な支持を集めているのがトヨタのハイエースである。ロングボディからスーパーロングボ[…]
36年の歴史に幕。ツーリグワゴンブームの火付け役「レガシィ」 2025年の3月に「アウトバック」の受注終了をもって、「スバル・レガシィ」シリーズは国内での販売を終了しました。2014年にツーリングワゴ[…]
パブリカ(初代) 徹底的なコストダウンの末、誕生したパブリカだったが、あまりにも質素すぎたためユーザーに響くことはなかった 全力で取り組んだ仕事の成果が、思ったように出ないことがある。渾身の新企画が、[…]
最新の投稿記事(全体)
車中泊を安心して、かつ快適に楽しみたい方におすすめのRVパーク 日本RV協会が推し進めている「RVパーク」とは「より安全・安心・快適なくるま旅」をキャンピングカーなどで自動車旅行を楽しんでいるユーザー[…]
ジムニーの収納不足を解決する専用バッグ ジムニー(JB64)、ジムニーシエラ(JB74)、ジムニーノマド(JC74)は、乗る楽しさを満喫できる一方で、ティッシュなどの日用品や車検証の置き場所に困ること[…]
トヨタデザインの先鋭となったセリカ 国産乗用車は黎明期の1950年代には、海外ではブリキ細工と揶揄されるような稚拙な仕上がりしか実現できなかった。それが1960~1970年代には、少なくとも外見上は外[…]
1984年サファリラリー(1984年) ランサーやインプに先駆け欧州のラリーフィールドを席巻したフルタイム4WD 1950~1960年代のトヨタの海外ラリーに対する態度は、比較的醒めたものだった。19[…]
なめたナットを外す専用ツール、ナットツイスターを使用 なめたナットの設置場所が開けていタて、作業スペースが十分確保できる状況下であれば「ロッキングプライヤー」を持っていればほぽ対処できる。しかし、ハン[…]
- 1
- 2


























