
航空機製造の中島飛行機をそのルーツとする富士重工業にとって、1958年に四輪の乗用車の生産を開始するのは、あらゆる意味で挑戦だった。そこには、開発陣の独創的な発想や実行力に加え、高度経済成長とともに訪れた日本のモータリゼーションという、時代的な背景も強く影響していたからだ。そんな流れのなか発売された「スバル360」は、期待以上の輝きを見せ、その後のクルマ造りに大きな影響を与えたことでも知られている。
●文:月刊自家用車編集部
軽4輪でも「大人4人乗車が可能」これが開発の大前提
スバル360として世に出ることになる新たな軽4輪車の生産計画が社内で正式に承認されたのは1955年の年末。前年の法改正で、軽4輪は「2サイクル/4サイクルの区別なく360cc以下」となったことで市場の活性化が見込まれた。さらに通産省の”国民車育成要綱案“が報道されたこともあって、「国民車として生産/普及の援助を与える」という”国民車構想“に多くの新進企業が刺激を受け、自動車業界への参入を試みようとしていた。
そんな流れの中、中島飛行機出身でスバル360の開発の中心人物になるエンジニア・百瀬晋六とデザイン担当の佐々木達三は、他と同じようなクルマを開発することを潔しとしなかった。
スバル360の企画段階からもっとも重要視されたことのひとつが「乗員は大人4人」という項目だった。
今でこそこの目標は普通に感じられるだろうが、当時の国民車構想の想定パッケージは“大人2人と子供2人”。まして小型自動車の2/3以下というスペースの軽自動車が、前席に大人2人分のスペースを確保したら、後席にはようやく子供が2人か、場合によっては定員2名というのが当時の自動車業界の常識だったのだ。にもかかわらず、開発陣は「乗用車である以上、軽自動車であっても大人4人乗車は必須条件」と、あえて高いハードルを設定した。そこには百瀬の技術者としての矜持を見ることができる。
まだパッケージという概念すら確立していなかったその当時、開発は全長3m×全幅1.3mの長方形を描き、4つの座席をゆったりと取ることから検討が始められた。残った空間のどこにパワートレーンやサスペンションなどのメカニズムをレイアウトするか? FRにするか、FFにするか、RRにするか、白熱した議論が展開された。
その結果、キャビン空間や騒音の点で不利なFRと技術的に未開発なFFが見送られ、RRの採用が決定される。そこからディファレンシャル&トランスミッションの一体化やエンジンの横置きという、スバル360が採用することになる斬新なアイデアも導き出されたという。
スバル360初期型
「1958 スバル360増加試作型K-111」おもに航空機で使われた言葉を、自社開発の車両にも使用したのが、航空機メーカーを出自とするスバルらしい。増加試作型は東京地区で50台が販売され、第1号車は松下幸之助が購入したことは有名だ。
【1958 スバル360増加試作型K-111】
●全長×全幅×全高:2990×1300×1380mm ●ホイールベース:1800mm ●最低地上高:180mm ●車両重量:385kg ●エンジン(EK31型):強制空冷式並列2気筒2サイクル356cc ●内径×行程:61.5×60mm ●最高出力:16ps/4500rpm ●最大トルク:3.0kg-m/3000rpm ●最高速度:83km/h ●制動距離/14m(初速50km/h) ●燃料消費率:26km/L ●燃料タンク容量:20L●変速機:前進3段後進1段 ●最小回転半径:4.0m ●タイヤサイズ:4.50-10-2PR ●乗車定員:4名 ◎新車当時価格:42万5000円(東京渡し)
初期型はシンプルな丸型メーターを採用し、速度計は針ではなく赤い帯で表示された。
高い剛性の曲面構成ボディに、先端の航空機技術を満載
軽4輪車という制約の中で小型車並みの乗り心地と性能を実現する、そのための最大のハードルが軽量化だった。これには、中島飛行機直伝の航空機テクノロジーがモノを言うことになる。
当時フレームタイプのシャーシが常識だった中で、斬新なフレームレスのモノコックボディを採用し、さらには車体鋼板も0.6mmというギリギリの薄さを達成。さらにルーフ部にはFRPを用いるなど、航空機製造で研鑽&積み重ねられた技術から導かれている。
エンジンに目を移すと、三鷹製作所でラビットのスクーター用エンジンを発展させる形で開発された、空冷2気筒360ccの2サイクルエンジンを搭載。バルブ機構のない2サイクルエンジンは、部品点数も少なくて済むことや、空冷は水冷よりも軽量化できるというメリットを重視した結果の選択。ただ、いかに軽量化したとはいえ、スクーターとは比べるべくもない車重の4輪車では負荷も大きく、とりわけ耐久性向上には苦心したという。これに組み合わせられるマニュアルトランスミッションは、前進3段&後退1段で、シフトパターンは変則的な横H型(初期型)というユニークなものだった。
足まわりもエポックなもの。狭いスペースでも効果を発揮するシンプル構造のトーションバースプリング+トレーリングアームのサスペンションには、ロールを抑制するため左右のトーションバーを結ぶセンター部にコイルスプリングを装着することで、操作性と乗り心地の向上を図っている。タイヤもタイヤメーカーの協力を仰ぐことで当時の基準で考えても小さな10インチのタイヤを新規に採用。こちらは居住スペースの確保にも一役買うことになった。
その個性的な外観も、デザイン優先ではなく機能の追求から生まれたもの。剛性を確保するために採用された曲面のボディが、結果として極めて愛嬌のあるスタイリングに結実し、「てんとう虫」の愛称で親しまれることになる。
このようにしてさまざまな開発のハードルを常識にとらわれない手法で乗り越え、1958年3月3日、スバル360は遂に世に出る。
その発表会では、不可能と言われた国民車構想を体現したクルマとして最大級の注目を集めたこともあって、実車の展示試乗を求める取材陣の要望が殺到。急遽、群馬から東京まで2台のスバル360を運んだこともあって、予定時間が2時間もオーバーしたという逸話も残されている。
スバル360は、モータリゼーションを牽引する大ヒットモデルとなり、10年以上の長きにわたり生産され続け、富士重工業のみならず日本の自動車史を飾る、名車の評価を不動のものとしている。
スバル360 中期型
初期モデルからはヘッドランプやウインドウのほか、バンパー形状(初期モデルの分割型から一体型へ)も変更されている。時代とともに内装も豪華になり、メーターやシートも初期型とは別物になっている。
●全長×全幅×全高:2990×1300×1380mm ●ホイールベース:1800mm ●トランスミッション:3速MT ●エンジン種類:空冷直列2気筒 ●総排気量:356cc ●最高出力:16ps/4500rpm ●最大トルク:3.0kg-m/3000rpm
スピードメーターは、丸型から四角形となり、指針タイプに変更されている。また書類などを置ける簡単なスペースも設けられた。
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